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【凍結中】青い人間とカリソメのダークスレイヤー  作者: 風間 智
第一章:転移、いざ異世界
7/10

青の闖入者

【前回までのあらすじ】

 須川雅人はちいさな(ロリ)神様の贈り物と共に異世界へ転移した。

 雅人は盗賊による馬車襲撃の場に居合わせた。

 宿屋姉妹の姉エリスは犯されかけ、妹イーリスは人質に。

 切迫する状況。そして青の闖入者は現れた。


「貴様らに名乗る名などない」


 その場にいた誰もが、青い闖入者(ちんにゅうしゃ)刮目(かつもく)の視線を注いだ。


 宿屋姉妹の姉エリスは、自らを襲っていた盗賊のドミニクがそれに注目するのにつられ、危機をも忘れて自分もその男を見た。


 ――青、青である。その男は青いロングコートを身に纏っていた。

 エリスの目には、物珍しい異国の武器である日本刀(ヤーパンソード)を携えたその姿が、平原の緑や取り囲む盗賊たちの汚れもあいまって、あまりにも現実から遊離(ゆうり)して見えた。

 更に……これは騎士を見慣れている宿屋姉妹や、義賊団長クライヴとその部下のごく少数のみわかったことだが、その男の青は王都の限られた上流騎士が(まと)う、祝福された高級感のある青(ロイヤルブルー)とはまた違う色だった。

 しかし野蛮、もしくは貧相かというと決してそんな事はない。この青はもっと大いなる、全としての存在――空に溶けていくような、そんな透き通る青だった。


 見つめるエリスと、こちらをチラリと伺った男との目が合った。その瞳には何の感情が滲んでいるのか、エリスにはわからなかった。


 突っぱねるような応答、そしてこの状況にそぐわない不自然なほど大胆な態度に、暴力の波に同調する盗賊が声を荒げる。


「んだとゴラァァァ!」


 売り言葉に買い言葉である。

 なんと盗賊は発した文句の勢いそのままに、手持ちの斧を振りかざし走った。


「危ない!」

「キャァァァァ!」

「やめろォ!」


 誰彼かまわず振るわれようとする理不尽に、姉のエリスは男の身を案じて警告を飛ばし、妹のイーリスはショックのあまり叫び、団長のクライヴは遂に立ちはだかる元部下を突破せんとした。

 しかしその盗賊の短気の結果は、大方の予想を裏切ることになる。


 男は接近する盗賊に対し、鞘から抜き放つことなく素早く刀を振った――鈍器としての打撃だ。そしてそれは盗賊の頬をしたたかに打ち抜き、大きく前に吹き飛ばし返した。


「オゴッ……」


 突っ込んだ勢いのまま、主に頭からその勢いを返され跳ね飛んだ盗賊は、哀れ一度大きくビクリと痙攣したあと白目をひん剥き動かなくなった。

 クライヴは驚き立ち止まり、惨めにブッ飛ばされた元部下を注視した。胸は上下している、呼気があるようで一応生きてはいるらしい。


「……フン」


 男は小さく鼻を鳴らすと、不遜な態度で軽く腕を組んだ。


「野郎!」

「やっちまえ!」


 仲間があっという間に一人やられ、その上俺たちなど歯牙にもかけないというような(つら)をしているとは何事か。

 追い詰められ正気を失い、怒りに飲まれる盗賊たち。その怒りのまま、即座に袋叩きを敢行する。そこに集団行動の規律はない、あるのは手っ取り早く気に入らないものを、外敵を叩き潰すという単純明快な動物的本能だけだった。


 我先に首を取らんと殺到する盗賊たち、対して今度は諦めたのか、目を瞑り腕を組んだまま指一つ動かさない男。命運尽きたと思われた、そしてそのままその場の誰もが見ることとなった――、


 ――その男の振るう(・・・・・・・)力を(・・)


「なッ」


 一斉に飛びかかる盗賊。その複数の凶刃が男の身体を貫かんとした刹那、彼の姿がブレて見えた。そして次の瞬間には、放射状に吹き飛ばされる盗賊たちの姿が!


