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第十三話 夫、エーリヒの謎

 ドロテアお姉様に会いに行く日の朝。なんだかとても緊張していた。

 早く目覚めたので、自分で身支度を整えようと思った。

 普段、侍女が選ばない生成り色のドレスを纏い、薄く化粧を施す。長い髪は丁寧に梳いて三つ編みにして胸の前から垂らした。

 着替えが終われば侍女を呼ぶ。

 今から、夫と朝食でも取ろうかと考えている。

 彼はいつも日の出より早く仕事に行く。わたくしは太陽と共に目覚め、朝日を浴びながら朝食を摂る。なので、朝はすれ違っていた。

 たまにはこうして薄暗い中で朝食を食べるのもいいだろう。


 使用人部屋へと繋がるベルを鳴らしてから一分と経たずに侍女がやって来る。


「おはよう」

「おはようございます、奥様」


 既に着替えていたので、侍女は驚いていた。

 そんな彼女に質問をする。


「まだ夫は居る?」

「はい。今から朝食です」

「急で悪いけれど、わたくしの分も用意してくれるかしら?」

「承知いたしました」


 五分後、準備のために出て行った侍女が戻ってくる。支度が整ったとのこと。


「あ、待って」


 急に制止をすれば、先導しようとしていた侍女がわたくしを振り返る。先ほどから気になっていたことを聞いてみた。


「わたくし、おかしくない?」


 髪結いをして化粧をし、ドレスも自分で選んで着てみた。

 今まで、何度かやったことがあったけれど、人前に出るのは初めて。なので、どうかと質問した。


「大変お可愛らしくて、よろしいかと」

「あら、そう?」

「はい。いつも、こちらの趣味で華やかなドレスばかり選んでしまうので、生成り色がとてもお似合だということを知りました」

「だったら良かったわ」


 問題ないと分かり、安心して食堂まで行くことが出来る。

 ……夫が居るから気になったわけではないから。


 先に食堂に来ていた夫は嬉しそうに朝の挨拶をしてくれた。


「ヘルミーナ様が来ると分かっていたら、髪を整えてから来たのですが」


 夫は騎士の制服に身を通していたけれど、髪はいつものゆるふわなままだった。

 彼は癖毛で、ところどころ跳ねている。ひよこ色の髪の毛は、とても柔らかそうに見えた。

 わたくしの髪は太くてしっかりしているので、ふわふわな髪質が羨ましいと思う。

 じっと観察していたら目が合い、ハッと我に返った。慌てて誤魔化す。


「べ、別に、家の中だから、身なりなんか気にしなくてもいいのに」

「素敵な奥様の前では、素敵な旦那様でありたいのですよ」

「……そう」


 朝から身なりを気にしまくっていたわたくしだけれど、傍にいた侍女は無表情のままで聞かなかったふりをしている。


 夫は今日の装いを春の可憐な妖精のようだと褒めてくれた。慣れないこともたまにはしてみるものだと思う。


 ドロテアお姉様の元に説明とお願いに行く件についても、改めてお願いをしておいた。


「心配しないで下さい。這ってでも来ますので」

「いや、忙しいのであれば、そこまでしなくてもいいけれど」


 夫曰く、嵐のような忙しさはもうすぐ終わるらしい。

 その理由は驚くべきものだった。


「異動することになりまして」

「王子付きから?」

「ええ」


 一ヶ月前に異動の申し出をしていたとか。後任も決まったので、徐々に仕事量も減っていくとのこと。


「王子様にお仕えして随分なると聞いていたけれど」

「十二年ですね」

「まあ、そうだったの。でも、突然どうして?」

「殿下が立派になった姿を見て、役目を果たしたと言いますか」

「役目?」

「私、殿下の教育係りをしていまして」


 王子付きと言うから、てっきり仕事は護衛だとばかり。

 教育ってどういうことをしていたのかと聞けば、たいしたことはしていないと言っていた。

 殿下が外交官になってからは、秘書のようなことをしていたらしい。


「ふうん。大変だったのね」

「いえいえ、とんでもないことでございます」


 王族に仕えるのは、名誉なことだと言っていた。

 こういう夫みたいな人達が国を裏で支えてくれている。

 王家に名を連ねる者の一人として、感謝をしなくてはならない。


