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マンション管理人の日常  作者: みずすまし
非日常
5/15

よくあるトラブル

 天気の良い秋の昼。

 雲は高くなり、路上を焦がす熱も引き始める今日この頃。


 僕は少し浮かれながらパソコンを操作している。

 別にプログラムを作っている訳ではないんだ。

 今は月末に近いので、それぞれの家賃が入金されているかをネットで確認している所だ。


 ネットいいよね!ネット最高!

 こういったオンライン処理が出来ないときは、通帳をもってATMに並んで祈祷を確認するとか、とにかく面倒。

 それが今はパソコンのまで確認できる。文明の進歩は素晴らしいね。


 まぁ仕事での確認は、個人での確認よりちょっと不利だ。

 銀行のオンライン処理の、これも余り知られていない事。


 個人で銀行の預金残高をスマフォで見るとかする人は多いだろう。

 そして振込処理をしたりとまぁ便利だ。

 そして残高とか明細確認は無料で行えて、振込手数料も格安だ。

 なんでこれで運営できるんだろうとか考えたことはないだろうか。


 たぶん想像だけど、法人口座で稼いでいるからだ。

 個人の名前で銀行口座を開く。まぁよくある話。

 これを会社名義でつくるとどうなるか。とにかく面倒臭いのだ。


 会社の取引履歴とか全部事項証明書とか印鑑証明とか営業状態とか、本当に色々書面の提出を求められる。

 個人では免許証くらいなのにねぇ。

 さらに明細確認も有料だ。厳密には違うけど月会費が必要なのだ。

 振込手数料も個人の約2倍。


 だが便利さには負ける。

 ひたすらATMのある場所まで歩いて行って、列をなして待ち、振込や通帳記入していると後ろからの「早くしろよ!」という眼圧を躱さなければ倒れてしまう。


 まぁそんな最高なオンライン上の処理で、口座明細を開いて確認していく。

 2階の家賃は全部はいった、3階のこの人は明日のはず。4階のここは先月早めに振り込まれていたからなぁ。既に終わっている。

 そして6階のとある一室。


 僕の記憶の中だけでも個人情報を守ろうと思う。

 6階に住む神谷(仮)さんという男性。家賃を絶賛滞納中なのだ。


 初めは事務所兼住宅として契約。一時期は羽振りがよかったらしい。

 リース会社が来て業務用コピー機とかパソコンとか置いていったし。


 それが夏前から家賃が振り込まれなくなった。

 最初は「振込忘れた?珍しいなぁ」という程度で、あと10日たったら電話しようと思っていた。

 10日後。やはり振込がないので電話をする。


「もしもし、管理人の前橋ですけど神谷さんですか?」

「……はいそうですけど、何か?」

「あの4月分の家賃が振り込まれていないのですが」

「あぁ!すみません、忙しくて忘れていました。直ぐに振り込みます」

「お願いしますね」


 そして次の日に振り込まれて満足したのだ。

 だが5月分がまだ振り込まれない。こうなるとまた電話で督促しないとけないのか、と少し憂鬱になる。

 借金取りをやりたくないのにやらされている感じだ。

 早速前回と同じように、携帯に電話をする。

「おかけになった番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上……」


 はぁ!? ちょ、ちょっと待って。落ち着こう。

 携帯を変えたか解約したかだ、事務所はあるし事務所の電話番号もある。保証人とも連絡つくはずだし、まだ慌てる必要は無い。

 ともかく事務所へと電話をしてみる。鳴り続けて、しばらくすると留守電になる。

 うーん、微妙だな。留守電になっているし電気などは生きているしなぁ。

 まぁ顔を合わせるのは苦手だが、エレベーターを降りていけば直ぐだ。督促に行くか。


 足を引きずるような気分でエレベーターにのる。

 借金の督促じゃないので罪悪感はいらないはずだが、やはり気が重くなるのは仕方ない。

 部屋につき、呼び鈴を押し、ドアをノックしてみる。

 どちらにしろ出てこないし、表の電気メーターもほとんど動いていない。


 あとは保証人とかに連絡なんだけど、その前に一手間かけてみるか。

