霊廟4
霊廟からランスロット寮へと肩を並べて戻る途中、ミシェルはずっと沈黙していた。
(もしかしてミシェルは、まだすごく怒ってる…………?)
むざむざレイモンの計略に引っかかって、考えなしに黙って部屋から抜け出したあげくに、その従兄弟に襲われていたんだから、当然なのだが――――。
(それにしても、普段は紳士的なミシェルが霊廟の扉を蹴破った時には、びっくりした……)
しかも彼はその直後にレイモンを殴ったのだから、二重の驚きだ。
(そういえばミシェルはいつも、自分はイエス・キリストよりも、名前の通りに大天使ミカエルのようでありたいって言っていたっけ……)
ミシェルはミカエルのフランス名。そしてミカエルという名前の意味は、『神に似た者』だ。
明生の知るミカエルの絵はたいてい、右手に剣を持ち天の軍団を率いると同時に、左手には公正さを示す秤を下げた姿で描かれている。勇ましさに加えて慈悲と正義に溢れた高潔な神の使者は、確かにミシェルにピッタリかもしれない。
ちなみに、ミカエルが発しているという光の色は金色と青色で、そのままミシェルの髪と瞳の色だ。
神に最も近いと言われる、最後の審判をも任された、サタンを倒した勇敢な大天使。
けれども一説によると、ミカエルはルシファー(サタン)の双子の弟でもあったという――――。
「あの、ミシェル……」
「何だい?」
「黙って部屋を抜け出してごめんね」
ふいに彼が足を止めて、彼女に向き直ると言った。
「……霊廟の外で君の悲鳴が聞こえた時、心臓が止まりそうになった」
当時のことを振り返るミシェルの瞳に、恐れにも似た色が微かに浮かぶ。
「神父達の連続殺人は全て、夜中に墓地で起こっているんだ。ぼくが一体どれだけ心配したか分かるかい?」
「……ごめんなさい」
「君が無事でいてくれて、本当に良かった……」
彼の優美な手が、そっと明生の頭を抱き寄せると、憂色を浮かべたまま彼女に懇願した。
「……頼むから、もう二度とあんなことはしないと約束して欲しい」
「うん、約束するよ」
「それから、今度からは、君が脅迫を受けた時点でぼくに相談してくれないかい?」
驚いた明生が、彼の顔を見上げた。
「どうしてミシェルがそのことを知ってるの?!」
「あの時、君の様子が明らかにおかしかったから、悪いけれど例のメッセージを読ませてもらったんだ」
「えっ――!」
「プライバシーを破ったことに関しては謝るよ。本当にごめん。でも正直に言うと、今はあの時手紙を読んでおいて、心から良かったと思ってる」
他人あての手紙を盗み見るなどということは、例え親しい友人だとしても言語道断だ。いくらミシェルでも、それはやめて欲しい。
けれども、彼は心から明生を心配してくれていたのだと分かっているだけに、明生も怒るに怒れない。
しかも、清廉潔白なミシェルにとっては、その行動は苦渋の決断だったに違いないのだから――――。
至極ばつの悪そうな表情をしたミシェルの、真摯な瞳を見つめながら、彼女が小さく屈託のない笑顔を浮かべて言った。
「……助けてくれてありがとう、ミシェル」