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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
エピローグ 最初の一歩を踏み出すとき
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最終話 ボクと妹と不適切な仲間たち

 よく晴れた月曜日の生徒会室。

 朔は一夏たち生徒会執行部の面々に頭を下げていた。


「皆さん、今まで本当にご迷惑をおかけしてごめんなさい!」

「どうしたいきなり? 何についての謝罪をしているんだ?」


 一夏がとぼけたように聞き返すと、朔は頭を下げたまま懺悔の内容を羅列する。


「金曜の希の件とか、土曜日の失踪の件とか、今までの態度とかそのいろいろです。こんなことを言うなんて都合がいいと思われるでしょうが、これからは生徒会の一人として一生懸命頑張りますので、どうか末席でもいいので置かせてください!」


 朔は下げていた頭をより深々と下げると生徒会に居られるよう嘆願した。


「ふむ、確かにここ数日の朔の行動は副会長としては明らかに軽率だった。生徒の代表たる生徒会を運営するうえで看過できない問題なので、それ相当の処分が妥当だが……」


 一夏がいつもには無い真面目な表情で朔の処遇に頭を悩ましているなか、


「あら、朔さんが珍しい……」

「……あの朔ちゃんが謝った……だと?」


 朔の謝罪を聞いた真冬花と葵が目を丸くしていた。

 それもそのはず。朔が希以外に謝罪する姿を真冬花も葵も今まで一度も見たことが無かったからだ。

 しかも一時はあんなに辞めたがっていた生徒会を朔の方から残りたいと言い出すなんて、三日前には考えもつかない事だったのだ。

 朔は絶句して固まっている葵に気がつくと、


「葵も今まで冷たくしてごめんなさい。それにいつも気にかけてくれてありがとう。……これからもボクと仲良くしてくれると嬉しいな……」


 葵から視線を外し、恥ずかしそうにもじもじして言った。


「さ……朔ちゃんが初めて名前で呼んでくれた……それに仲良くしたいだなんて……しかも実はボクっ娘だったなんて……」


 いつも朔に『キミ』と代名詞で呼ばれていた葵が、初めて名前で呼ばれたことに感動して言葉を詰まらせた。

 そんな朔と葵を見て、得心した佐鳥が手をぽんと叩いた。


「なるほど、さとりました。どうやら朔先輩はデレ期に突入したようですね」

「なんと! ついに……キ、キターー! デレ期、デレ期、デ・レ・期・が・キ・タ・ーー! 父さんの言うとおりデレ期って存在したんだ! さあ朔ちゃん、私の胸に飛び込んできて! 今すぐ! かもーん! かまーん! かむ――っ痛! 痛いって朔ちゃん! でも、気もちぃぃーー!」

「もー、葵はすぐ調子に乗るんだから! そういうところ良くないよ?」


 葵がウザくなり思わず手が出てしまったDV朔が説教だ。もっとも葵もなぜか嬉しそうである。


「ふむ、朔も副会長としての自覚が出て来たようだな」


 そんな朔の言動を見て、和春が満足そうに呟いた。


「和春先輩、金曜日は私と希を助けていただきありがとうございました」


 朔は和春に向かって深々と頭を下げた。


「別に礼には及ばん。趣味のついでのことだ。それに新しいのも出来たしな」

「あの……新しいのって?」


 朔は意味が判らず聞き返すと、時を同じくしてガラガラと生徒会室のドアが開いた。

 朔がその音に釣られてドアの方向に振り向くと、可愛らしいメイド服に身を包んだ小柄な少女がタタタと小走りで和春に走り寄り、そのまま抱きついた。


「和春さま! 用事を足してきました!」


 和春はその少女を優しく抱きとめ、そうかと頭を優しく撫でる。

 少女は幸せそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らした。朔は訝しみながら口を開いた。


「あの……そちらはどちらさまです?」

「ああ、ほらきちんと朔に謝りなさい」

「はい、和春さま。玉桂さま、僕の勝手な逆恨みにより、多大なご迷惑をおかけして申し訳ありません。もう、あのようなことは二度と起こしませんのでどうかお許し下さい」


 メイド服の少女は朔に向かい直り、礼儀正しく斜め四十五度のお辞儀をした。


「ええっ! 何のことです!?」


 朔は謝罪される理由が判らず、和春に視線を向け説明を求めたが、和春は満足そうに少女を見つめたまま何も話さない。すると、メイド少女が両手をぱんと叩き合わせて自己紹介する。


