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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第三話 葵的恋愛分析法と朔

「それで私が週一で告白される理由って何?」


 朔は左隣を歩いている葵に切り出した。

 朔自身さして興味がある話題では無いが、葵との関係維持の必要経費としてここは我慢である。

 友人がいない朔にとって葵はこの学園では唯一の貴重な情報源だからだ。

 まあ、その割に朔の葵に対する扱いがだいぶ雑ではあるが、それは必要以上に仲良くならないように考えてのものだった。


「それはね、まずは朔ちゃんが高等部からの編入組だからだよー。ウチの天道学園が中高一貫校ってのは知っていると思うんだけど、例えばうちらの学年である高等部の一年目……要は四年生だとその名の通り学園に入学して既に四年目な訳。だから、クラスにしても部活にしても知った顔ばかりで正直新鮮味が薄いし、生徒同士の関係性もほとんど固定化しちゃってるんだ。そんなとこにフリーのニューフェイスが現れたらモテまくるのは当然だよねという寸法でござるよー」

「つまり私が他校からの編入組で目新しいから告白を良くされるって事で良いのかな?」


「うん、そうだね。でも勿論それだけじゃないよ。例えば高等部からの編入組はこの学園の中等部から他の高校に進学した生徒の穴埋めという形だから、例年学年の一割未満、まあ人数にすれば十から二十人程度だけど、そういった高等部からの編入組や、年度途中での偏入組で朔ちゃんみたいに告白攻めになるのを見たのはこれが初めて……いや、二回目だよ」

「私で二回目かー。 一回目はどんな人だったの?」

「んー、それは……」


 葵はそう言いかけると、朔の向こう側を歩いている希をちらりと一瞥。

 視線に気付いた希はまるで『喋るな』と言わんばかりに葵を睨み付けた。

 そんな希を見て葵はにやりと得意気な笑みを浮かべ言った。


「なんと一年前、中等部三年に中途編入してきた希でしたー!! まぁ希は元々うちの学校に籍があったから、本当は編入じゃなくて復帰なんだけどね。そんな希が初めて登校してきた時はマジすごかった。あまりの美少女ぶりに新聞部から前代未聞の号外が出るし、放送部は臨時放送をかけだしたりと学園が震撼だよ。震撼しすぎて向日島沈没だよ。いや、向日島以外全部沈没だよ。登校初日の放課後に下駄箱がラブレターでいっぱいになった光景は今でも忘れられないね、うん」

「それは凄いね! お姉ちゃんも鼻が高いよ!」

「……最悪」


 希はその時の状況を思い出したのか苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めた。


「それでそれで、その後はどうなったの?」


 朔は興味津々な面持ちで葵に続きをねだった。希のことなら何でも知りたいお年頃なのだ。


「朔ちゃんってば希の事になるとすぐに食いつくよね。私の事には全然なのに……」

「キミの事は全くこれっぽっちも髪の毛先ほどにも興味が無いからね」

「うはっヒドスwww!」


 さも当然だと言わんばかりの返答に葵も思わず苦笑いだ。


「それで続きなんだけど、下駄箱のラブレターは全部玄関のごみ箱にぶち込まれてその日は終了。次の日からは呼び出し攻勢を受けていたけど、返事が『ウザい』『キモい』『死ねば』の三部構成で告って来た人は全員撃沈。ブームは一週間で終了とあいなりました」

「……壮絶だね」


 右隣を歩いている希を見ながら朔は呟いた。

 当の希は涼しげな表情で我関せずの構えだ。


「ちなみに私もその時に振られました! しかもキモいと死ねばを十連発の後、足の甲に強烈なご褒美まで頂きました!」

「初耳だよそれは! てか、前から思っていたけどキミって見境無いよね、ホント」


 葵の百合体質のことはそれなりに理解していたつもりだったが、希にまでその毒牙にかけようとしていた事に朔は呆れため息をついた。


「今のこの時間は朔ちゃん一筋だよ!」

「「今のこの時間は」って……見境無いことは否定しないんだ……」

「細けぇ事ァいいんだよ!」

「それにしても、全員撃沈って希は理想が存外高いのかな? お姉ちゃん的には安心だけど♪」

「別に。中身も知らないような人と付き合う気は無いだけ」


 希は肩にかかった髪を手で後ろに逸らしながら澄ました顔で否定した。


「違うんだよ、朔ちゃん。後でわかったことなんだけど、実は希には既に好きな――」

「こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 葵が何か言いかけた瞬間、希が大声でその内容をかき消した。


「いきなり何言い出すのよ!」


 希が珍しく感情を露にして怒り出す。


「でも、好きな――」

「だから、言うなって言ってるんでしょうが!」

「一体なんなの……」


 朔を挟んでいきなり押し問答を繰り出す二人に一人話に付いて行けていない朔だった。



 希と葵の押し問答も何とか収まり、三人が再び歩き出すと葵がすぐに口を開いた。


「話を戻すけど、朔ちゃんが告白攻めされるのはまず編入組であったこと。で、もう一つの要素がまあ当たり前ちゃ当たり前なんだけど、とびきりの美少女だったってところが主原因でファイナルアンサーだよー」

