第十四話 支えられて
夫の謎の行動について、もっと詳しく知りたいと思ったけれど、その話は誰に聞いたとか、詳しく言えないとのこと。
「情報収集ならば、仮面舞踏会に行ってみては?」
「仮面舞踏会……」
仮面舞踏会は数ヶ月に一度開催されているらしい、目元を隠す仮面を着用し、匿名で参加をする舞踏会。
かの舞踏会は社交を目的としたものではなく、あくまでも個人の楽しみとして開催されているものだと認識している。
招待状は届いていたけれど、差出人が『仮面協会』という怪しさ溢れるもので、かつ夜遊びなんかするものではないと思っていたので毎回お断りをしていた。
一度も行ったことがないと言えば、驚かれた。
「だったら、『白銀の貴公子様』は御存じないのね?」
「ええ。初めて聞いたわ」
白銀の貴公子様とは、九ヶ月前くらいから仮面舞踏会に参加をするようになった男性で、銀色の髪を持ち、背がスラリと高く、立ち姿は優雅そのもの。そして、ダンスが驚くほど上手い人なのだとか。
「本当に素敵な人なの!」
「私も、一度踊ったことがあるのですが、夢のようでしたわ!」
白銀の貴公子様の話題があがった途端に、揃って熱く語りだした。
「白銀の髪ねえ……。そんな人、社交界に居たかしら?」
「多分、髪は鬘かと」
「ふうん」
貴公子様は素性を絶対に明かさないと言う。
正体不明という点も、彼女達を夢中にさせている要素の一つなのかもしれない。
「私、白銀の貴公子様は第二王子様だと思っていますの!」
「やっぱり、そう思いますよね?」
……白銀の貴公子様の正体は第二王子~~?
わたくしはそうは思わなかった。
とても口に出して言えないことだけれど、第二王子、アウグスト・フェルディアント・フォン・メクレンブルグは陰気で人付き合いが上手い人物とは思えない。
白銀の貴公子様とやらは、人当たりが良く、自らの情報は決して漏らさないという完璧な人物に思える。
彼が人間的に不器用な第二王子だという可能性はゼロに近いだろう。
「ヘルミーナさん、仮面舞踏会はとても楽しいので、旦那様と参加をしてみては?」
「夫と同伴ならば、問題もないでしょう」
「ええ、そうね。考えてみるわ」
なんとなく、白銀の貴公子様とやらの正体を暴いてみたいという欲求がふつふつと湧き上がってくる。
ちょうど、次の開催は一週間後にある。
まだ返事を出していないし、その間、夫は家に居ない。
情報収集と白銀の貴公子様に会いに参加をしてみるのもいいかもしれないと考える。
仮面舞踏会に参加をするために鬘と仮面、それから新しいドレスを新調しなくては。
その後、お茶会は解散となり、わたくしは午後からのドロテアお姉様の家を訪問する準備に取り掛かった。
◇◇◇
約束通り、夫は帰って来た。
互いに身支度を完璧なものとして、ドロテアお姉様の嫁いだ家に向かう。
一週間ぶりに会ったお姉様は、だいぶ顔色も良くなっていた。
「ドロテアお姉様、本当に良かった」
「ええ、お蔭さまで元気になりました」
もう少ししたら、鍛錬も出来るようになると言っていたので、わたくしはしばらく安静にしておいてとお願いをした。
相変わらず、ドロテアお姉様はパワフルだと思った。
そのあと、甥のフランが赤ちゃんを抱いた乳母と共にやって来て、三人の妹を紹介してくれる。
「こっちの元気な子がエリザベス、こっちの泣き虫な子がアンリエッタ、こっちの大人しい子がエミリー」
ああ、なんて可愛らしい子達なのか。わたくしは赤ちゃんの前で震えてしまう。
ゆっくり眺めていたかったけれど、今からお姉様とお話をしなければならない。
可愛い甥、姪と別れ、本題に移ることにする。
お姉様はお義兄様から第二王子の子どもを引き取る話をひと通り聞いていたらしい。
ホッとしたのも束の間、厳しい表情で追及される。
「あなたは、その決定がどれだけ大変なことなのか、自覚していますか?」
「……ええ」
初めは軽い気持ちからだった。
元々、夫の子どもだと聞いていたので、ちょうどいいと思っていたのだ。
