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第十五話 仮面舞踏会にて

 一週間後。

 わたくしは生まれて初めて仮面舞踏会に行くことになった。

 夫と母にはもちろん内緒で。

 夜遊びをする場所へと出掛けることに関して、悪いことをしているようで気が引けたけれど、伏せられた事実を知りたいと言う好奇心には勝てなかった。


 侍女にお願いをして、こっそり準備を整えてもらう。

 髪は金の鬘を被り、三つ編みにして後頭部で纏める。目元は仮面で隠す予定。王家の血を引く証とされている目の色は色付きのガラスで覆われているので分からない仕様となっている。

 ドレスは薄紅色の可愛らしい意匠を選んだ。黒髪の時には絶対に着こなせない色合いだけど、金の髪にはよく似合う。


 宝飾類や小物には気を付けなければならない。

 一度、社交場で身につけていた品は、それから正体がバレてしまう可能性がある。

 今回の夜会は真っ赤なリボンを首に巻いて結ぶだけにしておいた。一応、これも流行りの装いである。


 鏡で全身を確認すれば、自分のことながら全くの別人のように見えた。

 変装は完璧だと思う。


 お母様が寝入ったという報告を聞いてから出かけることになった。

 夫は明日の昼過ぎに帰ってくると言っていたので心配は要らないだろう。


 裏口から出て、通りに待機させていた馬車で会場まで向かう。

 場所は大通りにある社交場。

 ひっそりと行われるものだと思っていたのに、案外堂々と開催されていた。

 わたくしは仮面をつけて馬車から降りる。

 受付で招待状を提示すれば、中へと案内された。

 大広間では楽団の演奏が大音量で響き渡っていた。普段の夜会とは違い、軽快な音楽が流れている。皆、楽しそうに踊っているように見えた。

 会場は移動も困難なほどに人で溢れている。

 当たり前だけど、皆仮面を付けていて、誰が誰だか分からない。


 わたくしはいつもと違う場の雰囲気に圧倒されていた。


 とりあえず、お友達から教えてもらった白百合婦人会のサロンへと行こうと思っていたら、近くに居た女性達の会話が耳に入る。


「見て、白銀の貴公子様よ!」

「まあ、本当!」


 さっそく、噂で出ていた白銀の貴公子様とやらが登場をしたようだ。

 わたくしもその姿を確認する。


 お友達が言っていた通り、その人物は白銀の髪に優雅な佇まいで居た。

 すぐに一人の女性の手を握り、踊りの輪の中へと消えて行く。

 驚くほどの手の速さだった。

 あれだけ人が取り囲んでいれば、正体を探ることなんて不可能だろう。

 白銀の貴公子様を見なかったものとして、サロンへと急ぐことにした。


 が、仮面舞踏会というものを、わたくしは甘く見ていた。


 一歩踏み出せば、踊りの誘いがかかる。


 夜会では親戚以外でわたくしを誘いに来る殿方なんて滅多に居なかったので、たじろいでしまう。


 強引に腰を抱かれ、名前も知らない相手を踊ることになった。


 テンポの速い曲は目が回りそうで、一曲踊っただけでくらくらと酔ったような感覚に苛まれることになる。

 喉が渇いたと思って、給仕から受け取って一気飲みをしたのは度数の高いお酒。

 渇きは癒えなかったし、舌先がピリピリと痛くなった。

 わたくしは何をしているのかと、自己嫌悪。

 目的だけでも果たそうと、フラフラな状態でサロンまで歩いて行った。

 その間にも踊りに誘われたけれど、今度は毅然とした態度でお断りをした。


 白百合夫人会では、リーダー格の女性を取り囲むようにして、酒入りのお茶を囲んで会話を楽しむ集まりが開催されていた。


 仮面を付けているので誰が誰だか分からないけれど、その分個々の口も軽くなる。

 それとなく夫の名を出して、話題の中心になるように促してみた。

 すると、会員の一人が夫に誘われたお茶会の様子を話しだした。


 曰く、おかしなお茶会だったと。


「あのお方は熱心に私を誘ったのに、指定された場所に行っても全く興味なない素振りをして……」


 そうそうと同意を示す何名かの会員達。

 夫はもう一人の男性を立てるようなことしかせず、女性を口説くような真似はしなかったらしい。


「なんだか、二人は不思議な空気でしたよね」


 友人関係には見えないが、打ち解けたような雰囲気はある。


「なんて言えばいいのかしら……」

「そうねえ、う~ん」

「教師と生徒?」

「それよ!」


 教師と生徒?

