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第十二話 魂の浄化?

 朝。

 結婚して初めて、屋敷で夫と共に朝食を摂る。今日は休日と言っていた。

 そんな夫は、わたくしに本日の予定を聞いてくる。


「今日は川に洗礼をしに行こうと思っていて」

「え?」


 洗礼とは聖なる水を頭から被り、自身の罪を浄める儀式のこと。自らの行動を振り返り、これではいけないと思ったのだ。

 嘘か本当か定かではない噂を信じ込み、夫を悪者と決めつけてしまった。これは、大きな罪。

 知らぬ間に、わたくしの魂は穢れていたのかもしれない。

 洗礼を執り行い、わたくしの中にある悪しきモノを浄化しなければいけないと思った。

 洗礼が終わったら、夫には改めて謝罪をしようと考えている。


「この寒い時期に、洗礼をしなくても」

「水は冷たければ冷たい程、聖なる物であると言われているのよ」

「へえ、そうなのですね」


 太陽が空の真上に出て、暖かくなる前に終わらせないといけない。

 これで話は終わりと思いきや、夫が思いがけない質問をしてくる。


「ヘルミーナ様、私も行ってもいいでしょうか?」

「何故?」

「私も、憑き物を落としたいなと」

「そう。結構遠いけれど大丈夫?」

「平気だと思います」

「だったら、一緒に行きましょう」

「はい」


 朝食後、侍女を数名と夫と共に馬車に乗り、近くにある森の入り口に向かった。

 馬車から降りて、夫を振り返る。


「ここから三時間くらい徒歩なんだけど」

「……随分と本格的な所なのですね」

「川の下流は人目につくから」

「なるほど」


 森の中を進むので、ドレスではなく詰襟の上着とズボンでやって来た。侍女達も似たような格好で居る。

 夫は完全に街歩きの姿で着ていた。

 まあ、動きやすそうではあるので、問題はないように思う。


 この森は幼い頃からアレクシアお姉様と散策していた。川のある場所も把握している。

 一応、獣避けとして、ベルトに鈴を付けた。彼らはとても臆病なので、こちらが存在を示せば姿を現すことはない。一応、念のために腰に剣は佩いているけれど。


 陽が昇る前に、サクサクと森の中を進む。

 二人の侍女は元々アレクシアお姉様付きだったので、森を歩くことには慣れていた。

 夫も、問題なくついて来ているようだ。


 途中で休憩を入れる。

 夫は上着を脱いで地面に置き、座るように勧めてくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 せっかくなので、ありがたく腰を下ろすことにした。夫も隣に座る。

 侍女達はその場で火を熾し、お茶を淹れる準備をしてくれていた。


「すごいですね、彼女達」

「ええ、自慢の侍女なの」


 みんな、嫁ぎ先に連れて来られて良かった。

 新しいお屋敷なのに、顔なじみの使用人達が居てくれるので、家に帰ってもホッとすることが出来る。

 願いを叶えてくれた夫にお礼を言わなければならない。


「それで、その……」

「はい?」


 じっと顔を見られ、言葉に詰まる。

 ありがとうの一言なのに、上手く言えなかった。

 手元にあった草を摘んで意味もなく弄ぶ。


「ヘルミーナ様、その草、なんでしょうか?」

「え!?」


 掴んでいたのは紫色の葉。毒草だ。

 触れただけでは問題ないけれど、口にしたら体の痺れに三日三晩苦しむことになる。


「へえ、よくご存じですね」

「アレクシアお姉様に習ったの。乾燥させて煎じれば、無味無臭になるので、いろいろ使えると」

「へえ」

「勿論、今まで使ったことはないけれど」

「安心しました」


 アレクシアお姉様は森の中でお薬になる薬草とか、香辛料とかいろいろ教えてくれた。一番楽しそうにしていたのは、毒草について語る時だったような。


「そういえば、毒草のお話、私が聞いても良かったのですか?」

「あ!」


 聞かれてなんとなく説明してしまったけれど、毒草の効能については口外してはいけないと言われていたのだ。


「だ、駄目、だったの」

「ですよね」

「お願い、誰にも言わないで!」 


 わたくしったら、こんなに口が軽かったかしら?

