第二十四話 最悪な再会
4/24二回目の更新です。
お母様や使用人などにも話をして、着々と準備を進めていった。
せっかくなので、サプライズパーティーにして夫を驚かせようとしたけれど、成功するかは謎だ。驚くほど察しのいい人なので、細心の注意を払わなければならない。
まず、贈り物を購入することにした。
娘を乳母に任せ、侍女を伴って街の商店街へと向かう。
馬車を走らせる中で、付き合いの長い侍女に質問してみる。
「殿方はどんな品を喜ぶのかしら?」
「奥様から贈られた品なら、なんでもお喜びになるかと」
「いや、そういうんじゃなくって、本当に喜ぶ品を贈りたいの」
「では、はっきりと申し上げますと――」
わたくしはじっと侍女の顔を見て、次なる言葉を待つ。だがしかし、夫の喜ぶ贈り物は、とんでもないものだった。
「奥様かと」
「は?」
「奥様が『誕生日だから、どうかわたくしをお好きになさって』と言えば、心からお喜びになると思いますよ」
「なっ!?」
頬がカッと熱くなるのを感じる。なんてはしたないことを言うのだと、文句を言った。
侍女の案は速攻で却下する。
とりあえず、紳士服や雑貨を置いている専門店に向かうことにした。
お店に入れば、すぐに男性店員がやって来て、どのような品を求めているかと聞いてくる。
「夫の誕生日の贈り物を探しているのだけれど」
「でしたら、春物のコートとかいかがでしょうか?」
「そうね、見せてちょうだい」
まだまだ肌寒い時期だが、厚着をするほどではない気候にぴったりのコートをいくつか見せてくれた。
どれも素敵な品ばかりだったけれど、夫の綺麗な金色の髪に合うコートはないように思えた。
その後も、いろんな品を見せてもらう。
靴に帽子、時計にタイ、鞄にカフス、タイピン……。どれもいまいちピンと来ない。
店員は心折れずに、次々と品物を紹介してくれる。
次なる商品を探しに行っている間、侍女が声をかけてくる。
「奥様、良い品物が……!」
侍女が手にしていたのは、大型犬用の首輪と散歩紐。
何故、それを夫の誕生日の贈り物にと思っていたら、前に犬になりたいと語っていたことを思い出す。確か、最初に発言した時に、彼女も一緒の部屋に居たような気がした。
「旦那様もきっとお喜びになるかと」
「却下」
侍女は無表情で首輪と散歩紐を売り場に戻しに行っていた。
何故紳士用品店に犬の首輪がと思っていたら、お揃いのベルトなどと一緒に売り出しているらしい。思いがけない品に驚くことになった。
それにしても、夫に相応しい品はなかなか見つからなかった。
贈り物選びはとても難しいと思う。
◇◇◇
結局、贈り物は決まらなかった。
このまま帰るのも悪い気がしたので、勤続二十年となった執事への労いの品として、ベルトとハンカチを購入し包んでもらった。
侍女に買った品を持たせ、店から出ようとすれば、扉が突然開く。
入ろうとして来た客と鉢合わせをすることになった。
目の前に佇むのは、身なりの良い若い男。
こういう場合、男性側が避けるのが礼儀だけれど、向こうは一向に避けようとしない。
多少ムッとしていたら、どうしてか話しかけてくる。
「あれ、お前、ヘルミーナ・フォン・ロートリンゲンじゃないのか?」
「……人違いですわ」
「嘘だろう?」
嘘は言っていない。
結婚をしたので、今の名前はヘルミーナ・フォン・ヴェイマールになっている。
「いや、お前みたいな派手な女、見間違えるはずがないだろう?」
そう言ってわたくしの腕に手を延ばそうとしたので、畳んだ扇で叩き落とした。
「痛ってえな。乱暴なのも相変わらずか」
「どうでもいいので、そこをお退きになっていただけるかしら?」
茶色い髪に茶色い目の若い男。
知り合いに居たかと記憶を探るが、思い当たるふしがない。
「あなた、どなたですの? 名乗りもしないで話しかけるとは、失礼ではありませんか?」
「知り合いなのに、名前を忘れているのも失礼だろう?」
やはり、知り合いなのか。男の顔をじっと見る。
どこかで会ったことがあるような、ないような。
先に痺れを切らしたのは男の方で、嫌々名前を名乗っていた。
「イグナーツ・フォン・サイネークだ」
「!」
……思い出した。
サイネーク侯爵家の五男で、幼少時わたくしをいじめてくれた馬鹿な男!!
