表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンション管理人の日常  作者: みずすまし
非日常
8/15

防災訓練

 とある平日の午前中、僕は机に座って書類を書いている。

 書類の名前は、自衛消防訓練計画書。

 これは何かというと、避難訓練の計画書と一緒だ。

 ある程度の大きさのマンションには、”防火管理者”という資格を持った人をつけなければならない。

 これは一定の講習と試験を受けると取れる資格で、その講習でどんな事をするのか習うんだけど、その内容で頭を抱えてしまった。

 建物の規模にもよるんだけど、年に数回避難訓練をしなければならないのだ。

 今まで住んでいたところはそんなに大きいところでは無かったし、人に聞いてもそんなことをしていたマンションはなかったんだけどなぁ。

 詳しく調べると、やらなければならないんだけど、やらなくても罰則が無いからやらない、というところがほとんどだという。

 だが、管理人兼オーナーとしては一度はやるべきだろうと計画を練っているのだ。


 とりあえず非常階段などの避難経路を図に作成して、配布できるようにする。他にも非常時に用意するもの、通報の仕方など小冊子的な物を作成することにした。

 これはパソコンのワープロソフトなどを駆使して完成。

 次に、肝心の自衛消防訓練計画書を作る。

 指定の用紙があるのだが、いまはインターネットで原本をダウンロード出来るので取りに行く必要は無い。

 これに計画を行う日時・マンションの規模など記入し、何階からどんな風に火災が起きたのか状況を想定して書かなければならない。

 例えば4階のベランダ側の部屋から火災が起きたと仮定するんだけど、これをも気を遣う。

 そこに住む入居者が「うちが火災を出すと思われてるのかっ」となっては困るしなぁ。

 まだ空室が二部屋あるので、そこを火の元としよう。

 実施日を9月の土曜日として、あとは消防署へと向かう。


 消防署の受付で用件を告げると、すぐに担当部署が何階かを教えてくれるのでそこに向かった。


「すみません、自衛消防訓練計画書を持ってきたのですが」

「はい、こちらで受け付けますよ、書類を出してください」

「こちらが計画書で、一緒に配布する予定の小冊子もあります」

「あぁ総合訓練とするんですね、少々お待ちください」

 あとは実際に通報するのかしないのか、職員の派遣はいるのかなど質問事項に答えていく。

「では、頑張ってくださいね」

 と承認印を押された予備を受け取って戻るだけ。


 そして迎えた当日、昼過ぎに行うけれど実際に配布してどれだけの人がくるのかなぁ。

 避難場所に簡単な机を用意して、飲み物も20本位揃えた。

 よし、開始しよう!


「避難訓練です、非常階段から下の広場に集まってください」


 各階を叫びながら非常階段を降りていく。

 やっていて少し恥ずかしいのと、色々な気持ちがごっちゃになる。

 そして時間に集まったのは、6人だけだった。


 いや100人いるから10人位は参加してくれるかな、と思ったんだけどさ。

 消防署の職員さんも3人来ているけど、やっぱりかー、という顔をしている。

 よほど僕の顔は気落ちしている表情をしていたのだろうか、職員さんが慰めてくれる。


「まぁマンションでこれだけ来たら立派なものですよ」

「そうですよ、他のマンションとかやらないところがほとんどですしね」

「うん、頑張ってますよ」


 と肩を叩かれる。

 余計にショックを受けた気もするが、来てくれた人に対して失礼だし続けよう。


「えー、休みの中集まって貰ってありがとうございます!ご存じかもしれませんが、管理人の前橋まえばしです。この後消化器の実演をしてもらいます」


 参加した6人は、老夫婦の2人と、小学生の子供1人の3人家族の世帯、それと渡部美佐さんだ。

 私の説明の後、消防署の人が話を引き取って続けてくれた。


「この人数なら全員ができますね、消化液の代わりに水の入った消化器を用意しました。これをあの的に当ててください」


 この後、細々した話や防火・地震の際の心得などを職員の方が話してくれて、最後に用意したお茶を配って終了。


 やらないよりは、やった方がいい。それが終わってからの結論だった。

 実は各部屋のベランダには、避難経路用の蓋や、隣り合ったベランダを塞ぐ壁を壊して逃げる所もあるのだけれど、言われないと気づいていない人がいたのだ。

 仕切り壁に物を塞ぐように置かないでくださいね、という注意を真剣に聞いてもらえた。

 用意したお茶は10本以上残っちゃったけど、自分で飲めばいいしね。

 僕も自分用に一本取って、その場で飲み始めた時、背後から声をかけられる。


「管理人さん、お疲れー」

「お疲れ様、渡部さん。元気そうでなによりです」


 美佐さんのご両親は、土曜日も仕事で来られないそうで、私が一人で来ましたと最初に教えてくれた。

 仕事じゃ仕方ないからね。


「管理人さんってこんな事もするんですね。私、前のマンションに3年いたけど、一度も無かったよ」

「やらない所が多いらしいね。僕はまだ管理人として新米だし、やって悪い事じゃなないでしょ? むしろ僕はやって良かったけどね」

「実は私も来るつもり無かったんですけどね」

「えっ」

「学校でもやって、休みの日に家でやるのもダルいし。でも管理人さんがお茶を運んでいる所を見かけて、参加する気になったんです」

「僕も休みの日にやるのは申し訳ないとは思ったからね。でも休みの日じゃ無いと参加できない人もいるかもしれないし。それならお茶ぐらい用意しようかな、と」


 理由はどうあれ参加してもらえて嬉しかったのでサービスをする。


「もう一本お茶持って行かない? こうして余っている訳だし、持ち帰るために軽くしてくれないかな」

「あはは、やった! じゃ貰っていきますね」

「うん、じゃまたね」


 それを待っていたように、もう1家族の父親が声をかけてくる。2階に住む鈴木さん一家だ。

 小学生の男の子は、まだ職員さん達に笑顔で話しかけている。


「管理人さん、今日はありがとうございます」

「えっ? 何かお礼を言われるような事しましたっけ」

「はい、この避難訓練はとても嬉しかったんです。うちは子供も小さいから、管理人の人が真剣に防災に取り組んでもらえていると安心できるので、嬉しかったんですよ」

「……ありがとうございます」

「いえ、またありましたら参加しますので、では」

「あぁ、お茶がまだありますので3本持って行ってください。遠慮いらないのでどうぞ」


 そして完全に撤収して自宅に戻った。

 顔がにやけてしまう。

 実は訓練までの日程で、他の住人に会ったとき苦情を貰ったりもしていた。

 何で休みの日にこんな事するんだ、今までやった事ないだろ、など。

 言ってきたのは2人だったけど、それでも不安はあった。

 やはり迷惑なんじゃないか、ルールとはいえやらなくても問題ないじゃないか、とか色々考えた。

 確かに面倒だし、手間暇もかかるけどやって良かった。

 でも、あと2回もこれをやるのもなぁ。


 後日、消防の人に確認した所、実際に総合訓練を行った場合、あとは避難の手順書の配布など注意勧告でも大丈夫と教えて貰った。

 それと今回のように人が集まらないのも普通にあるので、そういった場合細かい勧告を複数回行うなど方法はあるらしい。


 でも、あの父親のように感謝してくれる人が居るなら、また来年も総合訓練を行おうと思う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