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第二十三話 奥様、子育てに奮闘するも――

 ヘルミーナ様、一つご提案なのですが――。


 夫の提案とは、娘リーリエの夜のお世話を日替わり交代で行わないかというものだった。

 正気かと、夫の顔をじっと見る。


「そんな風に見つめられると、照れますね」

「わたくし、あなたが正常なのか、見ているだけなんだけど」

「それはそれは」


 見ての通り正常ですと笑顔で答える夫。説得力はゼロだった。


「日替わりで乳児の世話をするなんて、仕事があるのによくもまあ、そんな提案が出来るものね」

「ヘルミーナ様があまりにもお辛そうなので」

「わたくしは、平気」


 そんな強がりを言えば、可哀想な存在ものを見る目でわたくしに視線を向ける夫。……たしかに普段よりはぐったりはしているけれど、あと数日したら慣れるはず。多分。


「では、夜勤の乳母と日替わりで交代するのは?」

「嫌」

「左様でございますか」


 会話が途切れ、部屋が静かになれば、ゆりかごの中で眠っていた娘が泣き出す。

 おむつかと思い、立ち上がる。が、夫の行動の方が早かった。

 状態を確認し、おむつを濡らしていることに気付けば、手際よく交換をする。わたくしは隣で軽く手伝うばかりだった。


「ずいぶんと慣れていらっしゃるのね」

「はい。知り合いの家で練習をさせていただきましたので」


 なんと、夫は娘のためにおむつ交換の修行(?)に行っていたらしい。


「まあ、そんなことをしていたの?」

「はい。私にも出来ることがあればと思いまして」


 おむつを取り替えても泣き止まなかったので、夫は娘を抱き上げてあやし始める。

 その表情は慈愛に満ち溢れているように見えた。

 もしかしなくても、夫は子どもが好きなのだろう。

 泣き止んだので、夫は娘を胸に抱いたまま長椅子に腰かける。


 その様子を見て、わたくしは考えを改めることになった。


「――分かったわ」

「はい?」

「やっぱり夜のお世話、協力してもらおうかと思って」

「本当ですか?」

「ええ。わたくし達、夫婦ですもの。苦楽は共に分かち合うものでしょう?」

「はい、もちろんです」


 子どもを引き取ると聞いて良い顔をしなかった夫に。子育てを付き合わせるのは申し訳ないような気がしていたのだ。

 けれど、夫は子どもをよく思っていないので反対をしていたわけではないと分かり、提案を受け入れることにした。


「今日からにしますか?」

「そうね、さきほど言っていた通り、日替わりで」

「承知いたしました」

「ただし、あなたはリーリエの寝室の隣の部屋に寝台を持ち込んで、待機していて欲しいの」


 わたくしの言葉に首を傾げる夫。

 すぐに詳細を説明する。


「わたくしがリーリエの傍で眠ることは変わらないわ。数回に一度、あなたが夜泣きをする娘のところに来て、あやしてくれたらとても助かるの」

「ああ、そういうことですね」


 翌日に仕事がある夫に、一晩中娘の世話をさせるわけにはいかない。なので、お世話の補助的な役割を与えることにしたのだ。


「それだけでいいのでしょうか?」

「それだけでもありがたいわ」


 夫は渋い顔をしていたけれど、重ねてお願いをしたら折れてくれた。


「では、今日からよろしくお願いね」

「はい、精一杯努めます」


 こうして、娘、リーリエの夜泣き対策委員会は閉会された。


 ◇◇◇


 夜、娘に沐浴をさせる。本日もぐずってしまい、乳母と二人で苦労しながら終えることとなった。その後、娘は乳母に任せ、わたくしもお風呂に入る。

 温かな湯に浸かれば、はあと大きな溜息が出てしまった。

 子育ての大変さを痛感する毎日だった。だが、それ以上に子どもは天使のように可愛くて、日々の成長を見守れることを嬉しく思う。

 それから、娘を通して夫との距離も若干縮まったような気がした。

 ……別に、男女としての仲を深める必要は全くないけれど、生涯における人生のパートナーとして、互いに支え合っていけたらと考えている。

