ただ君のために、きっと、本当は僕のために
家からほど近い、誰もいない夜の公園、木立に囲まれた小さな野外ステージの上、僕は声を張り上げる。
僕は何も楽器を弾けない。けして飛び抜けて歌が上手い訳でもない、それでも廃れた歌を自前の声にのせて響かせる。
観客はいない、ここにいるのは僕一人、ただこの歌を君に聴かせたい、何故か強くそう思った。
きっかけは数日前、田舎の小さなレコードショップ。CDの扱いもあるけれど、中古レコードの方が品揃え豊富なその店で古い一枚のレコードを手に取った事。
流石にレコードプレーヤーが無く、同じ曲のCDを探した。
店中のCDを一枚一枚確かめて、その曲の収録されたCDを僕は遂に見つけ出した。
レジに座る愛想の欠けたオヤジに千円札を数枚渡し、CDを手に入れた僕は店を出て、愛用の使い古した自転車を壊れそうな勢いで漕ぎ、急いで家に飛んで帰った。
玄関に飛び込んで、その場で履いていた靴を脱ぎ散らかし、二階の自室に駆け込む。
僕はコンポに入れていた流行りのポップスのCDを投げるように取り出して、買ってきたばかりのCDを、何故か慌ててコンポのCDプレーヤーに押し込んだ。
部屋の中に僕の同年代は知らないだろう、古いラブソングが流れ始め、僕は部屋に一人、その歌に耳を澄ませる。
それから今日ここに来るまで、僕はずっとその曲を聞き続けた。
PCを使って携帯の音楽プレーヤーに取り込んで、ご飯の時も、トイレでも、ベッドの上でも流し続けた。
僕が空でその曲を鼻歌で歌い出し、カンペもなしに歌えるようになるまでそう大して時間は掛からなかった。
この曲を初めて聴いた時、僕の脳裏に君の顔が思い浮かんだ。
どうやら、僕は君のことが気になっているらしい。恋情と呼べるくらいには。
でも、伝える勇気がないから、こんな所で歌っている。
いつか、伝えられるだろうか、でも、きっといつか、じゃ駄目なのだろう。
一人夜空に響かせる、僕の想いの重なる歌を。
この古く廃れた恋歌は僕の想いの塊だった。
歌声が夜空に響いて消えて、いつしか没頭していた僕は歌い終え、パチパチと小さな拍手が耳に届いた。
驚きにただ僕は胸が張り裂けそうで、「何故そこにいるの?」と問い掛けていた。
「ちょっとそこのコンビニまで」そう言ってコンビニ袋を持ち上げた君に、いつから聴いてたのさ、と訊いていた。
「割と頭から」君の答えに僕は頭を抱えたくなった。
「良かったよ、なんていう歌なの?」僕は訊かれるままに君に答える。
「何で歌っていたの?」なんて君が訊くから僕の口は勝手に、君が好きだからと口走った。
「そうなんだ?」そう言って含み笑いする君は、何で僕はこんなの好きなの、と疑問を抱くほどだった。
肩を並べて家路に就く、何故か君は僕の腕を抱いている。
勘違いしちゃうよ、そっと呟いた僕の耳元に「勘違いしていいよ」君は笑顔でそう囁いた。
習作です。