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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第十七話 きえてなくなる方法

「んー! 良い天気、良い空気♪」


 朔はバスを降りると、深めにかぶっていたキャスケットと眼鏡を外し、空の真中に輝く白日に向かって大きく背伸びした。

 降り立ったバス停の眼下には色とりどりに染まった木々とそれを映し出す湖面が大きく広がっており、まさに風光明媚な眺望であった。

 朔はトイレで拓真から朔の姿に戻ると、湖畔を見下ろす展望台に程近い東屋に行き、中にあるベンチに腰掛けた。


「こんなに綺麗だとは予想してなかったなぁ……」


 朔は紅葉した木々の色に染まる湖を見て感嘆の声を漏らした。

 この湖が紅葉の名所であることは知っていたし、写真で見た事もあるがやはり自身の瞳でみる光景は格別なものであった。


「……でも、人も思ったより多い。しばらくは一人になれそうにも無いね」


 湖に覆い被さるように作られた展望台には風景を楽しむ観光客が絶えず、また、東屋に隣接した大きめな駐車場にも車が常に停車しており、とても直ぐに一人になれる状況ではない。

 朔は軽く嘆息すると、一人になれる瞬間を気長に待つことにした。

 大丈夫、家は希に悟られないように出てきたし、今日は拓真の姿をしてここまで来たので道中で朔を見たという人物も居ないだろう。ならば展望台が無人になるまでゆっくりと待っていればいいのである。

 朔はそう結論をだすとベンチに寄りかかり全身の力を抜いた。


「あはは! すごい! きれー! お母さん、すごいきれーだよ!」


 四歳くらいの男子が朔の目の前を横切って展望台に向かって元気良く駆けていく。


「こら、待ちなさい、走ったら駄目よ!」


 男子の母親が慌てて後を追う。

 朔はその親子の姿を眺めながら亡き母の事を夢想した。


 ……なんでお母さんは最後にボクを助けたのかな?


 朔を庇い、代わりに母が命を落とした事故のことを思い出す。


 ……ボクなんて助けなくたって良かったのに。それで自分が死んじゃうなんて、ほんとばかだよね。


 そもそも母にとって朔は必要が無い子供だったのだ。それなのに朔を助けて自分が死んでしまうなんて本末転倒である。しかも朔を助けたおかげで希は危険に晒されるし、心に傷を増やすことになったのだ。

 本当に余計なことをしてくれたものであると朔は心の中で冷笑する。


「でも、それも今日で終わり。希、ごめんなさい……ボクは何もかも足りない兄でした」




「……見つかりませんね。朔さんはどこにいったのでしょうか……」


 真冬花はすっかりと傾いた太陽を眺めながら呟いた。

 真冬花と希、繭子は生徒会執行部の面々と手分けして駅や港、バスセンターなどの向日島から北海道本島に出るための公共交通機関や北海道本島に架かる向日島大橋に設置されている最新型監視カメラの映像を、朔が拓真の格好をしているかもしれない事を踏まえつつ、くまなくチェックしたがそれでも朔の足取りは掴めず、ただ時間だけを浪費していた。


「これだけやって出てこないところを見ると、まだこの向日島の中にいるのかも知れないね」


 繭子が疲れた声で言った。

 繭子だけでは無く真冬花と希の表情にも疲れの色が浮かんでいる。


「……確かに。では、島内の宿泊施設やネットカフェなどを当たってみましょう。希はどうします? 一度帰宅した方が……」

「私は大丈夫。朔を見つけるまで家には帰らない」


 真冬花は疲れの見える希を気遣い帰宅を勧めるが、希はきっぱりと断った。

 ここで妥協すれば朔と向かい合うチャンスを永遠に失うという予感が希にはあったのだ。

 希は気合を入れ直すと、早く朔を探しに行こうと逆に真冬花の手を引いた。


「もう……あとで寝込んでも知りませんからね」

「いいから早く早く」

「はいはい。そんなに慌てない……っと、葵から電話だから少し待っていて下さい」


 葵からの着信に気がついた真冬花は希を制止した。

 なお、葵と一夏はバスセンターを調査していたので、バスが正解だったのかもしれないと真冬花は思いつつ電話に出た。


「もしも――」

『はーい、こちら葵ちゃんでーす! 真冬花ぁ、元気? 私は元気ですぅ!』


 無駄にハイテンションな葵のキンキン声が電話越しの真冬花の耳に刺さる。


「用が無いのなら切りますね。では」

『えっ? ちょっ、ちょっと待って! まだ本題を言っ――』


 真冬花は葵の言葉を無視して電話を切ると、では行きましょうかと希と繭子を促した。


「……今の葵からだよね」

「そうでした? よく覚えていませんわ」

「マジかよ……」


 希の問い掛けに真冬花が笑顔で白を切った。

 明らかに意図的である振る舞いに繭子が戦慄していると、真冬花の携帯に再び着信が入った。

 真冬花は何事も無かったように電話を取る。


「どうしました? 何かありました?」

『酷いよ真冬花! いきなり電話を切るなんて!』

「……はて、何のことでしょう? 言っている意味がちょっとわかりません」

『鬼だ、鬼がいる……』

「それよりも用事があったのではないのですか?」

『あっ! そうそう、朔ちゃんは相変わらずどこに行ったのかわからなかったけど、えーと、たくみだっけ? いや、たくま? ……まあ、とにかく私の希ちゃんを振ったヤツに似た男を見たという証言をバスの運転手から得たんで一応報告と思っ――』