 風呂から上がれば侍女の手を借りて髪を乾かし、絹の寝間着と厚手のガウンを纏って娘の部屋に向かう。


 扉を開いた刹那、ぎょっとする。夫が居たからだ。

 それと同時に、夜をこの部屋で過ごすようにお願いしたのはわたくしだったと思い出す。

 部屋には使用人の手によって、夫の寝台が運び込まれていた。


「……本当に、付き合ってくれるのね」

「ええ、お任せを」


 娘は眠っているとのこと。扉一枚で繋がっている寝室へと移動し、薄暗い中きちんと寝ているかを確認する。顔を近づければ、すうすうと安らかな寝息が聞こえた。

 寝顔も見たかったけれど、起こしたら大変なことになるので、ぐっと我慢。


 夫のいる場所まで戻り、夜の挨拶おやすみなさいを言って眠りに就く。

 目を閉じたが、なかなか就寝出来なかった。

 ここ最近の癖と言うのか、習慣と言うのか。一晩を通して眠りが浅くなっていた。娘のことを気にかけているせいでもあるが。

 一時間ほど眠れない時間を過ごし、うとうとしていたところで突然娘が泣き出す。


「……ま、まあ、リーリエ、どうかしたのかしら?」


 乾いた声で呟き、起き上がろうとすれば、部屋の扉が開く。

 わたくしよりも先に夫がやって来て、娘をあやし始めた。


 腕に力を込め、娘の元に行こうとしたけれど、なかなか起き上がれない。そうこうしているうちに、夫はわんわんと泣く娘を連れて寝室から出て行ってしまった。


 ああ、体が気持ちに追いついていない……。


 わたくしは心の中で夫に謝罪し、眠りの中へ落ちることになった。


 なんというか、無念。


 ◇◇◇


 結局昨晩は夫がほとんど娘の世話をしてくれた。情けないとしか言いようがない。

 ほとんど寝ていない疑惑がある夫は、疲れを一切見せずに笑顔で出勤して行く。

 わたくしは顔色を隠すための濃い化粧で夫を見送った。


 今日はエルケお姉様が、娘を見に訊ねて来てくれた。

 久々に、二人でお茶を楽しむことになる。


 お姉様とゆりかごの中の娘を愛でる。可愛いにもほどがあると、二人で頬を緩ませていた。

 侍女がお茶とお菓子を持ってくれば、席について一休みする。


 お姉様に、夫と上手くいっているのかと聞かれた。

 それに関しては、はっきりと返事をすることが出来ない。理由を聞かれ、昨晩のことを話すことにした。


「――というわけで、わたくしの判断の誤りで、夫にとても迷惑をかけてしまったの」

「ヘルミーナさん、それは良くないことですよ」

「え、ええ。反省はしているわ」


 頑張り過ぎても、周囲に迷惑をかけてしまうことを昨日知った。

 なので、夜のお世話は乳母に頼もうと思っている。


「それが賢明でしょう」

「ええ」


 お姉様は夫に何かお詫びをした方がいいと言う。いったい、何をすればいいものか。


「何か催しごとなどがあれば、その記念に贈り物を差し上げるとか」

「そういえば、もうすぐ夫の誕生日だったような」

「だったら、誕生会を開いたらどうですか?」


 夫の誕生日は一週間後だったような。

 お誕生会。なるほど、いいかもしれない。


「あまり準備時間がないので、家族で過ごすだけのささやかなものになりそうだけれど」

「十分ですよ。きっと、お喜びになるはず」


 贈り物を用意して、ごちそうを作ってもらって、お部屋を花で飾って……。

 考えているうちに、だんだんと楽しくなる。


「エルケお姉様、ありがとう」

「ええ、お力になれて幸いでした」


 夫のために頑張ることを宣言した。

 最後に、お姉様からぎゅっと手を握られる。


「ヘルミーナさん」

「ん?」

「お願いがあります。……エーリヒさんに対し、日々、尊敬の意を示し、感謝の気持ちを忘れないこと。それから、どうか彼という存在を大切にして下さい。傍に居てもらうことを、当たり前だと思わずに……」

「え、ええ、分かったわ」


 お姉様の今までにない真剣な物言いに、こちらも改まった態度で返事をすることになった。


 まあ、それはきちんと心に刻んでおくとして、さっそく誕生会の準備を始めることにした。


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