ハートフル・コミュニケーション
【前回までのあらすじ】
学生、須川雅人はちいさな神様により異世界転移した。
贈り物に歓喜の声をあげる雅人。
続いて刀と対面し、鞘から抜き――。
刀を手に持った途端、僕の中の何かが歓喜の雄叫びをあげたようだった。
しがない学生、一般人代表なはずの僕が、刀を持ったら体が喜ぶだなんて……そう、体が喜んでいる。まるでふわふわしていて現実味の無い、淡い夢のようだった。
「……ッ!」
僕の中の何かが刀を抜けと、その力を振るえと叫ぶ。手紙を読んだあたりからやっと落ち着いていた心臓が、またうるさくなった。
僕は抜いて刀身を見たい、僕の中の何かが己の思うがままに振るえと轟く。
僕の中の何かは、抜き身の刀との対面を待ち望んでいた。
僕は、刀を抜いた。
刀身は鏡のようになめらかで、それでいてわずかに紫を纏っていて、なぜかそれが艶やかだった。
完全に鞘から抜き払い、刀を両手で持つ。存外軽く、切っ先をブレさせることなく保持することができた。
まず真上に振りかぶり、剣道の面を下まで振り抜く様をイメージしながら、踏み出しつつ唐竹割りの空振りをした。
不思議なことに風を切る音がせず、切れ味がとても良いからなのかとてもスムーズに振り終わる……それこそ宙を軽やかに滑るようだった。
余韻が残る。
あれだけ散々騒いでいた僕の中の何かが、すっかり静まり返っていた。
異世界に来て何度目なのかはわからないが、僕はまた高揚感に包まれていた。
そしてたった今、スムーズに振れるのは切れ味がとても良いからと自身で分析したが、それこそあり得ないことだった――いくら切れ味が良いからって、ヒュンという風音が消えるわけがない。
もちろん刀の振り方も絡んでくるとは思うのだが……。
僕は驚きつつ刀身を注視した。纏う紫がまるで、自分のおかげで簡単に切れるんだからね、と誇示するように薄ぼんやりと光を増したように見えた。
――まさか、これが意思なのか。
「刀さん、僕の言葉がわかりますか」
思わず問いかけてしまった。僕は信心深くはない、だが霊的なジンクスは少しだけ信じる方だった。
銀に近い刀身がキラリと煌いた……気がした。
この刀は意思を持っていて、しかも僕からの言葉が通じる……のかもしれない。
「刀さん、あなたはすごい刀ですか」
物に話しかけるなんていう、おかしなことにすっかり動転してしまっていたのか、僕は突拍子も無く変な質問をしてしまった。
それに対して刀は、……気持ち存在感が増したように見える。すごい刀なのだろう。
「そうですか、やっぱりすごい刀なんですね」
刀は当然、とでも言いたげに刀身を煌かせた。ドヤ顔にあたる表情なのかもしれない。
すごい、本当に意思疎通できている。……冗談みたいだ。
僕はそのままの勢いで問いかけた。
「その、……僕は、あなたを使ってもいいんでしょうか」
ただの学生の僕でも、一回振るだけでわかった。
この刀はとてもすごい。
ズブの素人が、扱いの難しいはずの刀を初めて握って、ただ縦に振っただけ。それだけなのに、もし今の斬撃が成されたとしたら。
この剣が、空でなく物を相手どったとしたら――それこそズブの素人の見解なのでまったく的外れかもしれないが――その物を確実に可哀想なくらい呆気なく、真っ二つにできるであろうと僕に確信させる。そんな刀だ。
もちろん僕は生まれてこの方、ここまでよく切れそうな刃物など見たこと無い。
僕はこの風格漂う刀を見て、その実恐ろしいと思った。
これは例えばの話だが……この抜き身の刀をそのままぶん投げたとしたら、行く手遮るそのすべてのモノを悠々と切り裂いて、どこまでも遠くに飛んで行ってしまいそうだと思った。
極端な話、この状況での贈り物じゃなければ、実家の物置に家宝としてしまいこんで厳重に保管しておきたいくらいだ。
さて、結論から言うと、この『使ってもいいのか』という問いに対しての答えだが、刀は猛抗議した。
ひとりでに僕の手元をグイッと飛び出したかと思えば、すぐそばに置いてあった鞘もまたひとりでに飛び出し、そのまま誰の手によってでもなく、自分で自分を納刀した。
