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【凍結中】青い人間とカリソメのダークスレイヤー  作者: 風間 智
第一章:転移、いざ異世界
6/10

優しさと強さと、不条理と

【前回までのあらすじ】

 須川雅人はちいさな(ロリ)神様の贈り物と共に異世界へ転移した。

 贈り物を開封している途中、叫び声が聞こえた。

 雅人は刀片手にその声のもとへと走る。

 刀を左手に持ちながら、僕は草原の中を声らしきものの聞こえた方向へ真っ直ぐに走っていた。


 進むうちに遠くの方の街道に馬車らしき物と、それを囲む人だかりが見えた。


 更に近づき様子見を試みる。幸い生い茂る草がそこそこ伸びており、姿勢を低く保てば何とか見られずに済みそうだ。


 距離にして、おおよそ100m。注視したとして、大体のシルエットはわかっても、ギリギリ人物が判別できるか難しい距離だ。腕を伸ばしきり指を立てて人に重ねると、まるっきり見えなくなるぐらい小さく見える。


 馬車を取り囲む男たち――体格的に男がほとんどのように見えたため男たちとした――は、(みな)口元をマスクで隠していたり、土と草の汁で汚らしく染まって、なおところどころほつれ破れているみすぼらしい服をことごとく着ていた。どれほど装備が損耗しているか具体的にはギリギリ分からないし、なぜそんなに汚れた服装をしているのかは僕には分からなかったが、そのような見た目をしているというのだけは分かった。


 人だかりの中心、馬車の御者台に両手を挙げている小柄な人が一人。そしてだいぶ見えづらいが、取り巻きの男の一人に羽交い絞めにされている、小柄な女が一人。御者台にいる方は外套を身に着けているためわからないが、羽交い絞めにされている方はその類が無く、出るところが若干浮き出たシルエットから女のように見えた。

 小柄な女は隣にいる取り巻きの男に、光る小さな何かを首に突きつけられている……刃物だ! ナイフの類に見えたが、詳しくはわからない。


 取り囲む男たち……盗賊だろうか、いずれにせよまったく友好的な雰囲気でないことは確かだ。状況は切迫しているように見えた。





 実際に、状況は切迫していた。





 突如(とつじょ)盗賊に襲われ、焦燥(しょうそう)危惧(きぐ)の真っ只中、何か手は無いかと『宿屋姉妹』の姉、エリスは策を探っていたが、頭はクルクルと空回りするだけだった。彼女は今、御者台の上で固まっていた――いや、固まらざるを得ない理由があった。


 愛しい妹のイーリスが、人質に取られているのだ。


 姉妹二人は女というにはまだ少し幼いながら、地元で有名な宿屋を切り盛りする経営者であり、同時に女中でもあった。もちろん世間の風は特に冷たく厳しいものであったが、それでも姉妹二人はいつでも一緒に切り抜けてきた。宿屋の経営もまったく繁盛とは言えないが、それでももう火の車にはならずに済んでいた。

 地元に根付き逞しく商売をしていく姉妹に、周りの支えてくれる人も徐々に増え、まさにこれからといったときだったのだ。


 何が悪かったのか。エリスはそれが今考える事ではないとわかりつつ、しかしどうしても思考はそちらに引っ張られてしまう。


 この街道は整理されなおかつ治安も比較的平穏で、仕入れの道としては優良であった。砦や地元の兵士詰め所も近く、多くの商人が利用する道で、宿屋姉妹にとっても小さな頃から通っている馴染み深い道だ。


 それなのにどうして盗賊が。しかも、だ。わざわざあちこちにガタが来ているこんな馬車など狙うのか……。

 エリスは盗賊にしては汚すぎる身なりから理由を推察した――ここのところ、地元近辺に出没する賊。それを征伐するために王都から兵団が派遣されたという、つい先日のお触れ。それにより追い詰められたのか。


 姉のエリスは意を決して盗賊たちに問いかけた。もちろんこれは普段から発き屋(あばきや)――冒険者たちのような、荒くれ者共の相手をしていてついた度胸あってこそできたことである。


