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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第五話 空手部討伐と勘違い

「どうした? お前の力はそんなものか? 素直に土下座でもすれば許してやる」


 筋肉ダルマは立会人だったはずの空手部員達と共に拳を振り回しながら、余裕の笑みで真冬花に問いかけた。


「くっ、だれが! 約束も自身の信条も守れない卑怯者に下げる頭などありません!」


 真冬花は言葉短く反論するがその顔には余裕が無い。

 前後左右から迫る複数の追撃の嵐を交わし受け流すだけで精一杯だ。


「俺だって一人の女を複数でいたぶるのは信条ではないが……己の心を曲げてでも歩きゅんの仇は絶対にとらせてもらう!」


 筋肉ダルマはそう言うと、一人だけ喧騒に加わらず遠巻きに眺めているだけの大三島に熱い視線を送った。

 視線に気付いた大三島は何故かふいと視線を反らした。


「何を吹き込まれたが知りませんが、空手家の隅にも置けない最低の屑ですねっ!」


 真冬花は息を切らしながら切り札の一閃を放つが、誰にも当たることなく空を切った。

 行動を読まれていたのか、あれだけまとわり付いていた空手部連中がいつの間にか真冬花から距離を置いて回避していたのだ。

 真冬花の片膝ががくりと地面に落ちる。

 それでも真冬花は鋭い眼光で筋肉ダルマを睨みつけた。

 しかし、息は完全に上がっており、今にも倒れそうなほどに消耗しているのが傍からでも一目瞭然だ。


「……ふん、これまでだな」

「部長! とどめは僕にやらせてもらえませんか? 昨日やられたお返しがしたいです」


 筋肉ダルマがつまらそうに呟くと、それまで遠巻きに眺めていただけの大三島が筋肉ダルマに駆け寄り、愛嬌たっぷりにおねだりした。


「おう、存分にやってやれ!」


 何故かデレッと表情を弛緩させる筋肉ダルマ。

 大三島は嬉しそうに筋肉ダルマに微笑みかけると、ゆっくりと真冬花に近づいていく。

 周りの部員からは「副部長には甘いよな……」「部長ってそっちの趣味らしいぜ」「マジで」「だからあんなショタで弱くても副部長なのか……」「……やらないか」と陰口がもれる。


