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マンション管理人の日常  作者: みずすまし
非日常
6/15

敵との戦い

 僕は最近敵と戦っている。

 まぁドラゴンとか兵隊とかではない。

 そんなファンタジー系や戦争物の作り話の世界に居るわけでは無いのだから。

 最近よく道に落ちてくるようになった枯れ葉を集めながらため息をつく。


 事の始まりは毎朝のゴミ整理だった。

 朝起きてゴミを集めて路上の集積所に出す。

 そして掃除道具などを仕舞ってある所に戻り、箒とちりとりを持って戻る。

 その間、ほんの五分ほど。

 すると綺麗にまとめたゴミ袋は破られ、中身が路上に散乱しているのだ。

 ため息をつきたくもなる。


 いたずらの犯人を捕まえようと周囲を見回すが、誰が誰だか分からない。

 このマンションは立地の良いところにあり、毎朝かなりの人数のサラリーマンや学生が通るのだ。

 まぁ人では無いと思うが、それにしてはゴミの散らかりようがカラスとか猫ではあり得ないような散らかりようなのだ。

 かといって、人通りの多い所でいたずらをする人間が居るとも思えない。

 とりあえず直ぐに出来る対策を行うことにしよう。


 その日のうちに近くのホームセンターへ行き、大きめのネットを買う。

 このネットを出したゴミに被せれば、人だろうと猫だろうと散らかす事はないだろう。

 そう考え、安堵しつつ自宅に戻る。明日から早速使うつもりだ。

 その目論見は、達成される事になる。


 ゴミを集め、昨日購入したネットをまとめたゴミ袋の上にかける。

 しっかりとかけたことを確認して、掃除道具を取りに行く。

 するとどうだろう! 確かにネットはゴミを守る役目を果たしてくれた。

 その日一日を機嫌良く過ごせたのは言うまでも無い。


 さらにその次の日。

 目論見が早々に崩されたことが判明した。

 わずかな間にゴミ袋がネットの下から引っ張り出され、中身が散乱していたのだ。

 かなり厳しい顔をして、思わずその場で考え込んでしまった。


「管理人さん」

「ん? あぁ、おはようございます」


 ふと呼ばれて周囲を見ると、いつぞやの6階に住んでいる女子高生がいた。

 実は最初に会った日に名前を調べておいた。

 渡部わたべ 美佐みささん、電車で通っている学生さんだ。

 家族構成は両親と一人娘。

 もっとも入居者申込を見ただけなんだけどね。

 契約時に家族構成を書いてもらうのだが、これを嫌がる人が多い。

 気持ちは分からないでも無いが、これは是非正確に書いて欲しい。

 これを正確に書いて貰わないと、知らない人がウロウロしているだけと見えてしまう。

 不審者発見!と考えてしまうのだ。

 僕もマンションの管理人をし始めて気づいたことだった。

 管理人は引きこもり出来ていいなぁ、と考えて始めた事だが、不審者を発見したら通報したりもする必要がある。

 意外とガードマンみたいな役目もしないとマンション経営もうまくいかない。

 少し考えてみれば分かるのだが、誰も不審者が近くをうろつくような所に住みたいだろうか? 僕は住みたくない。


 話がそれた。

 ともかく笑顔で不審じゃ無いですよアピールしつつ、送り出す言葉をかける。

 美佐さんは挨拶を返すでも無く、少し困ったようにゴミについて言及してきた。


「気をつけていってらっしゃい」

「管理人さん、もしかしてゴミを見張っています?」

「えっ、わかった?」

「ちょっと難しい顔してゴミを見ていたら誰でもわかりますよ」

「……そりゃそうか」


 何か話を聞く体制に入っているようだが、学校はいいのだろうか。

 まぁ私は家族でもないし、そこまで深く考えず答える事にした。

 最近、ゴミがわずかな間に荒らされる事が続いた事情と、対応としてネットを買ってきて被せたのが昨日な事など。

 美佐さんは少し考えた後、驚くべき事実を教えてくれた。