「待って。ねえ、なんでこんな馬車を襲うの? 私たちは宿屋よ、お金になるものなんて積んでないわ。あるのは食べ物だけよ」

「そうさ、食べ物。オレたちゃそれがほしい。もう食うものが無いのよさ。みんな腹が減っててね。ちょっとお荷物くださいな、と」


 盗賊の一人が答えた。周りよりもわずかばかり長身で、引き締まっているシルエット。男にしてはそこそこ長い金髪が、軽さを表している。しかし伊達男(イケメン)といっても過言ではないだろう。その汚れさえ払えば。


 エリスは取り囲む盗賊たちをもう一度見回した。急な襲撃だったので今まで気づかなかったが、誰も彼もことごとく痩せ細っている。目はギラついていて、髪はボサボサ。伊達男の言っていることに嘘は無いようだ。伊達男の論弁は続く。


「オレたちは誇り高き義賊さ。俺は団長のクライヴ。王都でその名を知らぬものはいない、風星のクライヴ様ストームスター・クライヴってな。」


 取り囲む盗賊の一人、伊達男クライヴは気取った一礼をした。


「まそれはともかくだ。とあるお偉いさんがなんか隠してるっていう民の声を聞いてな、暴いてやろうとしたんだが……どうやらお国に関わるヤバいものだったっぽくってな、オレとしたことがめっちゃ追われてるってわけなのよさ。飯にも困るほど追い詰められるのははじめてだケド」


 タハハ、と伊達男は力なく笑った。しかし不快よりかは、うっかり許してしまいそうな人懐っこい笑みだった。


 貧困。()しくも、宿屋姉妹もかつて経験したことがある人生の底。


 空腹が常になり、人々の行き交う通りを、(うろ)のような目で見つめ続けて。時間の経過を感じられなくなってしまうほど感覚が鈍くなり、活力という活力はすべて失われてしまう。エリスはそれを知っていた。知っていて更にそこから脱したからこそ、助けたいと思った。


 それは妹のイーリスも、首もとに刃物を突きつけられていてなお同じだった。


「お姉ちゃん。食べ物、分けてあげられないかな」


 貧困などほんの少し前にはありふれていた。路上に転がる人々など貧民街(スラム)に行けば、マシになった今でさえいくらでもいる。しかし、それでも姉妹は優しさを捨てずにはいられなかった。それが『宿屋姉妹』であり、だからこそ人々に支えられ這い上がれたのだ。


「そうね、だから盗賊さん。妹を、イーリスを放してはくれないかしら」





 状況は最悪からゆっくりと、非常にゆっくりとだがマシになりつつあった。





 義賊団長の伊達男、クライヴは襲撃対象(かわいこちゃんたち)の意外な態度に内心驚き、敬意すら浮かんでいた。このご時勢、ここまでお人好しなヤツらは珍しい。襲われて妹を人質に取られてそれでも会話に努め、挙句に見かねてオレたちに手を差し伸べようとするとは。

 反芻(はんすう)すればするほどお人好しなヤツらだ。これまで馬鹿を見たことが無いのか、いや無いわけがない。それでもこの世に絶望することなく、あらゆる人という人に、手を差し伸べ続けてきたのだろうか。


 (したた)かだ。クライヴは小さな二つの存在を、心からそう認めていた。力ではない強さ。意志の強さとでも言おうか、それともそれも力なのか。


 クライヴの頭の中ではもう既にこの姉妹を害するということは除外されていた。それどころか、今こんな状況でなければ口説き始めていたかもしれない……どちらにしろ、二人共それには少し幼すぎる風貌をしているが。

 飯をくすねる、いや頂くことに変わりはない。クライヴは自身をちゃっかりしている人間だと自認している。しかしもうこの姉妹を脅かすことはないだろう。元々この襲撃だってやむを得ないものだったから仕方なくやっただけだ。