「あはは、いい様だね日野和副会長! こんな僕にやられるなんてさぞかし屈辱だよね!」


 大三島は屈託の無い笑顔で真冬花を嘲笑った。


「……ほざいてなさい」


 真冬花は気丈に反論するが、満身創痍な体ではこれ以上の抵抗は出来そうに無かった。


「相変わらず口だけは減らないなぁ。でもそれももう終わりだね! じゃあ、ばいばーい!」


 大三島はソプラノボイスを響かせながら大きく拳を振り上げ、真冬花目がけて振り下ろす。

 真冬花は衝撃に備えて目を閉じ、体をぐっと縮めた。

 しかし、いつまでも予想された衝撃がいつまでも訪れない。

 真冬花がおそるおそる顔を上げると、真冬花の双眸に驚愕している大三島とその腕を掴む少女の姿が映った。

 筋肉ダルマや周りの空手部員達もいつの間にか現れた少女の姿に呆気にとられた顔をしている。


「……あなたは、どうして?」

「乙女のピンチですからね」


 朔はそう言うと、真冬花に微笑みかけた。


「なんだよ、お前は! いつの間に現れたんだ! 手放せよ!」


 驚きを隠せない大三島はじたばたと抵抗するが、朔のその手は離れない。


「お痛が過ぎるお子ちゃまにはお仕置きが必要ですよね♪」


 朔はにっこりと笑いかけつつ、大三島の腕を捻りあげた。


「痛い痛い痛い、何するんだよ! お前誰だよ!」

「……さすらいの解決ズバット?」

「なんで疑問形!? それにネタが古すぎだろ! って痛っ痛痛っ、部長どうにかしてよ!」


 痛みで大三島の顔が歪む。

 大三島の助けを呼ぶ声で我に返った筋肉ダルマがその危機を救うべくダッシュで朔に接近する。


「きさま、俺の大事な大事な愛しい歩きゅんから今すぐ手を離せ!」

「ちょっ、部長! 今そんな事言ったら――」

「へぇー、「俺の大事な大事な愛しい歩きゅん」ですか……」


 その言葉に大三島は慌てて朔を見た。

 朔は大三島が危惧した事を瞬時に見抜くと、


「そんなに大事なら直ぐに返してあげますよ。ねぇ、センパイ♪」


 薄ら笑いを浮かべ悪魔の様に囁いた。

 大三島の瞳に絶望の色が映る。


「いや、ちょっと待っ――」


 朔は慌てて静止を試みる大三島を無視し、急接近してくる筋肉ダルマに向けて思いっきり蹴り出した。

 前に吹き飛ばされる大三島。

 その顔は恐怖に歪んでいた。

 そしてそれを受け止め精一杯抱きしめる筋肉ダルマ。

 瞬間、大三島からはまるで断末魔のような悲鳴が上がった。

 大三島の悲鳴に反応したのか更に強く抱きしめる筋肉ダルマ。

 ややあってから筋肉ダルマが大三島から体を離すと、大三島が筋肉ダルマの腕からごろりと転げ落ちた。

 大三島は完全に気を失っており、時折体をびくりと痙攣させる姿がなんとも痛々しかった。


「歩きゅ―――――――――――――――――――――――――――――――ん!!」


 気絶した大三島を見て筋肉ダルマはがっくりと膝をつき絶叫を上げた。

 そしてしばらくはその体勢で打ちひしがれていたが、やがて恨めしそうに朔をにらみ付ける。


「よくも貴様、歩きゅんを……」

「明らかにあなたのせいだと思いますけど?」


 朔はバカにした様な口調で言った。

 するとみるみるうちに筋肉ダルマの顔が紅潮しだした。


「黙れ! 死ね!」


 筋肉ダルマが朔を怒鳴りつけながら襲い掛かる。

 丸太のように太い腕が振り上げられ拳が朔に放たれる。

 筋肉ダルマは拳が朔を捉えたことを確信したが、拳は激しい風切り音を残して空を切った。

 予想外の出来事に筋肉ダルマの頭には疑問符が浮かびかけたが、その思考を継続することは叶わず、次の瞬間には地面に意識の無い筋肉ダルマが転がっていた。



 日野和真冬花は驚愕していた。

 それは目の前の自分と年も体格もさほど変わらないであろう少女が、身長も体格も遥かに勝る空手部部長を一瞬ののちに倒したからではない。

 いや、もちろんそれにも大層驚いたのだが、なにより真冬花が今までどんなに捜しても見つからなかった、『あの人』に繋がる手掛かりを見つけた事に比べれば些細なことであったからだ。


