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第十話 反省と決意

 わたくしは放心状態で帰宅することになる。

 様々な情報や今までの記憶が頭の中を錯綜していて、収拾がついていない状態だった。

 家に帰れば、お母様に顔色が悪いと心配されてしまった。

 子どもの件を言うべきかどうしようか迷ったけれど、まずは夫に相談をしてからの方がいいと判断。しばらく休むと言って部屋に向かった。


 心を落ち着かせる時、わたくしは剣を振ったり、哲学書を読んだりしていた。

 でも今は、とてもそんな気になれなかった。

 結婚をしてから、否。少し前から、自らの状態がおかしくなっていることに気付く。

 わたくしがわたくしではないみたいな……?

 しばらく物思いに耽っていれば、それは夫に出会ってからだと気付いた。

 負けっぱなしで自尊心が傷つき、戦意を失っているとか? 自分のことなのによく分からない。

 そもそも、どうして勝ち負けなんかを気にしていたのか。過去の自分に問い詰めたい。


 それよりも、わたくしは夫に酷いことばかりしてきた。

 噂話をそのまま信じ込み、本当の姿を見ようともしなかった。

 夫、エーリヒ・フォン・ヴェイマールは、口を開けばわたくしを大袈裟に褒めたり、過保護な行動を取ったりする。けれど、ある程度の距離は保っていたし、いやらしい視線などは一度も感じなかった。

 言ってしまえば、害のない人誑しだ。


 わたくしはそんな人に無理難題を押し付け、それを叶えて当然という態度で居た。彼の噂話が誤解だとしたら、大変失礼な行為を働いたことになる。


 我儘で高慢、相手のことを慮らない、最低最悪の悪妻。

 それが、今のわたくしだった。

 悪評まみれの夫だから許されるだろうという甘い考えが招いた結果である。


 どうすればいいのか。何が最善なのか。今は分からない。

 とにかく、夫に相談をしなければと思った。


 いろいろと反省をすべきだと考え、侍女には部屋に近づかないように言っておく。


 夜に帰ってくる夫を待つ間、わたくしは頭の中を整理することになった。

 三時間後。

 少しだけ休もうと、長椅子の背にもたれていたら、いつの間にか眠っていた。

 夢の中で、過去の記憶が映し出される。

 あれは、何歳の時だったのか。

 騎士が剣の使い方を教えてくれることになって、集まった日の話。

 わたくしは王妃様付きの騎士をしているドロテアお姉様に憧れていて、自分も剣を揮えるようになりたいと思っていたのだ。

 喜んで参加をしたのに同じ年頃の男の子が、「女は剣を握る生き物ではない。家で大人しくしていろ」と言ってきた。

 必死になってドロテアお姉様のことを言っても信じてもらえず、わたくしはお母様に泣きつくことになる。


 ――悔しい。わたくしだって、やれば出来るのに!! ドロテアお姉様だって、誰からも尊敬される立派な騎士様なのに!!


