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第十九話 追及、逃れられない

 夫にアウグスト殿下の訪問がバレていた。

 聞くのも話すのも面白くない話だったので、言わなくてもいいかと思っていたのだ。

 一体どこから情報が漏れたのか。お母様には言うつもりだったけれど、まだ話していない。

 執事? 侍女? それとも庭師?

 皆、公爵家から連れて来た使用人達で、口は堅い。彼らが喋るとは思えなかった。

 そんなことよりも、夫になんと説明すればいいのか。言い訳を考える。

 仕えしていた相手に落ちぶれただなんて思われていたら、さすがの夫もショックだろう。


「殿下は一体何をしに、ここへ?」


 いきなり核心を突く質問をしてくる夫。

 笑顔なのに、目が笑っていないように見えるのは気のせいだろうか。なんだか怖いので、なるべく見ないようにしようと、視線を逸らす。

 それから、適当に考えた殿下の訪問の理由を夫に伝えた。


「気分転換にいらしたようで」

「主人の居ない家に?」

「……え、ええ」


 やっぱり、夫は簡単に騙されてくれなかった。

 そんな気はすごくしていたけれど。


「何をお話していたのでしょうか?」

「別に、とるにたらない世間話を……その、和気あいあいと」

「殿下は私が間に入らないと、女性と話をしませんでしたが、ヘルミーナ様の前では違いましたか」

「ええ、殿下はとても威勢が良かった――」


 そこまで行って口を閉ざす。意気盛んなお茶会とはどんなものなのかと。

 ちらりと夫を見れば、いつもの甘い蜂蜜のような笑顔を浮かべているのに、いつもと違う空気感があった。威圧感があると言うか、なんと言うか。


「殿下に贈り物を下さったのは、やっぱりヘルミーナ様だったのですね」

「え、何それ、わたくしは贈り物なんて」

「殿下の頬にくっきりと、手の跡が」

「あ!」


 失敗した! まさかあのあと仕事に戻るなんて!

 殿下は頬に手の跡があるにもかかわらず、職場に向かったようだ。

 訪問は使用人が報告していたのではなく、殿下自身が夫に話したのだ。


「殿下も、近衛隊長殿も、どうしてそうなったのか話してくれなくて」


 唯一、行き先だけ話したと言う。


「それ、誰にやられたか言ったかのようなものじゃない」

「そうですよね」

「まあ、そうね。殿下をはたいたのはわたくし。そういうことだから」


 罪を告白し、相手の反応を見る前にすっと立ち上がる。部屋から出て行こうとする。が、それを引き止める夫。


「まだ話は終わっていませんよ、ヘルミーナ様」

「わ、わたくしは、疲れたの。お客様をおもてなしして」

「ええ、ご苦労様です」

「だから――」


 このまま勢いに乗ってこの気まずい空間から逃げようとしたけれど、どうしてか体が動かない。夫の笑顔の圧力と言えばいいのか。

 不思議なこともあるものだと思う。


 夫をちらりと見れば、笑顔は消え、真剣な表情で質問をしてくる。


「どうして、殿下を叩いたのでしょうか?」

「それは――あの人が気に食わなかったから」


 これは本心。嘘ではない。


「何故、気に食わないのでしょうか?」


 夫は突かれたくないところを的確に突いて来る。

 嘘は言いたくないけれど、殿下を叩いたわけも言いたくない。

 なので、わたくしは意味もなく、夫を睨み付けた。


「言いたくない、ということですか」

「誰かを嫌うのに、理由は必要かしら?」


 わたくしの物言いを聞いた夫は、困った顔へと変わっていった。

 生意気な小娘とでも思っているのかもしれない。

 そう思ってくれても結構だと思った。


「むしゃくしゃしてやったのよ」


 それですべて解決すると思っていたが、違った。夫は私の主張を否定する。


「いいえ、ヘルミーナ様は癇癪を起すような人ではありません。起こすとしたら、殿下です。殿下が、何か酷いことを言ったのでしょう」


 ……ここまで的確に推測出来るものなの?