あまりにも酷い出来事だったので、記憶からこの男の存在を抹消していたのだろう。
サイネーク家はドロテアお姉様の嫁ぎ先なので、そこの人を悪く言うのはアレだけれど、この人は幼少時から、本当にしようもないことばかりわたくしにしてくれた。
やっとのことで仕返しが出来たのは十二歳の時。
果たし状を出して、この男を徹底的に打ちのめすことに成功したのだ。
「どうやら気付いたようだな」
「……いったん出ましょう。お店の迷惑になりますわ」
まだ突っかかってくる様子だったので、男を喫茶店に連れて行く。
コーヒーの一杯でも奢って、忘れていたことをチャラにしようと思ったからだった。
「――で?」
「なんだ?」
「なんだではありません。何用ですの?」
「店に連れ込んだのはお前だろう?」
いちいち勘に触る!
怒りたい気持ちは山々だけれど、お姉様の義弟でもある相手に強気に出ることは出来ない。お義兄様はあんなに紳士でお優しい人なのに、同じ兄弟でもこんなに違うものかと、驚いてしまう。
ニヤニヤとしている男に苛つきながらも、ぐっと奥歯を噛みしめ、笑顔を浮かべるように努める。
「……では、再会を祝して乾杯でもいたします?」
「店を変えるのか?」
「いいえ、ここで。コーヒーで乾杯ですわ」
「そんなの聞いたことがねえよ」
だんだんと、丁寧な対応も疲れてきた。相手は崩した言葉遣いなので、余計に馬鹿馬鹿しくなる。
さっさとケリをつけることにした。
「お名前を忘れていたことに関しては、謝罪をしますわ。……モウシワケ、アリマセンデシタ」
やだ、どうしよう。謝罪部分だけ棒読みになってしまった。
わたくしって、嘘が付けないのねと、悲しくなってしまう。
相手もそれに気付いたようで、眉間に皺を寄せてわたくしを睨んでいた。
「わたくし、早く帰りませんと、娘が待っていますし、夫も帰って来ますので」
相手の返事を待たずに、わたくしは立ち上がる。
背後に控えていた侍女に、支払いを済ませておくよう命じた。
「――本当にエーリヒ・フォン・ヴェイマールと結婚したんだな」
「ええ、おかげさまで」
「あんな軽薄男と結婚するなんて、物好きなもんだ」
夫を馬鹿にするようなことを聞いて、カチンときてしまう。
けれど、ここで反発をして事情を説明したら、夫の苦労が水の泡となる。なので、ぐっと我慢をした。
「なんだ? 顔付きが変わったな。お前が一方的に奴に惚れているのか?」
「!?」
なんてことを言うのかと、失礼千万男を睨みつけた。
「当たりだな」
「な、違っ……!」
「だったら、お前の昔の話を旦那にしても問題ないよな?」
「な、何を?」
「子どもの頃、ぴいぴい泣き虫だったことだよ」
「!」
子どもの頃、この男にからかわれて、何度も泣いて帰ったことを思い出す。
怒りがこみ上げたのと同時に、夫には知られたくないと思った。
「今度、お前の旦那の補佐をすることになったんだ。挨拶ついでに、思い出話をするのも悪くはないだろう」
「止めて!」
大きな声を出してから、ハッとなる。
周囲に誰も居なかったからよかったけれど、こんな風に取り乱すなんて淑女失格だ。
伯爵家の名にも泥を塗ることになる。気を付けなければと思った。
「……なあ、ヘルミーナ」
「名前で呼ばないで!」
「いいだろう? 俺達幼馴染で、親戚じゃないか」
「わたくしのことは、ヴェイマール夫人と」
「まあ、呼び方などどうでもいい。明後日の夕方、またここに来てくれ」
「はあ!?」
「話がある」
「聞きたくないわ、それに、忙しいの!」
「来ないのなら、お前の過去を旦那に話すが?」
「!」
わたくしを脅すなんて、とんでもない男だと思った。
……けれど、夫に子どもの頃の話はされたくない。
わたくしは、男の要求に頷くことになる。