 詳しく聞けば、教師が夫で、生徒が茶髪に眼鏡の若い男性らしい。

 情報を整理する。

 夫は複数の女性に声をかけ、お茶会に招待する。それから、誘った女性を口説くことはなく、生徒っぽい男性の間を取り持つようなことをしていた。


 つまり、夫は女性と個人的に仲良くなるために声をかけたわけではなく、一緒に居た男性に紹介する目的で声をかけていたのだろう。


 とりあえず、夫が遊び人ではなかったことが判明した。


 それともう一つ、あることに気付く。

 教師と生徒という話を聞いて、ピンときたのだ。

 色付きの眼鏡に茶色の髪を持つ男性は、アウグスト殿下だろうと。

 夫はキーラ・フォン・ポロバークしか眼中にない殿下に、他の女性を紹介したかったのかもしれない。


 謎が解明したので、すっきりとした気分になる。

 気が付けば、日付が変わるような時間帯となっていた。

 眠気からか、頭の中がぼんやりとしている。何も考えずにお茶を飲めば、お酒入りの紅茶だということを忘れていて、むせてしまった。


「あなた、大丈夫?」

「え、ええ、平気……」

「そう。だったらいいけれど。それよりも――」


 会員達は既に違う話題で盛り上がっている。

 情報は手に入ったし、なんだかくらくらするので、おいとまさせてもらうことにした。


 大広間を横切れば、次々と男性から一曲どうかと声がかかる。

 普段の夜会ではありえない状況に、うんざりとしてしまった。

 気分が悪いからと言って断れば、勝手に腰を抱いてゆっくり出来る場所に行こうと言う。

 見ず知らずの相手の誘導に従うものかと、手の甲を思いっきり抓って難を逃れた。


 早く帰って休みたい。

 そう思いながら、人をかき分けるようにして進む。


 途中で男性にぶつかってしまった。

 わたくしは普通に進んでいただけなのに、相手が背後を気にせずにいきなり足を引いて来たのだ。


「なんだ、お前!」

「あら、申し訳ありませんでした」


 振り返った男性の上着は、手にしていた酒が零れて濡れていた。

 わたくしもぶつかって体が痛かったけれど、文句を言うのはぐっと我慢をする。

 相手は酔っていた。喧嘩は売るべきではないだろうと判断。


「服が汚れたじゃないか! どうしてくれる?」


 わたくしはハンカチを差し出した。


「ハンカチなんかでどうにかなるわけないだろう?」

「ええ、そうですね」


 面倒くさい事態になった。

 周囲の人達は完全に見ない振りをしてくれる。自分で対処をしなければならないけれど、どういう風にすれば場が収まるのか分からなかった。


「責任を取って貰おうか?」

「責任とは?」

「まあ、静かな部屋で話し合おうじゃないか」


 嫌な予感しかしない。

 男性に腕を強く掴まれる。いやらしい目で見られているような気がして、反射的に開いている手で頬を叩いてしまった。

 想定していない攻撃だったからか、男性は目を見開いていた。口の端には、血が滲んでいる。


「なっ、お前は――」


 仕返しだとばかりに、男も手を振り上げた。

 わたくしは歯を食いしばる。

 最初に手を出したのはこちらなので、仕方がないことだった。

 目を閉じ、衝撃に備えていたけれど、なかなか痛みは襲って来ない。


「……?」


 不思議に思って目を開けば、振り上げた男性の手は誰かに掴まれていた。

 それは、白銀の髪を持つ貴公子様。

 振り払おうとした手を、白銀の貴公子様は背中で捻り、身動きが取れないような体勢にしていた。


「き、貴様、何すんだ、よ!」


 怒声をあげる男性の耳元で、白銀の貴公子様が何かを囁いていた。

 すると、今まで怒っていた男性は急におとなしくなる。


 呆然としていたら、白銀の貴公子様がこちらにやって来て、手を差し出してきた。

 その手をじっと見つめていたら、相手は勝手にわたくしの手を掴んで歩き出す。


 会場から薄暗い庭に出た瞬間に手を振り払う。

 一体、どこに連れ出そうというのか。

 まずは、助けてくれたことへのお礼だけ言い、膝を折って感謝の意を示す。

 反応がない相手に「それではごきげんよう」と言って踵を返したが、再び手を取られてしまった。


「あなた、なんなの!?」

「いえ、悪い遊びをしてくれた奥様へのお仕置きを考えていまして」

「!?」


 耳元で囁かれた声を聞いて叫びそうになる。

 白銀の貴公子様を振り返り、無理矢理仮面を剥ぎ取った。


「――あ、あなたは」


 相手の顔を見たわたくしは、驚愕のあまり開いた口が塞がらない状態になっていた。


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