憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。 前篇
【前回までのあらすじ】
学生、須川雅人はその日ゲームをしていた。
突然現れたちいさな神様から、異世界転移のお誘いが。
そして雅人の視界は光で包まれて……。
やわらかな日の光が降り注ぐ草原で、僕は目を覚ました。
ハッとして何が起こったのか把握しようとする。
驚き上体を起こした僕の前に広がるのは、雑草生い茂る草原。今まで人の手がかかった自然しか触れることがなかった僕には、少し長すぎると思うぐらいの高さまで草が生えている。
少し遠くの方に――これも、人工物に囲まれて育ってきた僕には距離がとっさにうまく測れないのだが、大体75mくらい(これも25mプール何個分という、タヌキもビックリするほどザルな計算であるが)離れたところに、人の通った痕跡が――いわゆる獣道がある。
寒くもなく暑くもなく、比較的快適な温度だった。
続いて驚かされたのは、僕自身の服装だ。
襟の控えめな青いロングコートに、藍色よりも暗いベスト……中に鉄板のようなものが仕込まれているのか、とても堅い。これだとボディアーマー、いやブリガンダインか。
それと同じ暗い色のズボンにオーソドックスな革靴、そして革製の指貫グローブ。
ここまで劇的な変化にようやく気づいたきっかけは、遠くを見ようと日差しを遮るために手を目元へ持ってきたとき、視界にグローブが入ったからだ。
鈍い自分が何とも情けない。
なによりこの服装は、あのゲームに出てきた僕の憧れている青の悪魔剣闘士が着ているものと瓜二つだ。
ブリガンダインを確かめるために、立ち上がってロングコートを脱いだときにようやく実感が湧いた。
テンションうなぎのぼりである。
「う、うひょぉぉおっほほぉぉぉ!!!」
ガラにもなく歓喜のあまり声をあげてしまったほどだ。
抑えろ、抑えろ焦るな僕……。
興奮を抑えながら、先ほどからばっくんばっくんうるさい心音を聞き流しつつ、ポーズのひとつでも決めようとロングコートをもう一度羽織った。
そして前身ごろを正そうと手をかけて、しかし仮装では簡単に味わえそうにない、モノホンの風格漂うロングコートの質感にうっとりしてしまいそうになっていた時だった。
左の内ポケットがわずかに膨らんでいる。
中を探ると、レモン色あざやかなガマ口の財布が出てきた。
もしかしなくても、この財布も服装も、あのかわいい神様の贈り物なのではないだろうか。服装だけでも飛び上がるほど嬉しいサプライズなのだ、これは何なのだろうか……。
逸る気持ちを抑えつつ、ガマ口をパチリと開け、中を覗き込んだ。しかしどうしたことだろう、真っ暗で何も見えない。いやそんなはずは無いと上を見上げ光源確認、しっかりと太陽は出ている。
おかしなことに、ガマ口を開けた中には、底知れない暗闇しか見えなかった。
ここで普段の僕としては考えられないほど迂闊で珍しいことに、恐る恐るながら手で中をまさぐることにした。
服装に対する高揚もあったが、しかしちんまい神様への信用も多分に影響していた。彼女からならまだまだすごい物が出てくるに違いないと、僕はあふれんばかりの期待でいっぱいだった。
右手が真っ黒な影――レモン色の財布の中にスルスルと飲み込まれていく。意外にも抵抗らしきものはなく、ただただ暗いだけなのか、防護膜のようなものは無い。
肘のあたりまで財布の中に入ってしまい、思わずゾッとして手を引き抜こうとしたその時、人差し指と中指が何か薄い紙のような物に触れた。触覚だけを頼りに手繰り寄せ掴み、それを財布から取り出した。
ピンク色のかわいらしい封筒、宛名としてか真ん中に『すがわ まさと さま』とあった。『が』の字のバランスが微妙に崩れてたりして、微笑ましい。
開くと中にはお手紙が畳まれていた。
『すがわ まさと さまへ。こんにちは、もういせかいについているころでしょうか、おどろいているでしょうか』
この一文からはじまった、その一字一句から彼女なりの一生懸命さが滲み出た手紙には、レモン色の財布は限界はあるが何でも入る魔法袋であること、この手紙の他に服装含めて五つ贈り物があること、異世界は僕から見てかなり剣と魔法を題材にしたゲームに近いこと、ちいさな神様を呼ぶ方法はこの財布に向かって神様の名前を呼びかけること、神様は離れたところからだがきちんと僕を見守っていること、そして最後に――。
『――まさと、ありがとう。 こううんを いのってます。 クレメンティーネ』
とあった。ありがとうと言いたいのはこちらの方ですクレメンティーネ様、とようやく名前を知った神様に感謝の言葉をつぶやきながら、僕は手紙を財布の中に戻した。
続いて手紙以外の財布の中にある物をすべて取り出した。
留め具で留まっている、身の丈ほどの大きな四角いケースのようなバッグと、大きめの傘ほどの長さの、これまた留め具で留まっているケースのようなバッグと、こぶし大の小さな木箱。
僕は疑問に思った、贈り物はこれに服装を含めても四つではないか。手紙には五つとあったはずなのだが……。
欠品については後でちび神様に聞く――もらうだけもらっておいてクレームは心苦しいが――ことにして、僕はまず大きめの傘ほどの長さのバッグの中身から確認することにした。
なぜこのバッグを選んだのかという理由は、実はもう既に二つのバッグについては中身が想像できるからであり、手ごろな大きさのこちらが手に取りやすかったからである。
留め具を解き、バッグを開けた。中には藍色より暗く染まった、底知れない存在感を醸し出す刀が一振り収まっていた。
思わず僕は息を飲んだ。
同梱してある説明書――と呼ぶには大げさすぎるメモ書き――が目に入ったので、まずはそれを手に取り確認する。
僕はゲームをする前にしっかり説明書を熟読するタイプだった。
説明書には、この刀は君の憧れである、青い悪魔剣闘士の武器を模したものであるということ、この刀に切れぬものなど現時点でもあんまり無いということ、そしてこの刀は意思や感情を持ち君と共に成長する、と書いてあった。
――意思を持つ。
なんということだろうか、物に意思が宿るとは。
古来より、僕のいた日本には付喪神(九十九神ともいう)という妖怪、ひいては信仰が存在する。大切に壊さず使われてきた物は、霊が宿り意思を持つというもの(そして大切に扱われず壊れた物は妖怪になるというもの)である。
僕は刀をまじまじと見つめた。鞘と柄は宵の闇より深く暗い色で、鈍色の鍔には雷光を髣髴とさせる紋飾りがあしらわれている。
なるほど素人目から見ても見事な刀で、抜いて刀身を確認していないにもかかわらず、この刀が『在る』というだけで自信と……ある種の誇らしさを感じるほどだ。
しかし意思を持つというと話は別だ。そんなことわからないじゃないか。
僕は恐る恐る刀を手に取った。
すると体に漣が立った。
ズシリとお腹の奥底に心地よく響く重み。妖しげかつ色気のある波動が、体を包んでスーッと通り抜けていった。
【次回予告】
転移して初めての会話は、
刀さんとでした。
次回、憧れの青い悪魔剣闘士になって異世界に転移したんですが……。
「刀とハートフル・コミュニケーション」 お楽しみに!