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霊廟2

(――――いけない!)

明生が、心の中で激しく動揺した。

入り口の扉は、内開きになっている。それに、ただでさえ重い扉を開けるのには時間がかかるのだ。この距離では恐らく、たとえ逃げても、扉にたどり着いた時点でとっくに捕まっているだろう。

彼が、勝ち誇った表情で指輪を掲げた。

「お前が嘘を言っているかどうかは、直ぐに判る。一度異界に行った者には、異界との繋がりが残るからな。その道筋をこの指輪に記憶させれば、その後は指輪が聖杯城へと案内してくれるはずだ」

「指輪に記憶させるって、一体どうやって?」

「今度こそ、この指輪にお前を飲み込ませる」

「指輪にぼくを飲み込ませるって……じゃあ、この間の影はやっぱりその指輪から――――!」

そう言いかけた明生の言葉を耳にした時。レイモンの壁眼が、薄闇の中で鋭い光を帯びた。

はっとした明生が、ようやく己の失態に気付いたが、手遅れだった。

「やはり、お前にはあの時、この指輪から出て来る物が見えていたんだな? しかも、異界の物が見えるのは、異界へ行ったことがある者の特徴だ」

彼が確信に満ちた顔で彼女を見下ろしている。

明生の心臓はもう、爆発しそうだ。

答える代わりに、震える声で彼女が問う。

「その指輪は何なんですか?! ミシェルは、悪魔祓いに必要なアイテムだって言っていたけど……」

「ははっ、あいつがそんなことを? この指輪はそんな可愛げのある代物じゃない。これはかつてソロモン王が悪魔を使役する為に使っていた、ソロモンの指環だ!」

彼女が思わず息を飲んだ。

以前の明生ならば、何て大げさな冗談だと笑い飛ばせかも知れない。

けれども、今は――――。

例の闇に蠢いていたおぞましい影を思い出した彼女の全身に、悪感が走る。

――――もしかするとあの指輪は、本物のソロモンの指環なのかも知れない。

いずれにしても、相当な魔力を秘めた呪具であることだけは疑いなかった。

だがそれならば、どうしても納得いかないことが一つある。

青い顔で、おそるおそる彼女が尋ねた。

「ソロモンの指環って……じゃあ、あなたの悪魔祓いは、まさか……?!」

「お察しの通り、神の力を借りていたわけじゃなく、より上級の悪魔で下級の悪魔を追い払っていただけだ」

「――――――!」

明生が、指環を凝視したまま絶句する。

信じがたい話のはずなのに、驚く一方で不思議と納得がいった。

彼のような男に、神が力を貸すはずがないからだ。

(ミシェルは、あの指輪がどんな物か知っていたの――――?!)

少なくとも彼は、あれがソロモンの指環だということくらいは知っていたのではないか。

彼が、その魔力を本気で信じているかどうかは別として…………。

「……もしかして、最近の神父様の連続不審死も、あなたのしわざ?」

「高位の悪魔を使って異界へ通じる扉を潰す為には、上等な生贄が必要だったからな。悪魔払いの為に手を貸して欲しいと頼んだら、神父どもは二つ返事で自分から魔法円まで出向いてくれたというわけだ」

つまり、牧師達はカルト信者に殺されたわけではなかったのだ。

そして、魔法円は彼等をおびき寄せると同時に、悪魔やカルト信者に罪をなすりつける為の狡猾な小細工でもあった。

(やっぱり彼はルシファーだ――――!)

身ぶるいしながらも、明生が問いかける。

「異界へ通じる扉を潰すって……レイモンは、聖杯を探しているんじゃなかったの? ミシェルが、あなたは聖杯を永久に葬る為にそれを探しているって…………」

少なくとも例の地図では、潰されずに残された異界の入り口は、もうこの霊廟(モーソリアム)しかない。

たとえ彼が明生を指輪に取り込めたとしても、彼女が異界への道しるべとなるかどうかなど、実際に試してみなければ分からないのだ。

それなのに、もしも今この最後の入り口を壊してしまったら、下手をすれば彼自身も聖杯城へ行けなくなってしまうではないか。

そうなれば、彼が聖杯を手に入れることは永久にない。

明生が言わんとすることを察した彼が、にやりと不気味に笑った。

「お前は勘違いをしている」

「勘違い?」

「第一に、俺は聖杯を手に入れようとしているのでなく、聖杯をグラストンベリーに封じ込めようとしている」

「…………?」

聖杯をこの地に閉じ込めたからといって、一体何の得があるのだろう。

もう二度と他人には手の届かないところへと、葬り去るということなのだろうか…………?

まるで彼女の考えを読んだかのように、レイモンが続ける。

「第二に、聖杯を葬り去るというのは、あくまでも俺の父の考えだ。俺はそれよりも遥かに面白いことをしようとしている」

「遥かに面白いこと……?」

言い知れぬ不気味さを感じた明生は、彼の考えが読めずに瞳を見返した。

彼は聖杯を持ち帰るつもりもなく、かといって、嘘の証拠として消し去るつもりもないという。

ならば、彼は一体何をするつもりでいるのか…………。

(どっちにしても、どうせろくでもないことに決まってる……!)

それでも彼の意図が気になる彼女が、このさい直接本人に聞いてみるべきかと迷っていると。

彼が、またしても思いがけないことを告げた。

「第三に、グラストンベリーには、まだ他にも扉がある」

「えっ?」

彼女が驚いて目を見張る。

少なくとも例の地図では、この霊廟(モーソリアム)以外で渦巻き印が付けられた『扉』の場所は、既に全滅しているはずだった。

「残念ながらこの指輪にも限界があるからな。……あそこだけは、ミカエルの守護が強くてどうしても潰せなかった。まあ、あそこは恐らく聖杯城ではなくアヴァロンへと通じる扉だし、既に扉の外に網を張ってあるから、アリマタヤのヨセフの聖杯がその扉を通って逃げることはない」

どこか忌々しそうではあるものの、余裕たっぷりの様子でそう断言する彼の顔を凝視しながら、明生が心の中で驚嘆の声を上げた。

(今、アヴァロンへと通じる扉って言った――――?!)

レイモンはどうやら、その場所を知っているらしい。

その扉は一体どこにあるのか。彼女がそう尋ねようとした矢先に、彼が再び予想外の言葉を口にした。

「あとは年に一度だけ開く扉があるが……」

「年に一度……?!」

つい、反射的に彼女が聞き返す。

「ああ。チャリスの創立者がお膳立てした、特別な仕組みのことだ」

「特別な仕組み…………?」

彼女の心に一抹の希望が宿る。少なくとも、ミシェル達が聖杯城へ行ける可能性は、まだ残されてはいるようだ。

「その扉は、いつ、どうやって開くんですか?」

だが、レイモンは彼女の質問を無視すると、答える代わりに指輪を掲げてゆっくりとこちらへ近づいて来た。

「……安心しろ。お前がサウィンの夜に、ハーシェル達とともにその扉が開くのを目にする機会は来ない――――()でよ、フォカロルよ!」

薄笑いを浮かべてそう呼びかけるや否や。

彼の指に嵌められたソロモンの指環から、黒い(もや)が現れ始めた。



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