 『あの人』とは、三年前の夏祭りで真冬花が暴漢に悪戯されそうになったところを助けてくれた同年代の男の子だ。

 それは真冬花の初恋の相手であった。

 しかし、その男の子は真冬花を助けた後に名前も名乗らず立ち去ってしまったため、どこの誰か分からずじまいになってしまったのだ。

 そのため、真冬花は助けてもらった次の日から金と日野和の人脈を使って必死に『あの人』を探したのだが、結局見つけることが出来ず現在に至っていたのだ。

 ところが、今、まさに目の前で三年前に真冬花を救った『あの人』と全く同じ技と動きが再現されたのだ。

 ようやく見つけた『あの人』の手掛かりに喜びのあまり、心中穏やかでいられない真冬花であった。 

 一方、朔は倒した部長と副部長を抱え蜘蛛の子を散らすように逃げていく空手部員には目もくれず、まっすぐ真冬花に歩み寄る。

 そんな朔を見て、ふと真冬花の脳裏にある疑問がよぎった。

 それは、何故『玉桂朔』という人物が既知の仲でもない自分を助けたのかという事だ。

 するとあれほど心躍っていた喜びが急に影を潜め、疑問ばかりが真冬花の頭の中を占めた。

 そんな時、ふいに野次馬がひそひそと囁きあっている声が真冬花の耳に届いた。


「ねぇ、あれって例の噂の子でしょ?」「多分ね。イメージとはちょっと違うけど」


 真冬花はそれを聞いた瞬間、主に四年生女子の間で流布している朔の噂と、葵から直接聞いた話を思い出した。


 ……件の噂ではこの玉桂朔という人物は成績優秀で、一見清楚な優等生の成りをしているが、その見た目に反して好みの男子に誘われたら簡単に男女の関係を持ってしまうという、大層性が乱れた女子らしい。もっとも、それだけなら軽蔑はするが恋愛依存症の女子と考えれば別に珍しくない行動とも言える。しかし、この噂に葵の話を加えると一気に問題だ。葵によると、玉桂朔の性の乱れは男だけでは飽き足らず、女子にも及んでいるということだ。いや、むしろ女子が本命で男子はあくまで遊びということらしい。だが、葵からは「私だけには何故か奥手でアプローチしても、恥ずかしがって手を出してくれないの」とも聞いていたので、女子が本命というのは葵の妄想と願望から生み出された歪曲と認識していたが、今回の行動を見ると葵への好意の有無はさておき、女子が好みというのはあながち間違いではなさそうだ。……ともなると、私を助けたのはあくまで恩を売るのが目的で、恩を売った代わりに……その……つまり……いわゆる体のカンケイを求められる……ということではなかろうか? 


 心の中でそう結論付けられた瞬間、真冬花の体が恐怖でぶるりと震え上がった。

 なお、その噂も葵の話も本当は真実無根なのだが、朔の人となりを知らない真冬花にとっては、それを否定出来るだけの情報が無いため、勘違いが加速する。


 ……初めてが女なんて死んでもゴメンだ。しかもそこには愛は無く、あるのは劣情だけだ。大体私は葵と違いノンケだ。しかし、この女に助けられたのは事実だ。要求を突っぱねるというのは恩を仇で返すようで都合が悪い。何か別のお礼で誤魔化したいところだが、それが通じる相手か甚だ疑問だ。なにせあの筋肉ダルマの空手部部長を一撃でのす様な女だ。断ったところで強引に迫ってくるに違いない。……全く一難去ってまた一難だ……ってそうじゃない! このままではあの百合ビッチ女の餌食だ。どうする? どうすれば助かる?


 朔が目の前まで来ているのにも関わらず、ぶつぶつと呟きながら答えの出ない思考を繰り返す真冬花。

 朔はそんな真冬花の顔を覗き込み話しかけた。


「あのー……大丈夫ですか? 怪我はありません?」

「ひっ!」


 真冬花は朔の声により我に返ると軽く悲鳴を上げ、少しでも距離をとろうと後ずさりする。


「ああ、もう大丈夫ですよ。空手部はみんな逃げちゃったし」

「ああ……」


 そんなことを心配しているのでは無いと真冬花は思ったが、テンパっているせいかまともに頭が働かず、口からただ感嘆詞が漏れるだけだ。

 だが、そんな様子に気がつかない朔は、悪意のなさそうな微笑みを浮かべ、真冬花の体を引き起こそうと手を取った瞬間――


「あああ、いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 真冬花は朔のその手を振り払い、悲鳴を上げながら一目散に校舎に向かって逃げていった。

 その姿はまるで脱兎の如くである。

 いきなりの事に何が起こったのか理解できず立ちすくむ朔に、葵と希が駆け寄った。


「朔ちゃん、真冬花に何したの? もしかして……襲おうとした?」

「朔、最低」

「ちょっ、誤解だよ! 二人とも見ていたよね、私が彼女を助けたところ!」


 二人の明らかな勘違いに慌てて言い訳をする朔だが、葵は首を横に振り否定する。


「いや、完全に襲おうとしてた。百二十%襲おうとしてた。もしかして公衆の面前でするのが好みなの? その方が燃える? 燃えるよね!(断定) いいよ、そんな朔ちゃんでも私は受け止めるよ! むしろドンと来いだよ! まあ、実際に受け止めるのは朔ちゃんの方だけどNE☆! という訳で今すぐやろう! ココでしよう! それともやっぱりホテルがいい? 初めてはロマンティックなふいんきで? 何故か変換できない?」


