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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第二話 告白は挨拶の後に

 朔と希は二人が通う天道学園へと通じる道を歩く。


 ちょうど登校時間というのもあり、同じ制服を着た生徒がぞろぞろと同じ方向へ向かっており二人もその流れに乗った。

 夏の蒸し暑さは無くなり、すっかりと秋めいた晴れの空の下、朔が空を見上げながらおもむろに口を開いた。


「今日も良い天気だね、希♪」

「……で?」


 ニコニコと話しかける朔とは対照的に希は興味が無いのか無表情だった。無理も無い。何かと思えば、中身の無い問いかけだ。希が反応しただけでもマシである。


「イギリス紳士的日常会話の切り出し方だよ。これから会話を展開するための布石なの」

「で、どう展開するつもり?」

「お姉ちゃんとお手て繋ごう!」

「……話の前後に脈絡が無い」


 希は何に言っているんだこいつはという表情を浮かべた。しかしそんなことでへこたれる朔では無かった。可愛い妹とのスキンシップは朔の生きる力の源だからだ。

 朔は冷たい視線もお構いなしに隣を歩いている希の手を握ろうと手を伸ばす。が、既の所ですっと手を引っ込められてしまった。


「避けられた!」

「……気のせい」


 朔はこの世の終わりだとういうような表情を浮かべ嘆いてみたが、希の表情に変わりは無い。

 朔は「気のせい」という言葉を信じ、再度握ろうと手を伸ばすがやはりするりと避けられてしまった。


「やっぱり避けられている!」

「…………」


 朔は大袈裟に驚いてみせると両手で顔を覆いさめざめと泣いたフリをした。だが、無常にも希は朔を放置してスタスタを先に歩を進める。


「待ってよ、置いてかないでよ、せめて突っ込んでよ!」

「朔のそういう面倒くさいところが嫌い。大体、高校生にもなって手を繋いでとかありえないから」


 一刀両断である。しょぼんと気落ちする朔。


 ……もしかしたら希に嫌われているのだろうか?


 そんな言葉が朔の頭を過ぎる。


 ……いやまて、「そういう面倒くさいところが嫌い」と言っているということは、裏を反せば他は好きと言うことになるのではないだろうか? それに世の中にはツンデレというものがあると聞いた。希もそれに違いない。ということは、総体的にみれば希はボクが好きということに!


 随分と都合の良い論理展開だが脳内で出た結論に朔は一人納得、うんうんと頷いていると不意に後ろから声がかかった。

 振り向くと大柄な男子がどこか緊張した面持ちで朔を見つめていた。

 制服をみるに同じ学園の生徒であるのは間違いない。顔もどこかで見たことがあるが思い出せなかった。


「玉桂朔さん、俺、同じ学年の対馬って言います。少し時間よろしいですか?」

「ええ、何か御用ですか?」


 朔が男子に微笑みながら問いかけていると、追ってこない朔が気になったのか、先行していた希が振り返ってこちらを向いた。

 希は一度首を横にひねった後、訝しげな表情を浮かべ朔とその後ろにいる男子を交互に見ながら近寄ってくる。


「……対馬だ」

「ああ、玉桂さんおはよう」


 対馬という男子は希に視線を移して軽く手を挙げた。


「希、知り合いなの?」

「同じクラスの男子、たまに話しかけられる」

「たまにって、よく話していると思うけど」

「……そうだっけ、記憶に無い」

「酷いなあ」


 希のとぼけた回答に男子が苦笑する。そんな二人のやり取りを見て朔はぱっと閃いた。

 どこかで見たことがあるこの男子は昼休みによく希に話しかけているヤツに間違いない。朔がいつかシめてやろうと思っていた人物の一人だ。

 一瞬、この場で一発殴ってやろうかと考えたが、人目があるし希の手前そうもいかないので我慢して、嫌味の一つでも言うことにした。


「あぁ、よく希にちょっかいをかけている方ですよね? 何の用ですか?」

「ちょっかいって……いやっ誤解ですよ、誤解!」


 朔の棘のある発言に男子は慌てて弁解した。何が誤解であろうか、下心を持って希に近づいたことに違いないと朔は考えたが、ふと疑問が生じた。


 ……そういえばボクに用があったみたいだけど何だろう? 希絡みかなぁ?