 契約を仲介した不動産業者に連絡をするのだ。

 小此木不動産の小此木おこのぎ 八槻やつきさん。アラサーの女性であり、声が美人な人でもある。

 小此木不動産の社員は14名。社長とその他従業員という不動産屋としては大きい方である。

 不動産の売買・管理・仲介などを仕事にしていて、賃貸系の仕事は社長の孫である八槻さんが担当している。

 前任の60代のおじさんは辞めちゃったんだよなぁ、あの人は珍しく信用できる人だったのに。


 ともかく電話をして、何か知っているか確認しないと。


「もしもし、前橋と申しますが「あぁ前橋さん、電話かわりますねぇ」、…はい」

受付のおばちゃんは、もう慣れたもので被せるような話し方で電話を取り次ぐ。

「もしもし、お電話変わりました小此木です」

「あぁ、どうも前橋ですけど、ちょっと面倒なのがあるのでいいですか?」

「はいどうぞー」


 ここから詳細は、よくある話だ。

 結論から言うと小此木さんも何も聞いていなかったそうだ。

 でも家賃は入っていないので、連帯保証人という友人に電話連絡をしてみたけど繋がらない。

 どっちか繋がらないと駄目という面倒な話になってきた。


 こうして一月まっても二月待っても家賃も入らない、神谷さんも捕まらない。

 後が無くなってきたので、とうとう動くしかないのだ。


 神谷さんが捕まらないというのが、実は行方不明という訳ではない。この人の友達でもある連帯保証人の所に宿泊している。

 どうも色々な借金をしていて、首が回らなくなったようで逃げているらしい。

 何故そんな事が分かるのかというと、他の借金取りの人が教えてくれるのだ。

 ちょっとだけ筋者っぽい人もいるけど、基本は迷惑にはならない。

 何故なら法規制が厳しいので、無関係の人に凄んでもどうしようもない。それくらいなら情報交換したほうがましである、というが全員の共通スタンスなのだ。


 で、特に大家には親切な人が多しね。

 さらに言うなら、2ヶ月滞納で焦る人は少ない。

 その理由は、敷金しききん・保証金と呼ばれるものの存在だ。まぁこれはトラブルの種にもなるのだけど。


 家を借りるために必要なお金は基本3つ。

1.最初の家賃

2.敷金・保証金

3.仲介不動産への手数料や火災保険料だ


 細かいこというと引っ越し代金とか、家具の購入とかあるかもしれないけど「家を借りるお金」という意味では3つ。

 そしてここで大事なものが2.の敷金または保証金と呼ばれるものだ。

 地方ルールとか暗黙の了解とか色々あるけれど、どういったものか。


「もしあなたが故意に家の壁壊したり扉破壊したりしたら、あなたのお金で修理しますよ、当然タバコで真っ黒になった壁紙を交換するのもあなたのお金ですよ」

「大丈夫、あなたがお金を持っていなくても、最初に預けたお金があるじゃないか」

「お金が無くて家賃が払えないので、敷金から支払ってくれ? 駄目だよ、あれは手直しが発生するかもしれない時のものだから」

「はい、解約手続きは終わりました。部屋も綺麗で直すところはありませんでした。なので敷金は全額お返しします」


 と、まぁこういったものだ。以外とこれを理解していない大家もいるらしい。

 何が言いたいのかというと、現金が手元にあるのだ。日々の家賃を諦めるとしても退去された後に、室内を手直しする資金が少しは補填されるという事。

 もっとも解約手続きが終わらない限り、手をつけてはいけないお金なのだけど。

 そして自分の収益になるのは、基本それだけなので他人の借金に回す気は無い。


 でも他の借金取りは大家・管理人に愛想よく話しかけてくる。

 室内にある色々なものが目当てなのだ。


 お金がない人が、室内に金目のものを残すはずがない。それなのにあるもの。

 リースで貸し出した業務用コピー機やパソコンである。

 それを貸している所も、お金も機械も返して貰いたいのだ。

 それには裁判の日時を知る必要がある。


 何の裁判かというと、立ち退きの裁判である。

 法律では「自力救済を認めない」というものがあるんだよね。

 今回の場合、勝手に室内に入ってものを回収したり、家賃を払っていないから契約は解除されたから荷物を部屋の外で持ち出しちゃおう、という自分の力でなんとかするのを禁止しているのだ。