 夫の勘の鋭さに、改めて驚いてしまった。


「殿下が他人に絡むこととすれば、私のことについてしかありえません。――例えば、突然傍付きを辞めると言ったので、ヘルミーナ様のせいだと言いに来たのでは?」

「あなた、探偵になれるわ」

「やっぱり当たりですか」


 はあと盛大なため息を吐く夫。

 わたくしも、同じように息を大きく吐き出した。

 結局、夫に隠し事なんて出来なかったのだ。


「けれど、きっとあなたは自分のことを言われて殿下を叩いたのではないのでしょうね」

「どうしてそう思うの?」

「ヘルミーナ様は、そういう御方だと思っています」


 そんな思いがけない高評価を聞いて、なんともいえない気分となる。

 照れや羞恥とは違う、ソワソワと落ち着かないもの。

 それは一体なんだろうかと考えていれば、夫が頭を下げてきた。


「ありがとうございました」

「な、何が?」

「殿下を躾けてくれて」

「べ、別に躾をしたわけじゃ……」

「いえいえ、いつもよりいい子になっていましたよ」


 だったら良かったけれど。


 もうこれ以上質問は受け付けないと言えば、分かりましたと物わかりの良い返事をする夫。不審に思っていたら――。


「明日、殿下が何をお話したのか、聞いてみます」

「!?」


 殿下に聞いた方が早いと言っている。


「気の毒だから止めてあげて」

「そうきましたか」

「何が?」

「いえ、殿下を庇うのだなと思いまして」

「庇っていないから」

「まあ、いいでしょう」


 今度こそ、話は終わったようだ。

 わたくしは立ち上がり、「それではごきげんよう」と言って部屋を出る。


 今日は殿下と夫の相手をして、酷く疲れてしまう。

 今晩はよく眠れそうだと思った。


 ◇◇◇


 今日から夫は新しい職場での勤務となる。帰りは遅くなるので、先に眠っておいて欲しいと言われた。


「言われなくても先に寝るけれど」

「ありがとうございます」


 夫はこちらが何を言ってもニコニコとしている。

 衝撃を受けることなんて一度もないのではと思うほど、穏やかな人だ。


 そんな夫を見送り、わたくしはお昼前からのお茶会の準備に勤しむことにした。


 時間となって招待客も集まれば、お茶を飲みながらの世間話が始まる。 

 話題は数日前に開催されたらしい仮面舞踏会について話される。


「また仮面舞踏会があったの?」

「はい、多い時は半月に一度とかありますよ」


 かなり気まぐれなペースであっているらしい。

 行くかと聞かれ、わたくしは首を横に振った。


 皆、楽しいのにと勧めるけれど、わたくしはそう思わなかった。


「でも、白銀の貴公子様についてはショックでした」

「え、彼がどうかしたの?」


 まさか、夫はわたくしに黙って参加をしていたとか? もう行かないと言っていたのに? そういえば、夜勤だと言っていなかった日と被っているような。

 そんなことを考えていたら、自然と眉間に皺が寄っていたようで、心配されてしまった。

 モヤモヤとした気持ちを持て余していたら、それは勘違いであったことが発覚する。

 彼女達は、仮面舞踏会に白銀の貴公子来なくなって嘆いていたのだ。


 ……わたくしはまた、夫を疑ってしまった。


 どうしてこう、彼のことになると、自分を制御しきれないのか。我がことながら理解に苦しむ。

 この件については、あとでお母様かお姉様に相談をしてみることにする。


 気を取り直して、会話に参加することにしたが――。


「きっと、白銀の貴公子様は運命の女性を見つけたのでしょうね」

「え?」

「あ、私、見ましたよ。スタイルの良い金髪の女性をお姫様抱っこして運んでいるところを」

「ええっ、そ、そんなことがあったの~~」

「……」


 あの日、夫に横抱きにして運ばれたのは夢の中のお話だと思っていた。

 お酒も飲んでいたし、そうだと信じて疑っていなかった。

 まさか、現実での出来事だったとは。

 おしおきをするとか言っていたような気がしたので、あのような恥ずかしいことをしてくれたのかもしれない。


 仮面舞踏会にアウグスト殿下の訪問、夫の恐ろしい追及、ここ最近でいろいろとあり過ぎた。

 反省すべき点も多々ある。

 とりあえず、殿下と仲直りしようと思って、お手紙を書いてみることにした。


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