鞘と再び一体になった刀は、僕の目の前で縦向きで浮かんだまま止まった。
手に取れと言わんばかりに浮遊し続ける刀。それでも手をこまねいていると、刀は『いいから持て』と言わんばかりにズイッと近づいてきた。
「わ、わかりました、持ちます持ちます」
僕はおずおずと左手で刀を受け取った。
この刀、意外と頑固かもしれない。
刀に持ち主と認めて(?)もらったところで、まずは抜き身で一通り振っておくことにした。
縦に振り下ろし、左からやや斜めに袈裟切り、翻し右に切り上げ……。
繰り返し繰り返し、体に馴染むように。
ふと気づくと、あれだけうるさかった僕の中の何かが、いつの間にか失せていた。刀の意思にあてられたのか、それとも前世が人斬りだったのか、はたまた僕の中の忌むべき人斬りの血が疼いて……いやそれはさすがに無いだろうが……ない、よね。
とにかく理由はわからないが、胸のつかえがとれたような、あるべきものがあるべき所に収まったような、そんな心地よさの前に、僕の中の懐疑は溶けて消えていった。
そうしてスッスッと空に条を引くように振り続けるうちに、また新たな疑問が生じた。人間は考える葦である、という言葉を遺したのはパスカルだったか。
いずれにせよ人は悩み多き動物であり、憧れの悪魔剣闘士を連想させる武器を持ったとしても、僕はしっかりと人であるようだった。
抜き身のまま振り続けていると、どうにも違和感が涌き出て来るのだ。
憧れのキャラを元にすると、この刀の主な戦い方は抜刀術、いわゆる居合を駆使するものだ。
しかし現実的に考えると、いちいち納刀するのは時間の無駄であり、ましてや戦いの最中、土壇場でそれが敗因に、引いては致命的な結果をもたらすかもしれないのだ。
そうなのだ、そのはずなのだが……。
試しに一度鞘に戻し、左手で刀を腰から提げ、直立不動の体勢になる。意識して呼吸を深くし、余計な力を抜いていく。
十分自然体になれたと感じた頃合いを見計らい、左の親指で外側から鯉口を切り、ゆっくりと柄に手をかける。
そうして下腹部の奥――丹田にグッと力を込め、右足で踏み込み一気に抜刀、そのまま横一文字に斬る!
頭の奥がジンと痺れた。
振りぬいたままの姿勢で固まっているうちに、ようやく実感が湧いてきた。今僕は居合斬りをした、確かにしたのだ。
心なしか刀も紫のベールが濃くなった気がする。喜んでいるのかもしれない。余韻に浸りながら、鞘に刀を納めた。
やはりこの刀は居合用なのだ。僕はある常に緊張を強いられる難しいダークファンタジーアクションRPGに出てくる武器を思い出した。居合い刀といったか。
あれはここぞというときに、ロマンのために居合斬りをするものだったから別物かもしれないが……。
もしかしたら、刀の尋常でない切れ味を予感させる要因の一つである、刀身が纏う紫。これを絶やさない為に、斬った後はできる限り早く鞘に納めなければならない……のかもしれない。我ながら強引な理由付けだとは思うのだが。
僕はそんなあやふやな根拠のまま、しかしこの刀は使うときは常用的に居合斬りをするべきなのだと思うことにした。その方が僕も憧れのキャラに近づける気がしたし、それに何より――。
――何より、刀が歓んでいる。生き生きとしているように見えるのだ。
刀身を晒さなければ見えなかったはずの纏う紫が、いつの間にか鞘まであふれ出ている。ちょっとこれは光りすぎではないか。
「か、刀さん。僕も嬉しいですけど、ちょっと光りすぎじゃないですか」
コンと小さく鯉口が鳴ると即座に光が消え、おとなしくなった。
この反応が示す刀の感情が、ただ忠実に従っただけなのか、窘められたことによる悲しさか、はたまた指摘されて恥ずかしかったのか……僕にはまだ推し量ることができなかった。
【次回予告】
刀との初対面を経て、
雅人は更に贈り物を開封していく。
次回、憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。
「憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。中篇」
お楽しみに!