けれど、今は違う。
「わたくしは変わりたいと思ったの」
「それは、どうしてですか?」
「上手く説明は出来ないけれど、このままではいけないと……」
お母様が言っていた。
子どもと接することによって、自らも成長出来ると。
「……確かに、あなたのことは私達が可愛がり過ぎたのかもしれません」
お姉様は夫に謝罪をしていた。
「エーリヒさん、妹の扱いに困っていませんか?」
「いえいえ、そんなことないですよ」
夫はいつもの蜂蜜のような微笑みを浮かべ、愛想の良い返答をしている。
長年、偏屈そうに見える第二王子の教育係を務めていたので、我慢強い人物なのかもしれない。
ドロテアお姉様は、夫にわたくしの扱い方(?)を伝授していた。
「何か、おかしな要求や誘いがあっても、断って下さいね」
「そんな、もったいないお話です」
ドロテアお姉様はわたくしにも質問をする。夫に無茶な要求や誘いはしていないかと。
「えーっと、この前、夫と森に洗礼をしに」
「洗礼って、アレクシアのいつも行っている場所ですか!?」
「……はい」
「まあ、なんて酷いことを!」
あそこは普通の人が行くような場所ではないと怒られてしまった。
前に言われていたのだ。わたくしの趣味に他人を付き合わせてはならないと。
しょんぼりと肩を落とす。
そんなわたくしに、夫は助け船を出してくれた。
「あの、お義姉様、大丈夫です。この前のことは、私も楽しんだことですので」
「無理しなくてもいいのですよ」
一度だけ、ドロテアお姉様もアレクシアお姉様と一緒に洗礼に行ったことがあったらしい。途中にあった崖で滑りそうになり、危うく怪我をするところだったとか。
「アレクシアにも、あそこには行くなと言われていたのでは」
「……言われていました」
でも、罪を綺麗にするには、あそこに行くしかないと思ってしまったのだ。
約束を破ってごめんなさいと、深く頭を下げる。
夫にも、酷い場所に連れて行って申し訳なかったと謝罪をした。
「大丈夫ですよ。今度は安全な場所に行きましょうね」
「……ええ、ありがとう」
今更ながらに気付かされる。わたくしは大変な変わり者なのだと。
どうして今まで自覚をしていなかったのか。落ち込んでしまう。
「まあ、あなたがそうなのは私達にも責任があるでしょう。その点に関しては、謝りたいと思います」
ドロテアお姉様は、わたくしに謝罪をした。
「お姉様は悪くないわ」
「いえ、私達はあなたを守ろうとして――いえ、なんでもありません。話を元も戻しましょう」
お姉様は言う。
子育てを通して、いろいろと学ぶことはいいことだろうと。
「子どもを育てるのは、決して楽しいことばかりではありません。ですが、それ以上に素晴らしいことを得るでしょう」
一人で全てを抱え込むなと、ドロテアお姉様は言う。
「お母様にエーリヒさん、私達や使用人、助けの手はいくつもあるのです」
分からないことや苦しいこと、困ったことがあれば周囲に頼って欲しいとお願いされた。
最後に、お姉様は夫に願う。
「エーリヒさん。妹と、王家の血を引く子どものことをよろしくお願いいたします」
「はい。お任せください。妻と子は、かならず私が守ります」
夫は真剣な表情で、返事をしていた。
お姉様のお話を聞き、夫の決心を聞いて、心の中の不安が薄くなったように感じる。
そのあとは夕食を共にして帰宅をすることになった。
お義兄様には会えなかったけれど、後日、また挨拶に来ようと思った。
その時は、引き取った子を一緒に連れて来たいなと考える。
帰りの馬車の中で、夫がわたくしに聞いてきた。
「子どもの名前、どうしましょうか?」
どうやら命名する名誉はわたくし達夫婦にあるらしい。
「あなたが名前を付けてくれる?」
「私の考えた名でいいのでしょうか?」
わたくし達姉妹は全てお父様が名付けた。それと同じように、命名してくれないかとお願いをしてみる。
夫は考えてみますねと言ってくれた。