憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。 中篇
【前回及び前篇までのあらすじ】
学生、須川雅人はちいさな神様により異世界に招待された。
目を覚ますとそこは草原だった。
神様からの贈り物を、まず刀から開封していくことに。
刀については使い方を粗方決めたので、次の贈り物を開封することにした。残っているのは身の丈ほどの大きいバッグと、こぶし大の木箱。少し考えて、小さい木箱の方から見ていくことにした。
大きいバッグについては、中身が想像できて、結果自分にはまだ早いと感じたからだ。予想としては、手に持つタイプの武装……大剣だと思っている。
もちろん近いうちに開封するつもりだが、それよりまったく考えのつかない小さい木箱が気になった。
「よいしょ、失礼……地べたでごめんね」
片腕で作業をするわけにはいかないので、断りを入れながら、傍らの地面に刀を置いた。特に反応を示さず、静かだった。さっきからずっとこの刀の反応を見てきていたので、ほんのちょっと寂しい。
レモン色の財布に大きい方のバッグを入れていく。出したときには気に留めてなかったのだが、ガマ口よりも大きいものを出し入れしようとすると、口の前に物の大きさに合わせた黒い影の円い力場が発生するらしい。
その円は財布の中と同じように真っ黒で、横から見ると極端に薄っぺらい。その力場に物を押していくと、やはり抵抗なくスルスルと入っていく。某猫型ロボットの時空間移動装置の出口みたいだ。
魔法袋のしくみに思わず感心しながら、こぶし大の木箱を取り出した。上部に墨で書かれた達筆な文字が少し和の趣をうつす、風情ある木箱だ。横に薄い糊付けされたお札で封がなされている。
予想外の和風さに、実家にある祖父の将棋の駒入れを思い出した。ああいった物は値打ちが予想以上に高かったりすることが頭によぎりつつ、木箱の封を切り蓋を開けた。
中には小指ほどの小さな瓶が三つと説明書が入っていた。小さな瓶には、それぞれに赤みがかったピンク色の液体が瓶詰めされていた。
刀の時と同じように薄っぺらな説明書を手に取り読んでいくと、どうやらこの液体は、いかなる呪い、疾患や怪我でもたちどころに治し、そして魔術や体力、身体感覚などあらゆる面で最高の調子にする薬らしい。まるで最上級の霊薬に現代人の霊薬混ぜましたよ、とでも言いたげなくらい上等な薬だ。
また、この薬の副次的な効果として、飲ませた者を特定の対象に隷属させることができるらしい。また、飲ませた者をこれまた特定の対象は添装することができるらしい。らしいというのは僕が贈り物とはいえ書いてあることを鵜呑みにできないからだ……そして隷属に、添装。見慣れず、それに不穏な響きのする言葉が含まれていたことに思わず面食らってしまう。
更に隷属と添装についての記述が続く。隷属は対象に服従している状態のことを指し、主人からの命令は、隷属状態にある者の意思にかかわらず絶対に実行される、とある。早い話が奴隷だ、それも絶対的な支配を強いるものだ。
添装は対象が飲ませた者を装備することができる状態のことを指し、更に三つの状態に分けられるらしい。
一つ目は、実装。これは飲ませた者がそのまま外界に顕現しているときを指す。
二つ目は、添依。これは飲ませた者が、主人の魂に霊的存在として寄り添っている状態を示す。
そして最後は、添装。主人の魂に寄り添うように、武器や防具などの装具として外界に顕現するときを指すそうだ。
突拍子も無く飛び出てきた濃い異世界っぽさ、それもかなりドギツいブラッグ。僕は頭がどうにかなりそうだった。命を奴隷として使役する、果てには消耗品の道具として使用する……僕が受けてきた道徳教育が、当たり前だと信じていた倫理観が、風に吹かれた砂塵のごとく消え失せてしまいそうだった。
この後には、実装時や添装時は魂に直接ダメージが通ってしまうことや、添依で戻しておけばダメージが徐々に回復すること、この薬を他人に飲ませた場合、副次的な効果――隷属と添装――は確実に発揮されることが、『じぶんで ひろったいのちは、じぶんで せきにんをもちましょう』という注意と共に書かれていた。
文言が重い。
ちなみにこのとんでもない薬も、実は憧れのゲームキャラのエピソードおよび武器に、本当に間接的だが由来している。
エピソードの中に、ある有力な悪魔に付け狙われた際に、自身のより大きな力で逆に征服し、屈服させ武具として使用するというものがある。その武具は両拳と両脚につける格闘用のもので、これは剣闘士という呼び名の『闘』についての由来でもある。
ただし、あれは力として気に入ったから使っていただけで、特に強くなければきっとその場で捨てていたであろうが。
説明書の最後には『わるいことには つかわないように! クレメンティーネ』という走り書き。こんなの人の手には余る……あんまりじゃないですか、と僕はちびっ子神様の幼さゆえの容赦無さ――見かけ上であって、本当は僕の考えなんて遠く及ばないほど老いているのかもしれないが――について、勘繰りせざるを得なかった。
よほどのことが無い限り、この薬は日の目を浴びることはない……あるとしたら、自分が死にそうで仕方ない時だろう。僕は神様の言いつけ通り、悪用しないことを心に留めて、財布にしっかりと確かめながらしまいこんだ。
さて、このままバッグをもう一つ開封してしまおうか、それとも辺りの探索でもしようか、と次にすることを考えようとした……その時だった。僕のいる草原に、突風が吹き抜ける。
風の音に紛れてなので気のせいかもしれないが……人の声が聞こえたような気がした。叫び声だったかもしれない、しかし細かくは聞き取れなかった。
異世界に来て、初めての出来事だ、トラブルの予感がするというやつだ。
大体の方向は見当がついていた……ちょうど風上の方だ。
このままここにいるという選択ももちろんアリだ。だが比較的平和な国で生まれ育ってボケた僕は、人助けはするべきという最低限の教育を受けていて、困った人がいるのかもしれないのなら……やはり行くしかないとしか思えなかった。
それに、レモン色の神様からもらった贈り物の力がどんなものなのか、どこまで通用するかはやく試してみたいというワクワクもあった。こういった状況での気の逸りは、自らの死期を早めるだけというのが鉄板なのだが、恐ろしいことにそれすらも見落としていた。
この力なら、できる。
神様にも言われたのだ。
僕は憧れのキャラのように、力強くそしてクールになれる。
頭の中は急速に変化する状況に未だ混乱していたが、心の底の方では、そう本気で信じはじめていた。
行かなければ。そう思い僕は立ち上がった。財布を確かめ、座っていて乱れたロングコートの裾を払い、襟元をただす。ふと足元を見ると、置いた刀がカタカタと震えていた。
「大丈夫です、忘れるわけないじゃないですか」
しゃがんで刀を手に取った。途端に刀の震えは止まった……そんなに置いてかれるのが怖かったのだろうか。
「それじゃ、行きましょうか」
案外寂しがりやかもしれない刀と共に、僕は草原を走り始めた。
※某猫型ロボット
ドラ、ドラ……ドラなんとかさんです。先生、お許しください!
【次回予告】
異世界にて、初めての人との遭遇。
濃密なトラブルの予感を孕んだそれは、
やはり切迫した状況だった――。
次回、憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。
「優しさと強さと、不条理と」 ご期待ください。