第七話 結婚式だったが――愕然
婚約披露会から今日まで怒涛の日程だったけれど、気合と根性でなんとか乗り切った。
今回も地方に嫁いで行ったお姉様達が、わたくしの結婚式のために集まってくれた。
王都に住むドロテアお姉様だけは、わけあって来られなかった。お医者様から自宅で安静をしているように言われてしまったらしい。お姉様は出産間近だったのだ。予定日が少し前だったので、いつ産まれてもおかしくない状況だと。
しかも、今回双子かもしれないという診断がなされていた。姪か甥が一気に二人も産まれるなんて夢みたいだと思った。以前より、誕生を今か今かと心待ちにしている。
今回、結婚式に参加できないことに対し残念がっていたけれど、式の直前に婚礼衣装を纏ってお見舞いに行ったら喜んでくれた。
ドロテアお姉様が、「こんな素敵な花嫁様を見たことがありません。旦那様も喜んでいたでしょうね」と言っていた時、夫となる人にはまだ見せていないことに気付いた。
怒られそうなので、「ソウデスネ」と、嘘の返事をしてしまった。
そして、結婚式は滞りなく執り行われる。
わたくしは贅を尽くした絹の婚礼衣装を纏い、エーリヒ・フォン・ヴェイマールは騎士隊の白い正装を着ていた。
なかなか様になっていると褒めれば、「私には勿体ないお言葉です」と謙遜していた。
こういう完璧な貴公子みたいな人が見た目に対して謙遜するのは嫌味にしか聞こえない。けれど、彼はこのままの慎み深いスタイルで、先の人生を歩いて欲しいなと思った。
招待客が待つ礼拝堂の扉の前に立つ。
結婚指輪やわたくしのベールを運んでくれるのは、甥や姪達。ヴェイマール伯爵家の子どももお手伝いをしてくれるようで、周囲は可愛い存在が大集合していた。
礼拝堂の入り口で、子ども達が楽しそうにしている様子を眺めていたら、思いがけないことが起きる。
「きゃあ!」
一番上の姉の子ども、アガーテの悲鳴が聞こえて振り返れば、伯爵家の男の子が三つ編みを引っ張っていた。
まさかの状況に驚き、手にしていた花束を落としそうになった。
次の瞬間、咎めるような声が隣から聞こえてくる。
「――エミル、何をしているのですか!?」
エミルと呼ばれた伯爵家の男の子に注意し、アガーテとの間に割って入ったのは、エーリヒ・フォン・ヴェイマールだった。
三つ編みを掴んだ手を離すように言い、涙目のアガーテに謝っていた。
「あなたは、どうしてそんなことをしたのですか?」
厳しい追及に、エミルは頬を膨らませてそっぽを向いている。
問い詰めれば、アガーテが澄ましていたからと言っていた。
エーリヒ・フォン・ヴェイマールは眉間に皺を寄せていたけれど、理由を聞いた途端に長いため息を吐いていた。
「女性の気を引くのに、乱暴なことをしてはいけません。絶対に」
ああ、なるほど、と思った。
エミルはアガーテのことが気になって、意識を自分の方へ向けようと髪を引っ張ったと。
六歳の男の子が考える、一番効果がある行為だったのかもしれない。
彼は懇々とエミルに女性の扱い方について語っていた。
わたくしは泣いてしまいそうなアガーテの前に跪く。
優しい彼女はドレスが汚れると言っていたけれど、大丈夫だと言って安心させた。
髪の毛は母親に編んでもらったと自慢していたのだ。さぞかしショックだったに違いない。
綺麗に編まれていた三つ編みは、少しだけほどけていた。
アガーテの眦に浮かんでいた涙を指先で拭い、わたくしが結び直してもいいかと聞いてみる。こくりと、小さく頷いてくれた。
それから、お姉様がしていたように髪の毛を編んでいく。多分、元通りになったと思う。
最後に、髪の毛に刺してあった生花を一本抜き、耳に通して飾ってあげた。
「いいの?」と不安そうな顔で聞いてくる。勿論と言えば、少しだけはにかんでくれた。
「あ、ありがとう、ヘルミーナ叔母様」
「どういたしまして」
アガーテに笑顔が戻ってホッとする。
他の子には、花束の花で髪の毛を飾ってあげた。男の子には胸ポケットに刺していく。
最後に、エミルに花を差し出す。
散々怒られたあとだったから、わたくしは何も言わなかった。
代わりに、笑顔で花をあげたのに、怯えた表情をされてしまった。
どうしてこうなったのか。
エーリヒ・フォン・ヴェイマールの顔を見れば、困ったような顔をしていた。
目が合えば、小さな声で謝罪をしてくる。
騒ぎが収まったところで、結婚式の開始を告げる鐘が鳴り響いた。
扉が開かれ、風琴による厳かな演奏が流れ始める。
わたくしは夫となる人の腕に、そっと手を添えた。
寂しくなった花束を手に、礼拝堂の祭壇までの道を、一歩、一歩と進んで行く。
司祭によって開式の宣言が成され、婚姻の宣誓文が読み上げられた。
誓いの証として指輪が交換され、結婚誓約書に署名をする。
司祭は愛の証となる口付けをするように促した。
愛の証たる口付け? ……これ、どうするんだっけ?