「多分ですけど、私犯人を見ていますよ。犯人と言っていいのかな」

「是非教えてもらえないかな。結構本気で悩んでいるんだよね」

「私も今見たんですけど、あれ見てないとわからないですよ。荒らしている犯人はですね、猫とカラスでした」

「いや、僕もそれを考えたんだけど無理でしょう。わずかな時間にネットをどかしてゴミを引っ張り出すって」

「まぁ信じられないと思いますが、間違いなく猫とカラスの二匹で手分けしてやっていましたよ」

「……手分け? え、役割分担したみたいな感じ? え?」

「はい、カラスが網の端っこを加えて上にめくり上げて、猫が袋を引っ張り出していました。で、出したら二匹で袋をあっというまにビリビリにしてて、かなりびっくりしましたよ」

「僕でもびっくりする自信あるよ、それはうん」

「まぁそうですよね、お役に立てました?」

「あぁ有り難う。引き留めた僕が言うのも何だけど、学校に行く時間大丈夫?」

「はい、いつも早めに出ているので」


 美佐さんはくすっと笑い、そのまま手を振って学校に向かった。

 それを見送りつつ、周囲を見回す。

 少し離れた信号機の上にカラス。そしてマンションの影に三毛猫を見つける。

 秋が近づくと動物によるゴミ荒らしが増えるとは聞いていたけど、まさか手分け作業するとは思いもしなかった。

 犯人はわかったけど、これどうやって解決したらいいんだろう。


 一週間後、僕はゴミ問題が解決した嬉しさをかみしめつつ、朝の掃除を頑張っている。

 そこで美佐さんがマンションから出てきて、こちらを見つけ笑顔で走り寄ってくる。

 高校生は元気だなぁ。


「おはようございます!」

「はい、渡部さんおはようございます」

「結局、そうやって解決したんですね」

「うん、手が思いつかなかった」


 美佐さんは顔を笑み崩れさせながら、二匹に近寄っていった。

 視線の先には、一つのお皿に入った餌を猫とカラスの二匹が仲良く食べていた。

 ゴミを荒らすのを辞めさせるのは、正直言って労力が大きい。

 なんせ野良の動物がこの時期に餌を食べ損なうと死活問題らしい。

 だから人間に近づく危険をおかしても、ゴミを漁って回っているんだろう。

 近所の町内会の人と話す機会があった時、この町会周辺でも被害に会っていたらしい。

 その報告の中には、驚くべき事に狸もいたとか。

 一応言っておく。このマンションは都内にあり、その辺を狸が歩いているのを僕は見たことが無い。

 なんでも近所の公園をねぐらにしている野生動物も結構いるんだとか。

 ともかく、猫やカラスのゴミ漁りなどが酷くなり、そろそろ本格的な対策をみんなで考えていた所だったらしい。

 今回の餌付けについても、町会の人に相談をしたが良い顔をされなかった。

 味を占めたらとか、余計な動物まで集まってくるとか。

 そこで僕は、この二匹のみ僕の目の前でだけ上げてみる、という事にしたのだ。

 そしてそれは成功した。

 やはり他のカラスや猫も集まってきたが、そういったときは頑として餌を上げなかった。

 すると学習したのか、追ってくるのをまいたのかは知らないが、二匹だけが通うようになった。

 そんな二匹を眺めていた美佐さんが声をかけてくる。


「それでこの二匹の名前を決めたんですか」

「いや、飼うわけじゃ無いから名前はつけないよ。臨時の対策だしね」

「そっかー、ミケとクロは名前が無いんだって」

「いや、今名前で呼んでいたよね?名前つけてないからね」

「あはは、行ってきます」


 そう笑って学校に向かうマンションの住人を見送る。


「お前達からも家賃を巻き上げるぞ?」


 食べ終わった後の食器を片付けながら、空を見上げる。

 空がかなり高くなった気がする。

 そして手前にある銀杏の木。

 まだ半分くらい残る葉っぱを見ながら、ため息をつく。

 まだまだマンション前の道路掃除は終わらないらしい。


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