 葵は上気した顔で興奮気味に捲くし立てる。

 その姿はまるでガゼルを目の前にした飢えたライオンのようだった。


「なにその超理論! 落ち着いて! だから誤解だってば!」

「劣情は理屈じゃないんだよね! 判るよ! モウガマンデキナイ!」


 朔をいきなり押し倒そうとする葵。心に押さえが効かず暴発である。

 事態を遠巻きに観察していた生徒に先程とは別の意味で緊張が走る。

 主に男子に。


「判ってないぃぃぃ! てか寄るな、触るな、くっつくな! あと、押し倒すな! ねぇ、希ならわかるよね、誤解だって! 私はあくまであの子を救おうとしただけだって!」


 枝垂れかかってくる葵を押し止めながら、希に必死に助けを求める朔。

 朔の必死で真剣な眼差しに、希は寸暇の思索ののちに口を開いた。


「……ま、確かに誤解だったかも。でも、真冬花を泣かせたのは事実」

「そ……そうだけど、私だって何で泣かれたか……」


 しゅんとする朔。すると希から意外な言葉が飛び出した。


「たぶん真冬花は葵の戯言を真に受けただけ」

「戯言? ねぇ、キミ……どういうこと?」


 朔はまとわりつき、スキあらば胸を揉みくだそうとする葵を問いただす。


「えー、朔ちゃんがぁ、男とすぐしちゃうビッチだって噂が生徒会でも流れていたから、誤解を解くために朔ちゃんは確かにビッチだけど女子にしか興味ないよと話し――ごほうびっ!」


 全てを言い切らないうちに葵の鳩尾に朔の拳が刺さり、葵は砂のように崩れ落ちた。


「どうしよう……そんなことになっているなんて……」


 おろおろと泣きそうになる朔の姿を見て、希もさすがにいたたまれなくなったのか、ため息をつき、朔を慰めるように言った。


「仕方ないから誤解は解いておいてあげる。真冬花にレズでビッチな姉がいるだなんて勘違いされたままだと不快だから」

「本当に!?」


 希の救いの言葉に朔の顔がぱっと明るくなった。

 まったく現金なものである。


「でも、真冬花を泣かせたのは事実。だから罰としてこれから一週間、登下校の時は私から五メートル以上離れること」

「そ、そんな! 横暴だ! 異議アリだよ!」

「……そう、じゃあ、これからは登下校の同伴を全面的に禁――」

「今日から一週間、五メートル以上離れて登下校だよね! 了解、じゃまた放課後のいつもの時間にね!」


 朔はゴネても要求が通らないことを瞬時に見抜くと、希の言葉を強引に遮りこれ以上不利にならないように最初の条件を復唱。

 そして復唱し終えると、微笑みながら手を振りとそそくさと教室に向かって去って行った。


「……冗談だったのに。まいいか。……葵は自業自得と」


 希はぼそりと呟きながら葵を一瞥、ゆっくりとした歩みでその場を後にした。



 葵が幸せそうな笑みを浮かべて校庭に寝転んでいると、いつの間にか側に白い詰襟の制服姿の男子が立っていることに気がついた。


「あれ? 一夏くんいつの間に?」

「……お前こそ、いつまでそこで寝転んでいるつもりだ。仮にも生徒会役員だろうが」

「ご褒美を味わっていたんだよー!」


 『一夏』と呼ばれた白詰襟男は呆れたように言い放つが、葵がそんなことを気にするタマではない。むしろ、何故か誇らしげにドヤ顔だ。


「……まったく、相変わらずだな。ところで真冬花を助けたあの女子は誰だ?」


 葵にこれ以上の苦言は無駄だと悟ったのか、白詰襟男があっさりと話題を変えた。


「今年高等部に編入してきた、玉桂朔ちゃんだよ! 言っとくけど、先に私が唾をつけたんだから一夏くんにはあげないよ!」

「ははっ、それについては前向きに善処することを検討しよう」


 真冬花が所有権を主張するが、白詰襟男はあっさりと受け流す。


「そーいえば、真冬花が一夏くんのことを探していたけど、良いの? 逃げ回っていて? まだ明日の生徒総会で発表の後期生徒会執行部役員が一人決まっていないんでしょ?」


 葵が反撃とばかりにちくりと忠告するが、白詰襟男は不敵な笑みを浮かべ受け流した。


「それも、もう解決だ」


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