結婚式前の打ち合わせでは、招待客のアレコレや、子ども達のお手伝いについてしか話し合いをしていなかった。
まさか、唇にはしてこないでしょうと警戒する。
そんな最中、ベールが上げられた。
にっこりと蜂蜜のような笑みを浮かべる男に、口パクで「頬にしろ!」と訴えた。
コクリと従順に頷いている。
ホッとしているところに、彼は思いがけない行動に出てくれた。
なんと、彼はその場に片膝を突き、わたくしの手を取ると、甲に口付けをした。
驚愕の悲鳴をあげそうになったけれど、寸前で呑み込んだ。
だから、それは止めろと言って――ないか。頭の中で突っ込んでいただけだった。
でも、人前でわたくしに忠誠を誓うような行動に出るなんて、誰が予想出来たのだろうか。
ちらりと客席を確認すれば、お仕えしている王子様も参列なさっていた。
と、次の刹那、再び叫びそうになる。
王子様の隣にいた従者風の中年男性、どこかで見たことがあると思っていたら、国王様だった。まさか、お忍びで参加されていたんて!
さらに、そのお隣には、侍女に扮した王妃様まで。
衝撃はここで終わりではなかった。わたくしはさらにぎょっとすることになる。
王妃様のお隣の男装をされている御方は、もしかしなくても第一王女様!?
後ろの席に座っている騎士の格好をした男性は王女様の婚約者の、隣国の第三王子様、よね?
それから、見ない振りをしたかったけれど、客席の後方の席に王太子様も居た。
何故か、ゴツイ女装姿で。
もしかしたら、結婚式を祝福してくれる妖精さんなのかもしれない。やっぱり、見なかった振りをした。
王族一家の参列に、夫となった人のとんでもない行動なんて記憶から吹き飛ばされてしまった。
動揺した状態で、礼拝堂をあとにする。
外には馬車が用意されていて、そのまま新婚旅行に出かけることになっていた。
けれど、わたくしはしばらく放心したまま、白目を剥いていた、ような気がする。
◇◇◇
到着したようですねと、夫の言葉で我に返る。外はすっかり薄暗くなっていた。
窓の外には、本日宿泊する大きな建物がそびえ建つ。
馬車から降りる時、いまだ放心状態のわたくしに、彼は手を差し出してくれた。お礼を言って、手を借りることにする。
「大丈夫ですか? よろしかったら、部屋まで連れて行くことも出来ますが」
「いいえ、大丈夫。結構よ」
若干ふらつきながらも、部屋まで自分の足で歩いて行った。
室内の中心にあった長椅子に、座り込んで大きなため息を吐く。
「お疲れさまでした」
「――ええ」
夫は疲れていないようだった。
人が集まる場で過ごすのは慣れているのかもしれない。さすが、外交官である第二王子様にお仕えしているだけはある。
「それにしても、驚きましたね」
そんな彼でも、王族の参列には驚いていた――と思っていたら違った。
「甥が女性の気を引こうと、髪の毛を引っ張るなんて」
「――そっちか~い!」
予想外の言葉に、思わず声に出して突っ込んでしまった。
彼にとって、女性の髪を甥が引っ張る>王族の参列、らしい。
常識とはかけ離れた感覚に、こちらが驚いてしまった。