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小さな疑い

「ねえ、その聖杯ってケルト神話の物かな、それとも、アリマタヤのヨセフの聖杯かな」

「断言は出来ないけれども、たぶんアリマタヤのヨセフの物じゃないかな。ところで、レイモンが話していた聖ミカエルの加護が強いという扉のことだけれど、後で心当たりを調べてみるよ。何か分かったらメイにも教えるから」

「ありがとう」

ミシェルが、チラリと腕時計に目をやった。

「もうそろそろ眠らないと。でもその前に……」

彼が、澄んだ水色の美しい双眸を真直ぐ彼女に向けると、真摯な声音で尋ねて来た。

「君さえよければ、この機会にぜひ教えて欲しいんだ…………レイモンが言っていた君の秘密って、何のこと?」

すっかりリラックスしていた明生の心臓が、再び大きく跳ねた。

ミシェルもレイモンも同じデュクロー家の人間だ。明生に関する情報を共有していても不思議ではない。

だが、どこまでも優しい瞳で気遣わしげに明生を見つめている彼が、明生の個人的な情報をレイモンと共有するなどとは、とても信じられなかった。

明生が、用心深く質問に答える。

「……レイモンは、ぼくのことを女の子じゃないかと疑っていたんだ」

嘘はついてはいない。けれども、核心を避けた返事をする彼女の良心が、ちくりと痛む。

そして、しばしの沈黙が訪れた後。

ミシェルが拍子抜けしたように尋ねた。

「……それだけ?」

「……うん」

「君、本当にそんなことの為だけに、わざわざ夜中に霊廟(モーソリアム)まで呼び出されたのかい?」

「…………うん」

チャリス校の憧れの貴公子が、心底呆れた顔で彼女を見ている。

自分の行動がいかに軽率だったか、今さらながらに自覚した明生が、いたたまれなくなって小さく縮こまった。

しばらくしてから、ふと彼女が、上目遣いで彼に尋ねる。

「もしかして、ミシェルもぼくが女の子だと思ってた……?」

彼の視線が、僅かに宙に泳いだ。

「……正直に言うと、初めのうちは君が男だと断言する自信が無かった。でも、同室になったら、すぐに本物の男だと分かったけれど」

「――――!」

それはつまり、ミシェルがいつの間にか、しっかり明生の裸を見ていたということを意味する。

羞恥心に顔を赤らめながらも、彼女が聞いた。

「……ミシェルは、ぼくが女の子だった方が良かった?」

彼が、一片の迷いも無く即答する。

「いや、男だと分かってほっとしているよ」

「そうなんだ……」

そう断言されてしまうと、それはそれで、何となく心がもやもやするのだが…………。

「……もしかして、ミシェルはやっぱり男の方が好きなの?」

明生がつい、日ごろの疑問を口にすると、驚いたミシェルが露骨に不服そうな顔を向けて来た。

「『やっぱり』ということは、まさか君、ガブリエルの言葉をまともに聞いていたわけじゃないよね?」

明生が、慌てて手を振った。

「べ、べつに、ミシェルがホモだとは信じてないけど、ミシェルは女嫌いだっていう噂があるから……!」

「ふうん……?」

疑いの目を向けながら、ミシェルが言う。

「ぼくだって人並みに女性に興味はあるけれど……確かに男と一緒にいる方がずっと気が楽なのは、事実かな」

デユクロー侯爵家の後継者であり、容姿・人格・頭脳ともに完璧なミシェルを、世間の女性が放っておく筈はない。

明生がミシェルと外出する時にはいつも、ミシェルと話している女性からはある種の媚びを感じるし、彼がいかに失礼にならずに女性を遠ざけようかと苦心しているかも伝わって来るので、その心情も何となく理解できる気はする。

彼が話を逸らすべく促した。

「さあ、もう午前様だから本当に眠らないと」

「そうだね」

今日の放課後には、聖杯劇のリハーサルもあるのだ。

着がえてベッドに横になると、たちまち眠気が襲って来る。

寝ぼけた頭の中で、明生はふと、自分がしごく大事なことを忘れているのに気が付いた。

(そういえば、あの霊廟(モーソリアム)にある異界への扉は、まだ潰されていないんだっった――――)

ではレイモンは、また他の誰かを生贄にして、あれを葬るつもりなのだろうか……。

(起きたらすぐ、ミシェルに相談してみよう)

そう思いながら彼女の意識は、やがて深い眠りの淵へと落ちて行った。



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