「ああ、僕が誰だか判らないのですね。申し遅れました。僕は空手部元副部長の大三島歩です」

「ええええええええええええっ! そんな馬鹿な! これがあの大三島ですか!?」


 朔は驚愕して大三島を見た。すると、和春は満ち足りた表情で頷いた。


「ああ、彼……いや彼女は天道式教育術により生まれ変わったんだ」

「……これだから変態は嫌なんです!」


 佐鳥が苦々しい表情を浮かべ吐き捨てた。

 一方、一夏は和春の手腕にうんうんと感心する。


「天道式は納得の教育力だな。さすがは日野和の教育を一手に担っているだけある」

「いや、短期間で変わりすぎですって!」

「いや、ホント、日野和の関係って行動がブラックだよねー。朔ちゃんも気をつけてね」

「葵だって日野和の関係でしょうが! それよりもコレは良いの!? 完全に別人だよ!?」


 朔が大三島を指差しながら問いただすと、和春の横で礼儀正しく控えていた大三島が首を横に振った。


「僕も始めは嫌だって拒否していたんです。だけど和春さまとお話しているうちに、なんだか意識が朦朧としてきて、初めは痛かったんですけど、だんだん気持ちよくなってきて、いつの間にか女装の素晴らしさに気がついたのです。だから、そんな本当の自分に気がつかせてくれた和春さまには感謝の気持ちしかありませんし、元に戻りたいとも思いません。朔さまも和春さまを責めないでやって下さい。どうかお願いします」


 大三島は幸せそうにそう言い切り、朔に再び頭を下げた。

 朔は頭痛を抑えるように額に手を添え、ふるふると頭を左右に振った。


「……これって薬物使って洗脳していますよね。確実に」

「いやいや、あくまで教育的指導だけだぞ。……その手法は一切明かせないがな!」

「朔先輩、この変態に騙されてはいけないですよ。こうやって私の(元)弟も……うぅ……。でも、空手部×変態はありだと思います! 変態×空手部は論外ですけどね!!」


 大三島と同じように教育され、男の娘に変わってしまった弟を偲びつつも、カップリングによってはアリだと主張する佐鳥は残念ながら骨の髄まで腐っていたようだ。


「……佐鳥ちゃんも大概だよね」

「まあ、さとりんも一端の日野和の関係てことだよー」

「つまり人間的にどこか終わっていないと日野和では一人前と認められないのか……」

「誤解です! 現に私は人間的に正常ですが、既に一人前と認められています!」


 朔は諦めたように呟くと、真冬花が心外とばかりに吼えた。どうやら自分はあくまで正常だと思っているらしい。


「真冬花、頭は大丈夫? それマジで言ってるの? 真冬花だしやっぱりマジなのかなぁ……」

「ああ、さとりました。無自覚ほどタチの悪いものはないと。大丈夫です、真冬花先輩! 今からでも遅くは無いですから!」


 葵と佐鳥が達観と憐憫の混じった瞳を真冬花に向けつつ言った。

 それは自己評価の下方修正をするべきであるという訴えでもあった。


「何ですか、二人とも! 私がまともでないとでもいいたいのですか! 朔さんも何か言ってやってください!」


 二人の言葉に納得できないと、真冬花が朔に擁護の言葉を求めた。


「ええっ!? ……えーと、真冬花さんも……少し個性的……だと思います……」


 いきなり意見を求められた朔は、何かに迷うように視線をあちこちに移しながら控えめに答えた。

 その言葉は真冬花を気遣いながらも、葵や佐鳥の意見を認めるものだった。


「そっ、そんな……朔さんまで……。私は正常では無かったのですね……ふふふ……」


 真冬花は自分の本当の評価を知り椅子に崩れ落ちると、シニカルな笑みを浮かべクスクスと笑い出した。


「ああっ、真冬花さん! 気をしっかり!」

「あやつ……じゃなかった真冬花先輩、ついに気がつきやがりましたねー」

「やっぱり、気がついていなかったんだねー」


 他人事のように葵と佐鳥が囁きあっていると、


「おい、お前たち、じゃれ合いはそろそろ終わりにしろ!」


 それまで静観していた一夏が一喝する。すると、それまで浮ついていた生徒会室の空気が一気に引き締まった。

 一夏は静かになった生徒会室をぐるりと見回し、ゆっくりと口を開いた。


「さて、ここ数日に朔が引き起こした騒動に対しての処分だが、この度の朔の一連の行動を鑑みて、今の体制では朔が副会長として勤しむことが難しいと俺は考えるが、皆はどうだろう」