 ――なんてったって、オレたちは誇り高き義賊なのだから。





 しかし、その認識が団全体に共有されていたわけではなかった。





 脅威は取り除かれたわけでもなければ、和解したわけでもない。霧散しつつあったはずの害意は音も無く忍び寄り、姉妹たちに牙を剥いた。


「キャッ!」

「お姉ちゃん!」


 御者台にいた宿屋姉妹の姉が、突然何者かに後ろから押し倒された。

 盗賊の一味の男による、気配を消しての奇襲だった。


 クライヴはハッとして押し倒した男を見た……ドミニクだ。彼はその少し太いシルエットからは想像がつきにくいが、この義賊団の中でも比較的隠密に長けている男だった。

 しかし性格は目立ちたがりで短気、粗暴な態度で仲間からの評判もあまり良くない厄介者であった。


「おいやめろ、手を出すな!」


 クライヴは義賊の団長として戒めた。しかしエリスの服を乱そうとする彼のその野蛮な手は、止まることを知らない。それでもクライヴは彼を止めようと正義感のまま飛び出そうとし、しかしできなかった――あろうことに団長である自分に刃を向ける部下たちがいたのだ。


「行かせませんぜ、団長」

「俺たちはあんたにもうついていけない」

「な……ッ! テメェら、正気かよ!」


 クライヴは信じられないといった様子で周囲を見回した。どうやら畜生(ちくしょう)に落ちたにも等しいドミニクに、無情にも賛同する輩が半分もいるようだ。

 取り乱すクライヴに対しドミニクは、脂の浮くようなネバつきのある眼で性玩具となるべき少女を捉えながら言葉を返す。


「へへ、何言ってんで団長……ちと小さいが、見りゃ中々別嬪(べっぴん)じゃねえか。飯のついでにこっちもちょっとばかし頂いちまったって罰は当たらんでしょう」

「ンッ、ぐ……離して! イヤぁ!」

「お姉ちゃん! お姉ちゃん! イヤああああ!!」

「テメェ、ふざけんなコラ! 義賊の誇りを忘れたかよ!」


 ドミニクは欲求に身を任せる。ここのところはサイアクだった――女は抱けない、飯は食えない、挙句には兵士のクソッタレどもにはケツを突かれ続ける。王都にいる頃から何もかもが気に入らなかった。ちやほやされる団長、仲間には白い目で見られ続け……堪りかねた鬱憤が、原始的な欲求に結びつき体を突き動かす衝動となっていた。ドミニクは熱く迸る動物的な衝動に身を任せる――己が快楽の為に。


 姉のエリスは害意に対し懸命に抗う。まとまりかけた状況が一変し、自分に牙を剥き……自らの身体、そして心をも犯されかかるという恐怖に苛まれながらも、純潔を守るため、女としての意地を守るために抗う。それは一人の人としての防衛本能であり、人間が文化を持った生き物として、尊厳を守るための抵抗だ。エリスは抗う――女としての自分を壊されない為に。


 妹のイーリスは押さえられながらも叫ぶ。姉が犯されそうになっている。どうして――せっかく盗賊さんたちと争わずに済みそうだったのに、どうして。次の瞬間には、目の前で愛しの姉が、野蛮な性暴力に蹂躙されそうになっている。イーリスは否定した。頭が見ることを拒否した、目の前の蛮行を拒否した、あってはならない現実を拒否した。イーリスは叫ぶ――起こらんとする悲劇を拒む為に。


 団長のクライヴは部下をまとめきれなかった自らの迂闊さを悔いるとともに、それでも落ちぶれた部下、いや元部下を蔑まずにはいられなかった。義賊としての矜持を捨て去ったのか。クライヴは呪う。部下たちを追い詰めさせた力至らない自分を、自分と同じ理想を持っていると思っていた部下たちの手のひら返しを、その反逆を強いた運命を呪った――救いが救いであり続けられない現実を認めない為に。


 面々の欲求や意思、激情や思惑を飲みこみながら、しかし切迫した状況は、ここへきて新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)を迎えた。





「な、なんだてめぇは?!」





 突如として取り巻きの外れの方にいた盗賊の一人が、異常を知らせる声をあげた。内容が流れとしてまったく違うものだったため、その場にいた者の全員の動きが止まった。


 我に返った盗賊から(あわ)ただしく動く。そして一定の距離を離し取り囲まれた一人の男。


「貴様らに名乗る名などない」


 男の装束は透き通るような青で、左手には刀を携えていた。

【次回予告】

 盗賊の襲撃に乱入した青い服を着た男。

 そして垣間見える贈り物の真価の一端。

 無事脅威を退けることができるのか。


 次回、憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。 

 「青の闖入者」 ご期待ください。

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