 朔がそんなことを思案していると、男子が意を決したのか急に口を開いた。そしてその瞬間に朔の疑問は解けることとなった。


「一目見たときから、あなたの事が好きでした! 俺と付き合って下さい!」

「えっ? ええっ!」


 朔は絶句した。とっさに隣にいた希に助けを求めたが――


「付き合っちゃえばいい、歓迎する」


 ――と、まるで他人事のご様子。


「あの、そのなんといえば……」


 あまりに急な展開のため朔の頭の回転が追いつかない。

 実は朔にとって告白されること自体は珍しい事ではなかった。

 事実、半年前に中高一貫校である天道学園の四年生(高校一年生相当)に編入して以来、週一回くらいは起こっているイベントなので既に日常業務の域に達していたのだが、そのほとんどは呼び出し系だったため会話の途中でいきなり告白というシチューエーションに対応出来ずに混乱してしまったのである。


「あなたを大切にします、守ります。望むことなら何だってしますから、どうか俺と付き合ってください!」


 男子は思いの丈を全て打ち明けると朔をじっと見据えて、その答えを待った。

 一方、朔は乱れた心を落ち着かせるために目を軽く閉じ俯いた。

 寸暇の沈黙が二人を包む。通学中だった周りの生徒たちも足を止め、その成り行きを固唾を呑んで見守る。

 そして朔はおもむろに顔を上げて口を開く。

 男子はごくりと喉を鳴らす。


「……ごめんなさい、告白してくれた事は嬉しいですけど、あなたの気持ちは受け取れません」

「……そうですか。いやお時間取らせてすいませんでした」


 男子は朔の返事を予想していたのか、残念だという表情を見せながらも、意外とすっきりした顔で微笑みながら謝罪した。

 もう少し粘ってくるかもしれないと内心で身構えていた朔だが、思いのほか誠実で諦めのいい男子に感心。いつかシメるリストからこの男子を外すことにした。希自身もこの男子には気がなさそうであるし、誠実さを上手く利用すれば希の虫除けや安全確保に役に立つと踏んだのだ。

 どう使うかはこれから考えるとして、とりあえず今は友好的に振る舞って顔を繋いでおけば、男子の方も惚れた弱みで朔のお願いを邪険にはしないだろう。

 朔は頭の中で素早く打算すると、清楚なお嬢様のような微笑みを男子に向けた。


「お気遣いありがとうございます。あなたのように誠実な男性が妹の友人で良かったと思います。どうか、これからは妹だけではなく、私とも仲良くしてくださいね」


 打算99.9%、本心ほぼ0の朔の社交辞令が炸裂だ。

 朔の打算たっぷり清楚系お嬢様スマイルとその言葉にすっかりとのぼせ上がった男子は声をどもらせながら、


「あ、ははははい! もちろんです! 朔さんこれからお願いします!!」


 と、大きく一礼した。朔が計画通りとほくそ笑んでいると、隣にいた希がつまらなそうに鼻を鳴らした。


「なーんだつまんない。付き合っちゃえばいいのに」


 朔の対応が気に食わなかったのか、希が何故か拗ねていた。


「希はお姉ちゃんが他の人のものになってもいいの!」

「構わない。むしろ歓迎」


 希のあんまりな答えに朔はショックを受けていると、先程の告白男子が申し訳なさそうに話しかけてきた。


「あの、一つ教えてください! 俺のどこが駄目でした? 参考までにどうか!」

「え……っと……」


 朔は言いよどむ。


……どこがというかそもそも性別がダメだ。同性と付き合うなんて死んでも御免だ。しかし、これをそのまま言うと間違いなく勘違いされる。百合キャラ確定だ。

 大体、「どこが」と聞かれても元々恋愛対象になり得ない相手だ。あえて言うのなら全部だ。ああ、そうかそう言えばいいのか。


 朔は腑が落ちたように呟いた。


「そうですね、全て駄目です。全部です」

「す、全て……」


 全てと言われた男子は流石に傷ついたのか、ふらふらとその場を立ち去ってしまった。


「あ、あれ、失敗?」


 そんな男子をみて、どこが悪かったのか解らず朔は首をかしげた。

 明らかに言い回しが良くなく、もう少し婉曲的な表現を心がけるべきだったのだが、相手を気遣った経験があまりない朔はそこまで思い至らなかったのだ。

 朔がうむむと失敗の理由を考えていると、背後から声がかかった。


「あははっ、流石だねー、朔ちゃん。女子人気学年トップの一角といわれる対馬君に対して全部ダメだなんて普通は言えないよー」


 朔が声の方に振り向くと女子が一人ニコニコと手を振りながら近づいてきた。同じクラスの天蓋葵だ。

 朔が認識している情報によると、葵は生徒会に所属しており役職は広報の活動的な女の子である。

 希や真冬花には当然負けるけれども、それでも平均を大きく上回る見目の良さを持つ少女だ。

 瞳は垂れ目がちだがくりくりとしており、髪は軽くウエーブして艶やかに輝いている。そしてなりより制服の上からでもはっきりと大きさが確認出来る位に豊満な胸がその存在を誇示していた。