「誰が?」

「誰がって今の話での登場人物は一人しかいませんが何か?」

「私のこと……だよね」


 葵からの視線を受け、朔は自信なさげに答えた。


「朔ちゃんは自覚が足りないみたいだけど、うちの学年で彼女にしたい女の子№1は朔ちゃんだからね」

「え、うそ……だって希やキミの方がずっと可愛いと思うけど……」


 確かに朔自身、仕草も立ち振る舞いも普通の女の子以上に女らしく出来ている自信はあるが、希のような天性の美少女相手となるとさすがに男の朔では出せない特有の雰囲気を纏っているように感じていた。

 しかし、どうも葵の口ぶりを鑑みると違うらしい。


「朔は自分を客観的に見れてない」


 解らないという顔をする朔に希もさすがに呆れたのか珍しく口を挟んだ。


「そうなのかな……」

「そうだよ、朔ちゃんは希と双子だけあって美少女のうえにスタイルはいいし、希と違って胸もあるし、あっさりメイクがばっちり決まっているし、雰囲気は大人しい清楚系で仕草も完璧だし、成績はいきなりのトップだしでモテる要素しか無いのを自覚した方がいいよ!」

「葵、喧嘩なら買うけど」


 さりげなく胸の事をディスられた希が額に青筋を立てていた。


「成績はトップよりもある程度のほうがもてると思うけど……」

「そんな瑣末はどうでもいい」


 自分でモテる条件として挙げておきながらどうでもいいと受け流す葵が続ける。


「それに朔ちゃんにはさ、なんていうか……女子特有の嫌な空気感がさ無いよね。例えばトイレでもなんでも一緒に行こうとする同調圧力的なアレとかね。あと、実際に話してみると飾りっ気が無くて素っ気ないんだけど、逆に誰に対しても反応がすっごく素直なんだよね。普通の女子なら男子と話す時には好意や嫌悪といった色々な意味での警戒心から、少なからず演技が入るもんなんだけど、朔ちゃんにはそれが全く無い。この無防備感が男子には堪らないみたい。それにクラスじゃ女子グループから完全に浮いていてぼっちだから、保護欲の様なものが掻き立てられるし、いつも一人でいる朔ちゃんの姿からは寂しさというか心のスキマを感じさせる雰囲気があるんで、状況的にも環境的にも押せばいけるんじゃないかと男子は勘違いするみたい。その代わり女子には警戒心の無さやいつもぼっちでいる姿が逆に演技に見えて男に媚びるぶりっ子と思われているみたいだけど」

「別にそんなつもりは無いのだけど……」


 と、言いつつも葵の分析を聞いて心当たりが無い訳でもなかった。

 確かに朔は女子が好む『つるむ』と言う行為が苦手だった。

 一緒にトイレに行く意味が解らないし、すぐにグループを作りたがる心理もわからなかった。

 どちらにせよ他者との関わる事を避けるように母に言いつけられていた朔には関係の無いことだったが、あれが葵の言う女子特有の嫌な空気感という物もなのだろう。

 また、男である朔にとって男子はさほど警戒すべき対象ではないのも事実だった。

 一見、お嬢様然している朔だが、実は幼い頃から実践的な武術を学んでおり、その腕はかなりのレベルに達していた。

 そのため、男子の場合は何かあったら拳という名の肉体言語で解決すれば良かったのだ。

 お手軽ワンパン解決である。

 このような理由から朔は男子に対してあまり警戒心を持ち合わせていなかったのだが、まさかそんなことが男子を呼び込む要因の一つになっているとは朔自身、夢にも思っていなかったのだ。

 それに初めて男子に愛の告白をされたのがこの天道学園に編入してからなのもまた男子に警戒心を持てない要因であった。


「でも、どうすれば良いのだろう……」


 うむむと悩む朔。

 葵にそう言われた所で女子特有の空気感を出せと言っても無理であるし、男子と接した時に演技をするにしても警戒心がわかない以上自然に出来そうにもない。

 他に出来ることと言ったら今以上に素っ気無い態度で突き放すことくらいだが、既に嫌われている女子だけではなく男子まで敵に回すのは少々面倒だ。

 そんな朔の心中を見透かしてか、葵は二人の前に躍り出て笑顔で人差し指を立てた。


「そんな朔ちゃんに良い方法があるよ♪

「それってどんな方法?」

「私と付き合ってしまえばいいんだよ! これで男子に対しては虫除けにもなるし、女子にも恨まれなくなるし万事解決だね♪」

「「…………」」


 いきなりの頭が悪い提案に朔と希の足が止まった。

 葵的にはどうやら名案だったらしく本日二度目のドヤ顔だ。

 呆気に取られている双子を尻目に葵は言葉を続ける。


「私ってほら見た目よし器量よし性格よしの三拍子でさ、家もこの向日島を統べる名家、日輪五家の一つだし、なにより朔ちゃんを深く愛しているから、自分で言うのもなんだけど凄く好条件だと思うの。ちなみに私って脱ぐと凄いよ! 悩殺バディだよ! 総統閣下も絶賛のおっぱいぷるんぷるんだよ! 女子百人切りの異名(自称)を持つこのフィンガーテクで夜のお供もバッチリだよ! もちろんネコは朔ちゃんで、タチは私に大決定だけどね! どうどう、悪い提案じゃないと思うけどなあ? あ、別にすぐに結婚とかじゃなくて婚約とか同棲とか同衾とか同衾とか同衾とかだけでもいいしそこは任せるよ!」