 遠回しな言い回しだが、それは事実上の戦力外通告だった。


「そうですよね……会長の言うとおりです……」


 朔は小さく首肯すると、諦めるように目を伏せた。

 その瞳にはうっすらと涙が滲む。その姿は世の男ならだれもが保護したくなるくらい儚かった。

 一夏は改めて朔に惚れ直しつつ、朔を慰めようと手を取った。


「おい朔、泣くなって。まだ話に続きがあって――」

「兄さんは朔さんを生徒会から追い出すつもりですか!? 私は反対です! それでも朔さんを解任するというのなら、私も一緒に生徒会を辞めます!」


 一夏の言葉を遮り、真冬花が強い調子で断固反対の意思を表明する。


「真冬花さん……」


 真冬花の男気溢れる啖呵に朔は涙を堪え言葉を詰まらせる。


「だから、そうじゃ――」

「そうだよ、一夏くん! 朔ちゃんを追い出したら一夏くんの悪い噂が学園中で飛び交うからね!」


 一夏が慌てて何か発言しようとしたが、今度は葵が一夏の言葉を遮った。


「大体、朔先輩には散々振り回されたお礼(参り)をしないといけないのに、解任なんかされたら迷惑です」

「皆に同意だ。朔にはまだまだ(社会の)掃除を手伝ってもらわないといけないしな」


 真冬花や葵に同調するように佐鳥と和春も朔の解任に反対する。


「みんな……ありがとう……ボク……うれしいです……」


 涙を我慢していた朔の瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れた。

 そんな朔を見て葵達が一夏を一気に批判する。


「あーあ、一夏くんが朔ちゃんを泣かしたー! どう落とし前つけてくれるのかな?」

「兄さんは最低のクズですね」

「見損なったぞ、一夏!」

「さとりました。これが見たかったんですね、この変態二号!」

「だから、お前らは俺の話を最後まで聞け! 俺は朔を解任するなんて一言も言っていないだろうが!」

「えー、ここになっていきなり日和見なのー? 一夏くんってば超へたれ!」

「兄さんは最低のクズですね」

「見損なったぞ、一夏!」

「さとりました。これが二枚舌ってやつですね、このコウモリ野郎!」

「あーもー、お前ら、超面倒くせーー!! もーいいや。おーい、入ってきちゃって!」


 何か企んでいる風な一夏だったが、話を聞かない真冬花たちに業を煮やし、予定していた段取りをすっ飛ばして生徒会室の外に声を掛けた。

 すると、生徒会室のドアが開き、一人の少女がしずしずと入室した。

 それは朔の妹である希であった。


「えっ……あ……、希? どうしてここに?」


 朔は涙を拭いながら希に問いかけた。

 しかし希は軽く微笑み返すだけで朔の目の前を通り過ぎると、そのまま一夏の横まで歩を進めた。


「紹介しよう。今日から生徒会執行部の庶務に就任する玉桂希くんだ。彼女については皆、知っているだろうが一応な。なお、朔には一連の罰として彼女の教育係を任せるのでしっかりと頼むぞ」


 一夏が希を紹介すると、希が緊張した面持ちでぺこりと一礼し挨拶をする。


「玉桂希と申します。些か力不足だとは思いますが、姉共々ご指導ご鞭撻お願いいたします」

「キターーーー! 朔ちゃんに続いて希もゲットだよー! うへへ、これはハーレムルートに突入の予感だね!」

「兄さん、これは一体どういうことですか? 朔さんの進退の話ではなかったのですか?」


 狂喜乱舞し拳を天に突き挙げている葵を尻目に、真冬花が一夏に説明を求めた。


「だからそれが勘違いだ! 俺はあくまで「今の体制では朔が副会長として勤しむことが難しい」と言ったんだ! つまり「今の体制では」朔が「勤しむことが難しい」ということだから、朔が力をきちんと発揮できる体制にしてやれば良いと言う意味だったんだよ! 朔はいつも希くんのことばかりを気にしていたから、持っている力も発揮しきれずにいたし、彼女を餌に襲われたりもした。だから、その杞憂を一度に解決するために希くんを生徒会執行部に迎えることにしたんだよ! わかったか? わかったんなら、大岡裁きを超えた俺の偉大さを称えろ!」