「勤労十二年とは大変素晴らしいことだから、最終日には、わたくしからあなたへ記念に……」


 なんだろう? お礼の品を渡すと言えばいいのか。なんか違うような。


「もしかして、ご褒美ですか?」

「そう、ご褒美――」


 ご褒美もなんか違う気がする。

 でも、具体的にどういうことをすればいいのか分からないので、何か欲しい品などあれば申し出るように言っておいた。


 ……ここでも、夫はとんでもない発言をしてくれる。


「でしたら、頬にキスをして下さい」

「は?」


 夫はわたくしが聞き取れなかったのかと思い、頬に口付けをして下さいとお願いしてきた。


「駄目ですか?」

「いや、もっと記念になるような物とか」

「ヘルミーナ様にキスをしていただけるなんて、一生の思い出です」

「あなたねえ……」


 女性にもてそうなのに、どうしてわたくしのキスをねだるのか。理解に苦しむ。


「でも、それだけだった微妙だから、他の物も――」

「でしたら、庭の薔薇が咲く時期に、手を繋いで散策をしたいです」

「どうしていちいちわたくしを絡めるのかしら?」

「ヘルミーナ様と仲良くなりたいので」


 笑顔で言われた一言に、思わず赤面してしまった。

 ちょっとした一言なのに、過剰な反応をしてしまった。

 振り返ってみれば、異性に口説かれたことなんて一度もなかった。

 お友達が周囲にたくさん居たからか、男性がわたくしに近づいてきたことなんか無いに等しい。


 よって、こういうことを言われるのに慣れていない。


 なんだか恥ずかしくなったので、そろそろ身支度を整えたらと言って夫を食堂から追い出してしまった。


 それにしても、本当にキスだけでいいものか。

 今日、お友達とお茶会をするので、聞いてみることにした。


 ◇◇◇


 本日集まった女性は、結婚をしている方々ばかり。

 皆、わたくしと夫の新婚生活に興味津々な様子だった。

 とりあえず、新婚旅行の話をした。当然ながら、夫を尾行したことについては伏せておく。


「素敵な旅行でしたのね」

「ええ。わたくし、王都から出たことがなかったから、どれも新鮮で」


 そんな話を聞いて、安心したと言ってくれる。

 遊び人と噂されていた夫との結婚生活を心配していたようだ。


「やっぱり、噂はデタラメだったのかしら?」

「どういうこと?」

「一度、話を聞いたことがあったのですが――」


 夫、エーリヒ・フォン・ヴェイマールは大変な女性好きで、美人を見かけるたびにデートに誘っていた。目撃情報も多々ある。

 けれど、それは結婚を機にぱったりと止んだとか。


「私はてっきりヘルミーナさんと結婚をしたから、心を入れ替えたのだと思っていたのだけれど」


 彼女は一度、夫とお茶を共にした女性と話したことがあったらしい。


「招かれた場所に行ったら、女性が数人居て、ヘルミーナさんの旦那様の他に、もう一人男性が居たらしいの」

「へえ」

「旦那様はほとんど女性と直接話さずに、正体不明の男性と女性達の間を取り持つようなことしかしなかったのですって」


 もう一人の男性は、茶色い髪に色付きの眼鏡をかけていたとか。口数が少なくて、全く盛り上がらなかったらしい。


 一応、そのお茶会は夫に口止めされていたらしいけれど、お酒が入った集まりの中でポロット喋ってしまったとか。


「そのお話は三年前と言っていたような」

「夫はその男性に紹介するために、たくさんの女性に声をかけていたということかしら?」

「そうでしょうね」


 誘った女性が夫に後日会わないかと話を持ちかけたが、きっぱりと断られたとか。


「あ、その話、わたしも聞いたことがあります!」


 遊び人だという夫に近づく女性は多い。けれど、女性側がいくら誘っても応じなかったとか。


「自分の目に適った女性とだけ遊んでいるとか、身持ちが硬い遊び人だとか、そんなことも噂されていたのですが、これも勘違いかもしれないですねえ~」


 なるほど。


 キーラ・フォン・ポロバークの子どもが夫の子でないということは判明していたけれど、遊び人の噂は引っかかっている部分でもあったのだ。


 この件については、調査が必要だと思った。


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