 それは地獄の業火のような感情。子どもが燃やすには、激し過ぎるものだった。


 その後、わたくしは……。


 そこで、ハッとなって目を覚ます。

 眉間に皺を寄せながら、額に汗を浮かべつつ眠っていたようだ。


 夢の中で幼い日の記憶が蘇り、はあと大きなため息を吐いてしまう。

 わたくしが異性に対し勝ち負けにこだわる理由に気付く。

 剣を習いたいとドロテアお姉様に願ったのは、あの日の出来事がきっかけだったのだろう。

 あの男の子はどこの家の子どもだったのか。茶色い髪をした、怒りっぽい子だったことしか覚えていない。


 時計の鐘が鳴って我に返る。

 時刻は夕方。

 そろそろ身支度を整えなければならない。

 殿方の前に出る時に綺麗な状態でいるのは武装――ではなくて、礼儀なのだ。


 ◇◇◇


 王子と共に外交の旅に出ていた夫は、職場に寄らずにそのまま帰って来たようで、制服姿だった。

 わたくしは緊張の面持ちで、帰ってきた夫の前に座る。


「……お勤め、ご苦労様」

「はい、ありがとうございます」


 疲れていないかと聞いたら、平気だと言う。


「結婚してから、生活に張り合いが出てきたと言いますか。以前よりも毎日が充実しているように思います」

「そう。だったら良かったけれど」


 しんと部屋が静まり返る。

 早く言わなければならないのに、喉から言葉が出てこない。

 以前、キーラ・フォン・ポロバークが口を開いたり閉じたりを繰り返していた意味を理解することになった。

 こんなことをしていても埒が明かない。

 わたくしは腹を括って夫に相談をすることにする。


「……お話があるの」

「はい」

「キーラ・フォン・ポロバークの、子どもが産まれた、と」


 黒髪で青い目の子どもだと伝える。


「左様でございましたか」


 明日の天気は雨。そんな些細な話を聞いたような反応だった。

 声色はいつもと変わらなかったけれど、笑顔は消えていた。


 それから、夫はじっとわたくしの言葉を待っている。


「そ、れで、その――」


 わたくしは謝罪の言葉と共に頭を下げた。

 噂を信じ、勘違いをしていたこと。

 他にも謝らないといけないことはたくさんあった。でも、今言うのは違うような気がして、言わないでおいた。


「本当にごめんなさい。真実をあなたに聞かずに、失礼な態度を」


 そんなわたくしを、夫は許してくれた。


「どうかお気になさらずに。聞かれても、王命で言えないことでしたので」

「そう……」


 夫は優しい声で、どうするのか聞いてくる。


「え、どうって」

「この先のことは、ヘルミーナ様が決めて下さい。私は、それに従います」

「し、従うって」


 いや、誠意の件についてはどうでもいいのに……。


 そんなことよりも、重要な決定をわたくしに任せるなんて驚いてしまった。


「もしも、子どもを引き取らなかったら?」

「シュネツゥア地方の特別な施設が引き取ることになります」

「!」


 シュネツゥア地方。

 雪深い土地で、高い山脈に囲まれており、道を知らない者が辿り着くことは困難を極めるという、隠れ里がある場所。


「古代より、王家の隠し子はそこへ送られていました。戦争や厄病、災害などで王家の血が途絶えないように、血族を隔離する所でもあります」


 シュネツゥア地方。

 一年のほとんどが薄暗く、太陽が昇ることが珍しい場所。

 そこに王家の血を守る施設があったとは。


「もしも、子を引き取る場合は、ヘルミーナ様の姉君の子を引き取ったということにします」

「え?」

「王やサイネーク侯爵には了承を得ています」

「!?」


 サイネーク侯爵はドロテアお姉様の旦那様。

 建前上は最近三つ子を産んだお姉様の子を引き取ったということにするらしい。


「ドロテアお姉様は四つ子を産んだということになるの?」

「そうですね」


 お姉様の出産の件がなかったら、何が何でも断っていたと言う。

 今回は偶然が重なり、上手い具合に状況を好転することが出来るらしい。


「どうしますか?」

「……え、ええ」


 子どもは引き取るとキーラ・フォン・ポロバークに言ってしまった。約束を反故にすることはよくないことだ。


 過去の行いを後悔し、どっぷりと落ち込んでしまう。

 全ては考えが及ばなかった愚かな自分の所業であった。


 お姉様を困らせる結果となったのも、大きなダメージとなる。

 それは一番してはいけないと思っていたことで、大好きなお姉様を困らせるなんて、万死に値する。


 夫に子どもを引き取ることについて聞けば、どちらでもいいと言う。


 お姉様にお義兄様、伯父様に旦那様。

 わたくしの浅はかな決定に巻きこまれてしまった人達一人一人に頭を深く下げて謝罪をしたい。


 取り返しのつかないことをしてしまったと、頭を抱え込む。


 高ぶった感情は、涙となって出てきてしまった。

 恥ずかし過ぎる。


 そんなわたくしを、夫は優しく励ましてくれた。


 ◇◇◇


 この件について、一度お母様にも報告することにした。

 驚くのではと思っていたけれど、お母様は冷静な様子だった。

 本当のことを知っていたのかと聞けば、首を横に振っている。


「エーリヒさんの日々の姿を見ていれば、噂通りの人ではないと分かるものです」

「……ええ」


 お母様はきちんと分かっていたようだ。

 噂を信じ込んでいたのはわたくしだけだったようで。


「わたくし、正直に言ってどうしようか悩んでいて……」


 子どもは然るべき場所に送るべきなのか、否か。

 軽い気持ちで決めていいことではなかった。


「わたくしは、どうしてこうなのかしら」


 今のわたくしは、世間知らずで我儘なだけのお嬢様なのだ。

 そんな自分が子どもの親なんて出来るのではと思う。


「ヘルミーナ、日々、子どもと接することは尊いものですよ」

「え?」

「何も知らない子と共に、親もまた、いろいろと学ぶのです」

「だったらわたくしでも、親になれるの?」

「ええ、なれますよ」


 世間を知らないのなら、子どもと共に学べばいい。

 子の我儘を聞いて、自分を振り返ることも出来るだろう。

 そういう風に母は言う。


 話を聞いて、心は固まる。


 わたくしは王子の子を引き取ることに決めた。


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