 それとも、夫の聞き方が巧妙だったのか。


 いやいや、人のせいにしてはいけない。


 やはり、わたくしの魂は穢れているのだ。

 早く、洗礼をして浄化をしないと。


 しょんぼりと、肩を落としてしまう。

 どうしてか夫の前では、わたくしがわたくしでないようになるのだ。理由は分からないけれど。

 はあと、大きなため息が出てくる。


「毒草の話なんて、今まで誰にもしたことがなかったのに……」

「大丈夫ですよ。聞かなかったことにするので、気にしないで下さい」

「本当に?」

「本当です」


 夫は真剣な顔で、「剣に誓います」と言っていた。


「だったら、わたくしも信じるわ」

「ありがとうございます」


 ここで会話は中断し、侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら、軽食を摘まむ。

 こうして自然の中で楽しむお茶や食べ物はいつもより美味しく感じた。


 ……のんびりしている暇はないけどね。 


 一息入れたあと、再び移動を始める。

 休憩から一時間半後に、川に到着した。

 そこは滝つぼのようになっている場所で、キンと冷たい水が流れている。

 夫は水面に手を浸し、微妙な表情を浮かべていた。


「とても冷たいですね」

「ええ、冷たくないと、穢れた魂は清らかにならないから」

「……左様でございましたか」


 わたくしも夫の真似をして手先で水に触れてみた。


「――ひゃっ!」


 慌てて手を引っ込める。

 想定以上に冷たかったし、変な声が出て恥ずかしい。

 恐る恐る、背後に居る夫を振り返る。


「あ、失礼」

「……」


 夫は口元に手を当て、笑っていた。


 ――ふ、不覚!


 笑われていたのは見なかったことにした。


「アンナマリア、桶を」

「はい」


 さっさと終わらせて、さっさと帰ろうと思い、桶を手にして川の水を掬った。


「あの、ヘルミーナ様」

「何?」

「そこまでしなくてもいいのではないでしょうか?」

「どうして?」

「あなたの魂は穢れていませんよ」

「え?」

「ヘルミーナ様ほど裏表がなく、純粋な女性を見たことがありません」

「そ、そんなことを、全ての女性に言っているのでしょう?」

「いいえ、あなただけに」


 その目は、嘘を吐いているようには見えなかった。


 また、彼を疑ってしまった。

 自己嫌悪に陥る。


「そもそも、どうして洗礼をしようと思ったのですか?」

「それは――」


 夫を疑って酷い物言いや、行動をしたから。申し訳ないと思っていたので、隠さずにそのまま告げた。


「そんなことを気にしていたのですね」

「そ、そんなことって」

「噂話も、私の大切な人だけが嘘だと知っていればいいと思っています」

「どうして?」

「さあ、それは自分でもよく分からないのですが」


 神経が図太いのかもしれないと夫は言う。わたくしは、そうは思わなかった。

 それでいいのかと聞けば、笑顔で頷いていた。


「ヘルミーナ様も、噂が本当でないと気付いてくれました。良かったなと、一安心です」


 なので、洗礼はしなくてもいいと夫は言う。


「だったら、わたくし達はなんのためにここまで……」

「ピクニックとか?」

「……わりと、過酷なピクニックね」


 ここに来るまでにちょっとした崖を上ったし、転げ落ちそうな斜面を下った。

 意外と面白かったと、夫は言う。


「それに、自然の中に居ると癒されることが分かりました」

「本当? あなたもそう思う?」

「はい。森の豊かな緑に触れて、心身ともに浄化されたかと」


 今まで、お茶会などで野遊びの素晴らしさを何度か話してきたけれど、みなさん興味がないのか、困ったような顔で聞いてくれるばかりだった。

 夫はまた森に遊びに来たいと言っている。


「でしたらその時は、お弁当を作るから」

「楽しみにしています」

「わたくしも」


 森の奥で約束を交わした。


 それから、また三時間かけて森の中を歩いて行く。


 帰宅後は、遊びに来た夫の親戚をおもてなしして、夕食を共にした。

 今日は充実した一日だったように思える。


 明日はドロテアお姉様の元に行って、いろいろとお話をしたり、お願いをしたりしなければならない。


 迷惑をかけて、嫌われてしまったらどうしようかと不安だけれど、子どものためだと思って、勇気を出そうと考えている。


 そんなことを夫に話していれば、意外な反応が返ってきた。


「でしたら、一緒に行きましょう」

「え?」

「夫婦そろって行った方がいいかなと思いまして」

「それは心強いけれど、お仕事は?」

「抜け出してきます」

「そう」


 夫が一緒に行ってくれると聞いて、ホッとしてしまった。

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