「……キミって本当に気持ち悪いね」 


 朔の口からは今の心情を端的に表した呟きが洩れたが、葵には届かない。

 それもそのはず葵は既に妄想の世界にダイブしており、欲望丸出しな未来予想図が口から際限なく紡がれる。 


「ベッドインすると君はまるで人が変わったようにしおらしい姿をみせた。

 どうも緊張しているらしい。普段の素っ気ない姿が嘘のようだ。

 一糸纏わない君が私に背を向けて小さく震えている。

 私は包み込むように後ろから抱きかかえ、そのふくよかな双丘にそっと手を添えると君はぎゅっと身を縮めた。


『もしかして怖いのかい?』


 そう耳元で囁くと君はふるふると首を左右に振り、


『うれしいのです』と目を潤ませて微笑んだ。


 君がそう言った瞬間、二人の間の空気がより親密なものへと変化したのがわかった。

 私は劣情を我慢できず本能の赴くまま君をベッドに組み敷き、百人切りと謳われたこの光って唸る右手を恥丘から延びる深遠なるクレヴァスにシャイニングフィン――」


 妄想の海から帰ってこない葵。完全に手遅れだ。

 朔と希は視線で互いに合図すると、葵に気付かれぬようそっとその場を後にした。



「あの子はともかく、口実としては使えるよね」


 二人で歩きながら朔が口を開く。


「……誰と付き合う?」

「そうじゃなくて、今までは普通にごめんなさいしてきたけど、恋人がいることにしてしまえば告白も減ると思うの」

「でも朔は学園で誰とも絡まないから、すぐばれると思う」


 むうと両手を組み朔は頭を回転させる。


 ……確かに希の言うとおり、学園でまともに話を出来る人物といえば希と葵だけだ。

 そんな自分が誰かと付き合っていると言ったところでまるで信憑性がない。

 現実味を出すとしたら葵との百合関係だが、間違いなく意図的な勘違いをした葵に襲われることは目に見えている。

 それだけは貞操と女装発覚という二つの意味から絶対に避けなければならない事柄だが、さりとて他に協力を仰げそうな人物も思いつかない。

 利便性を考えるなら存在しない人物も悪くないが、存在を疑われた時に証拠となるものが何も無いのは痛い。

 それに相当設定をしっかりしておかないと矛盾が出やすいのもマイナスだ。

 そうなると、学園外にいる同年代の人物が良いのだがそんな知り合いは思いつかない。

 小・中と仲の良い友人がたった一人だけいたが、その子は女の子だ。男子となると――


 考え込んでいた朔がふと閃いたのか、ぽんと手をたたいた。


「……拓真がいた」


 朔はうむうむと一人頷きながらさらに考える。


 ……拓真なら、学園外にいる同世代の男子という条件に合致しているし、証拠となる本人の写真もある。

 しかも本人は市外の学校という設定だ。

 他者が接触する心配は無い。

 本物の拓真の存在を知っているのは希と繭子さんくらいだし、学校に関係あるのは希だけだ。

 希に口止めをすれば本当の関係がばれる心配も無いだろう。

 よしこれで決まりだ!


 考えが纏まった朔は明るい声で希に提案した。


「思いついたのだけど……」

「どーせ、お兄ちゃんでしょ、好きにすれば。別にお兄ちゃんだって反対しないと思うし」


 希は何故かそう吐き棄て、早足になって朔を引き離す。


「あれ? もしかいて拓真との恋人のフリに妬いてるのかなー?」


 そう話す朔の顔はニヤニヤだ。

 朔の言うとおり希は確かに妬いているのだが、それを認めるのが癪なので平然と言い放った。


「別に妬いてない」

「またまたー♪」

「ただの恋人のフリに妬くなんてありえない」


 自分に言い聞かせるように希は答えた。

 しかし体は正直で、朔を引き離すように先ほどよりも随分と駆け足になっていた。


「大丈夫、心配しないで! お姉ちゃんはいつでも希ひとすじだよ!」

「そっちなの!」


 朔のずれた回答に思わず希がつっこんだ。


「えっ、何が?」

「ええっ、何で!?」


 さっぱり解らないという感じの朔。

 柄にも無く希も驚いた。

 そもそも希としては拓真が朔に靡くのが気に入らないのだが、朔の考えはどうやら逆だったらしい。

 どれだけ自信過剰なのかと思わずにはいられない希だった。


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