 うーん、説明が難しいので簡単にしよう。


 公園に小学生が二人いました。片方がお菓子を食べています。もう片方が羨ましそうに見ています。

 ここで片方が何も言わないで、お菓子を奪ってしまいました。

 そのお菓子を手を伸ばして取り返す。これが自力救済です。

 法律では、近くの大人(裁判所)にお願いして取り返してもらってください、と言っている訳です。

 これは僕が勉強した憲法のお話し。宅建(宅地建物取引主任者)の試験の為に、なんかそんな勉強をするんだよなぁ。あれ?行政書士とか社労士だっけ?忘れたー。


 ともかく裁判所に行くのです。何故なら連帯保証人も逃げたから。

 さて弁護士をつけないでいけるのかというと、立ち退き程度だと慣れると自力でいけるのですよ。

 まさか裁判手続きに詳しくなるとか思わなかったよ……


 まず連帯保証人の住んでいる地区の役所に行きます。

 そこでちょっと変わった手続きをします。

 不在住ふそんざい証明書の請求手続きです。

 入居の契約時に連帯保証人の住民票は貰っています。ですけど、今は何度訪れてもいません。つまり隠れて引っ越しをしたのではないかという事です。

 不在住証明書とは、指定した氏名の人の住民票がその住所にない事を証明するものです。


 つまり居ないことを証明するんです。これは誰でも申請できます。

 なんでこんな事をするのかというと、最初に貰った住民票は契約時にはいた事を証明しますけど、問題となった今もいるかは不明だからです。

 そしてある特殊な時に役に立つのですよー。

 また役に立ったときはないから、なんとも言えませんけど。


 さて裁判で契約は解除しました、だけど中に荷物は残っています、どうします?

 しばらく保管して、裁判所で入札というオークションのようなものを開催し、それを全て売ってしまうのです。

 ただ、売れないものもあります。リースした品ですね。

 これは知らなければ、部屋の持ち主のものとして売り払えます。

 が、知った場合はそれなりの手続きでリース会社に返品する事になるんです。


 他にも銀行振込をしていた口座に対しても差し押さえをします。

 口座番号と支店など把握していないといけないのと、一件3万円位掛かります。

 これも自力で調べて裁判所に通知しておくのです。


 後に残ったのは、すっきりとした部屋と滞納された家賃。

 家賃滞納は40万。敷金は10万。そして裁判費用は印紙、差し押さえなど含めて15万円。

 売り払った品物はトータル3万。


 つまり13万円回収できたけど、55万円の費用がかかったという事になるのです。

 だからあまり立ち退き請求しないんだよね、みなさん。

 しかし視点を変えてみると、家賃滞納の時に既に出て行っていると考えると、2万円のマイナスと考えられる。

 これで上々なのだ。何故ならこれで次の入居者を探せるから。


 大家にとって金を払わない住人は、いないのと一緒。荷物だけ置いている邪魔者である。

 コーヒー店で、コーヒー持ち込んで一切注文しないで居座るような悪質さなのである。

 つまり追い出して、新しいお客さんを迎えたほうが最終的にお得、と。


 なんでやけに得を連呼しているかは考えない……、考えてはいけない。

 連帯保証人の住所まで直接尋ねるのを何回もしたり、役所へも手続きで何回も出向き、裁判所へも出向き、銀行と交渉し……、そこまで苦労して個人的な利益が一円もない事を考えてはいけないのだ。

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