「……私は初めから兄さんを信じていました。ねえ、葵?」

「そうだね、真冬花! 私も一夏くんはやれば出来る子だって信じていたよ! 一夏くんマンセーー!」


 真冬花と葵があっさりと掌を返し一夏を褒め称えた。


「さとりました。どいつもこいつも二枚舌のコウモリ野郎だと!」

「まあまあ、柔軟なのは良い事だ」


 その変わり身の早さに佐鳥が毒づいた。和春も苦笑しながら佐鳥を宥めた。


「どうだ、朔も俺に惚れ直しただろう――って、おい大丈夫か!?」


 一夏が得意げな表情で朔に問いかけようとしたところ、朔の尋常でない様子を見て慌てた。なぜなら、朔は表情のないまま立ち竦み、その瞳からは溢れんばかりの涙が滔々と頬を伝っていたからだ。

 朔は一夏の声に気がつくと、ふるふると首を振り「ごめんなさい、ボク泣いてばかりだ」と涙を拭う。そして、一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせて涙を止めると、一夏を見据え惜しみない感謝の念を込めて言った。



「ありがとうございます。ボク、生徒会に入れて本当によかったです」



 ―――と。

 その声はまるで天使の歌声のように澄んでいて、浮かべた微笑みは春のぬくもりのように温かく、そしてなによりも可憐だった。それは国色天香の如きであった。

 朔の自然であまりに美しい微笑みに誰もが声を失い見とれていると、ふいに我に返った葵が叫び声を挙げて飛びついた。


「さっ、朔ちゃん! サイコーだよ! 今日はもう、このままお持ち帰りだ!」

「わぁ! 葵、駄目だって! あわわ、体を弄らないでぇ!」

「やはり俺が惚れただけあるなぁ……」

「うむ。男の娘にしか食指が動かない俺でも不覚にも萌えてしまったぞ」

「悔しいけど、さとりました。会長は女を見る目があります。って、真冬花先輩、顔が真っ赤ですよ? 朔先輩にマジ惚れしました? 遂に百合ワールドに入国ですか?」

「えっ!? いや、そんな、でも朔さんとなら……って、何を言わせるのですか!」


 佐鳥のからかいに、真冬花はしどろもどろになりながらも反論だ。


「だめだよ、真冬花! 朔ちゃんは私と結婚するんだから! カリフォルニアで!」

「そうだぞ、真冬花! 兄嫁に手を出すなんて許さんぞ!」

「……本当にあなたたちは……」


 朔の所有権を主張する葵と一夏であった。

 そんな二人の言動に真冬花は頭を抱えていると、いつの間にか葵から抜け出した朔が真冬花の腕を取り、イタズラな笑みを浮かべ言った。


「残念ながら、お二方の妻になるつもりはありません。だって、ボクのことは全て真冬花さんに丸裸にされてしまいましたから。ね、あなた♪」

「なっ! 朔さん!」


 朔の爆弾発言に一瞬、生徒会室の時間が止まった。漫画的慣用句で表現するとザ・ワールドである。そして次の瞬間、時は動き出し、絶叫が室内に響き渡った。


「私の朔ちゃんがうぶなねんねちゃんじゃ無くなったぁーーーーーーーー!!(泣)」

「神は死んだ! 妹に嫁を寝取られるなんて、俺はこれからどう生きていけばいいのだ! よし、死のう!」

「落ち着け一夏。俺みたく自己生産すればいいだろう。な、歩?」

「あっ駄目です、和春さま……こんなところで恥ずかしい……」

「ホント、変態しかいない生徒会って最悪です……。あっ、さとりました。みんな死ねばいいのに!」

「もう! 誤解ですってば! ねえ、朔さんもそう言ってやって下さい!」

「さあ、どうでしょう?(ニヤニヤ)」

「あー、こいつ、この状況を楽しんでいりやがりました! これだから清純派ビッチは嫌なんです!」


 混乱する生徒会の中、事態を冷静に眺めていた希が毒を込めて呟いた。


「……本当にバカばっか」


 そういいつつも、希はどこか嬉しそうに口元を緩め、いつまでも朔とその仲間たちを見守っていた。




これにて朔の物語は終わりです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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