 その姿は一見するとおっとりとした良い所のお嬢様の雰囲気を醸し出しているが、葵の人となりを知っている朔からすると詐欺以外の何者でもない。

 ちなみ詐欺の部分は『良い所のお嬢様』ではなく『おっとり』の部分だ。良い所のお嬢様なのは事実で、葵の実家である天蓋家はこの向日島を統べる日野和家に連なる名家の一つである。

 なお、詐欺の部分である『おっとり』だが、おっとりしているのはあくまで見た目だけで、実際にはセクハラ好きで喋ればマシンガントークなうえに、常に獲物に餓えている獣のようにがっついているのだ。主に女子に。

 簡単に言うと百合趣味なのだが、朔も何度襲われそうになったか分からない。男子なのに。

 まあ、これは性別を偽っている朔にも責任があると言えるが。


「なんだキミか。見ていたんだ。趣味悪いよ」

「うん、一から十まで見たよ、私は朔ちゃんの事を常に見ているからね、どんな時も」

「……怖いからやめて」

「やだ、怖くないよ、ライクだよ、ラブだよ、フィリアだよ、アガペーだよ、むしろエロースだよ、愛情だよ、愛だよ愛」


 わざとらしい身振り手振りをつけて語り出す葵を見て嫌な愛情だなと朔は思ったが、口にだすと面倒なのでその言葉を飲み込む。


「ところでさっきのあれ、私が意中の相手にあんなこと言われたらもう立ち直れないよ。真っ白に燃え尽きちゃうよ。希もそう思うでしょ」


 どうやら朔が先ほど告白してきた男子に言った言葉を指しているようだ。 同意を求めるように葵は希に視線を移す。


「まぁ、同意」


 希も同じ考えらしい。いまいち納得できないが、そういうものなのかと朔は首を傾げる。


「うーん、そうなのかぁ。それにしてもどうしてこう告白が多いのだろう……」

「いやいや、朔ちゃん。中学生時代だっていっぱい告白されたでしょ?」

「全然。中学校では告白なんて一度もされたこと無いよ?」

「本当に? にわかには信じがたいけど」


 葵は疑いの眼差しで朔を見つめた。

 いかにも男子受けしそうなザ・女子である朔がこの学園に編入してくるまでに一度も手を出されたことが無いとは到底思えなかったのだ。


「本当だって


 ……そもそも前の学校では周りから浮いていたからなぁ。


 朔は心の中でそんな事を考えつつ、苦笑して答えた。


「まぁ、過去の事をいま言い争っても意味ないから置いておくとして、話を戻すと朔ちゃんがモテモテで告白されまくりなのにはちゃんと理由があるのです」

「理由って?」

「……聞きたい?」


 葵は手を腰にやり前屈みになって朔の顔を覗き込む。口元は両側がつり上がり悪戯な表情を浮かべている。

 どうやら朔がその話題に食いついてくると踏んでいるようだ。そんな葵を見て朔は寸暇の思考ののち答えた。


「えっと、別に聞かなくてもいいかな。希は?」

「えっ?」

「全く興味ない」

「ええっ?」

「了解。じゃあね。私たちは学校に遅れるといけないから、先に行っているね」


 朔は早々に会話を打ち切り、希と共にさっさと歩き出した。ぶっちゃけ、朔にとっての関心事は希だけである。だから自分が男子にモテる理由などどうでも良かったのだ。

 大体、心根が男子である朔は男にモテても嬉しくないのである。


「そんな、折角こんなこともあろうかと用意してきたのにぃ! ちょっとだけでいいから、先っちょだけだから、痛くしないから、事後も冷たくしないからぁー!」


 しかし、そんな事情を葵が知っているはずも無いため、冷たくされた葵が悲痛な叫びをあげて意味不明なことを口走った。まったくもって痛い子丸出しである。


「……参ったなぁ。希、どうする? 人の目もあるし、このままこの子を放っておくと何言い出すかわからないかも?」


 放置すると放送禁止用語を連発しそうな雰囲気を察し、朔は葵に聞こえないように希に耳打ちをした。希もそれを察したのか小さく頷き、葵に言った。


「……歩きながらなら聞いてもいい」

「そうだよね、やっぱり二人とも興味あるよね、津々だよね! これだからツインデレどもは誘い受けが得意なんだから!」


 葵はやれやれと両手を広げ、首を左右に振る。顔は完全にドヤ顔だ。


「ちなみにツインデレとはツインズとツンデレを足した造語だよ! 二人が早く私にデレるのを待っているんだけどなー。チラッ」


 調子の良い葵を見て、どこからその発想が生まれてくるのか朔は不思議に思いながら、葵を一瞥。冷たく言い放つ。


「やっぱり聞かなくていいや」

「すいませんでしたぁ! 調子に乗ってました!」

「……バカばっかり」


 希は疲れたように深いため息をついた。


登場人物

天蓋葵てんがい あおい……朔のクラスメイトで巨乳。生徒会広報。

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