「ぐわァァァァ!」


 盗賊の悲鳴が重なり木霊(こだま)のようにすら聞こえた。

 誰もが見た、(いな)、見ていたはずなのに見れなかったのだ、その男の反撃を。いかなる攻撃をしたのか……その手に持った刀かあるいは魔法か、はたまた別の手段か。いずれにせよ、飛びかかった直後の数瞬の間に盗賊たちが吹き飛んだことだけは確かだった。この男、とんでもなく強いのではないか。


「ば、化け物……!」


 吹き飛ばされた者たちも、はたから見ていた者たちも関係なく、盗賊たちは唖然(あぜん)としながらようやく気づいた。 その圧倒的な力の奔流(ほんりゅう)に、不幸に()ってしまったのは自分たちなのだ。

 無力な者を虐げていたはずの自分たちが、それを上回る力により、今まさに虐げられようとしていることを悟ったのだ。

 ただし哀れなことに、今更そのような事実に気づいたとて、追い詰められた盗賊たちに退くという選択は無い。


「ク、クソ! どうなってやがる!」


 しかしそれでも、盗賊たちはその事実に気づいてしまったのだ。狩るのは青いアイツで、狩られるのは自分たち。

 次に怯えることになるのは、盗賊たちの方だった。


「期待外れだな……」


 男はやれやれとかぶりを振った。まるで話にならない、と。

 かくして強者はここに君臨した。彼自身もそれを疑いすらしなかった。


 その様子にいつの間にか目を奪われていたエリスは、ここでふと気づいた。

 自分を組み敷いていた盗賊、ドミニクがいない。奴はどこへ行ったのか。


 ここでエリスの脳裏に閃きが走った。ドミニクは隠密に長けた盗賊だ、もしや彼はどこかに潜伏もしくは逃亡した、それかまた奇襲を企てているのでは。

 これは自身が彼からの隠密からの奇襲を受け、その身が嫌らしい暴力に晒されようとしたからこそたどり着いた閃きである。


 ハッとして男の方に顔を向け、彼の周りを見回す。すると盲点に紛れたのかとても見難(みにく)かったが――片手にナイフを構え今にも彼を襲おうとしているドミニクの姿が、彼の数歩分真後ろに見えた。


「後ろ!」


 エリスは声をあげる、しかしドミニクはもう遅ェよ、と内心ほくそ笑んでいた――既に自分の間合いに達していたからだ。

 彼は隠密で接近、そしてナイフによる背後からの致命の一撃を、自らの殺しのパターンとしていた。後はいつものように、アバラの少し下から内臓を(えぐ)るように一突き。

 相手が人間である以上、それで終わりだ。


 男はまた目を閉じ微動だにしない。だがクライヴやエリスそしてイーリスは、前例であるその沈黙から突如として繰り出された力の旋風を知っていた。彼はまた見えないほどの動きを伴い、害意を退けるのだろう。


 それでもエリスとイーリスの胸中は心配の一色に染まっていた。だが二人は彼を信じた。

 男は見ず知らずの人間であったが、宿屋姉妹にとっては信じるに値する人間であった。現に吹き飛ばされた盗賊は見渡す限り誰一人として死んでいないし、彼はここまで一切自分から手を出してもいない。

 それに宿屋姉妹(わたしたち)が窮地に立たされているこの状況に、彼はわざわざ注目を浴びるような真似(まね)をしたのだ。

 今も決して脅威をやり過ごしたわけではない、イーリスに至っては未だ拘束されている。でも彼は現れた、その結果として二人はひとまず事なきを得ていた。


 二人は彼が、信じるに値する人間のままでいることを期待した。


 ドミニクは己を奮い立たせ、数歩分の間合いを音も無く詰める。

 男はそれでも沈黙を通し続けた。


 ドミニクは自分は幸運だと、そして自分はこの男を殺せると思いはじめていた。メスガキにバレるとは心外だったが、それでもこの男の動かないところを見るに、さては自分の隠密が通用しているのではないか。あの吹き飛ばした攻撃は魔法によるものだったに違いない、どうせ突風か何かだろう。

 この男の戦い方がいくら化け物じみて見えたとしても、やはり人である以上突ける隙は存在するのだ。


 ドミニクは渾身の一撃を繰り出さんとナイフを振りかぶった。

 そして三人は、来るであろう数瞬の衝撃を、それぞれの両目で捉えようとした。


「死ねェ!」


 背後からドミニクの磨かれた必殺の突きが、男へ繰り出される――。


「えっ」

「そ、そんな」


 その光景に思わずエリスとイーリスは声をあげてしまった。

 注目していたクライヴも、驚きのままに目を見開いた。


 ――男はその黙した姿勢のまま、ドミニクに刺された。

【次回予告】

 渾身の一撃をその身で受けた青い男。

 このまま盗賊に、暴力の波に屈してしまうのか。

 宿屋姉妹の、そして青い男の運命やいかに。


 次回、憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。 

 「そして悪魔は現れた」 ご期待ください。

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