「それは本当ですか!? 彼はどこ行きのバスに乗りましたか!?」


 葵の報告に真冬花は素早く食いつく。それを聞いていた希たちはにわかに色めき立った。

 一方、電話越しの葵は真冬花の勢いに気圧されながら口を開いた。


『……んー、それがね――』




「――ええ、わかりました。私達は先に現場に向かいますので、葵は兄さん達と合流してから後を追ってください。ではまたあとで。……どういうことでしょう?」


 真冬花は葵との通話を打ち切ると、手にしていた携帯電話を見つめながら首を傾げた。


「ねぇ、何がわかった? 朔はどこに行ったの? やっぱり島の外?」


 希が矢継ぎ早に質問を投げかけると、真冬花は考え込みながら答えた。


「どうやら朔さんは更柄拓真の格好をして、向日島の外に出るバスでは無く島内を巡るバスに乗っていたようです」

「ふむ、やっぱりまだ向日島の中か。で、どこ行きのバスに乗ってたの? 室津行き? それとも神威浜温泉行きかな?」


 繭子が顎に手を置きながら予想する。

 室津とは朔たちが住んでいる日輪地区からは南に十キロほど行った、向日島南端にある島内で二番目に大きい地区だ。

 また、神威浜温泉は日輪地区から見て島の反対側。西岸に位置する温泉街である。

 どちらの地区も宿泊施設が立ち並んでおり、また室津にはホテルだけではなくネットカフェも多数あるため、身を隠すには丁度良いロケーションである。

 しかしそんな繭子の予想を裏切るように真冬花は首を横に振り言った。


「それが……朔さんが乗ったのは神威湖行きのバスで、時間は午前中らしいです」

「え? 神威湖?」

「……神威湖って春に遠足で行った、あの神威湖?」

「ええ、あの神威湖です」


 繭子は希と顔を見合わせて互いに首を捻った。

 神威湖といえば向日島を代表する観光地である。今の時期は紅葉狩りで賑わっているが、反面、湖畔近くに宿泊施設が無いため、身を隠すには向いていない。

 そもそも神威湖といえば……


「ああっ、そういうことか! くそ、考えが甘かった! 思ってたよりもまずい事になった!」


 繭子は神威湖のもう一つの特徴を思い出し、悪態をつきながら頭を抱えた。


「一体どうしたのです?」

「真冬花ちゃんは神威湖が何の名所だか知ってる?」

「え? ええと、紅葉の名所ですよね?」

「そうだね、良い意味では紅葉の名所だね。では、悪い意味では?」

「悪い意味で、ですか? ええと、確か自殺の名所――って、もしかして……」


 真冬花は繭子の言わんとすることに気がつき絶句する。


「うん、そのもしかして。朔は自殺をするつもりだね」

「そんな……」


 希は愕然として色を失い、眩暈を起こしたようによろめいた。真冬花は慌てて希を支える。


「……『二度と』希ちゃんの前に現れないを実現するには、失踪よりも簡単な解決方法があるってことに朔は気が付いたんだと思う。だって生きているとどうしても人というか社会との関わりが必要になるから、二度と会わないようにするのは結構大変なんだ。人の縁というのも案外馬鹿に出来ないしね。そうなると、『二度と』をもっと簡単確実に、そして短絡的に実現しようとなると、答えは一つ。自殺だよ。朔は遠足の時に神威湖が自殺の名所であることを知ったんだ。しかも神威湖は入水しても死体が上がらないから、発見される心配が無いのも好都合と言ったところだね」


 繭子は苦渋の表情を浮かべて吐き出した。


「……なぜ、狭霧先生はそう思ったのですか? もしかしたらただの観光かも知れないのに」


 そう言いつつも詭弁だなと真冬花は思った。

 真冬花にも繭子の予想が事実であると確信めいたものがあったが、事実を認めたくない一心で出た言葉だったのだ。

 今は夕方、日の入り前である。朔が午前中に神威湖に行ったのが事実であれば、既に湖に身を投げている可能性が高い。

 重い現実を目の当たりにして真冬花と繭子の間に重い空気が漂う。


 そんな時、希が一人気を吐いた。


「そんなのどっちでもいいよ! 居場所がわかったんだから、すぐに朔の所に行こうよ! 諦めるのも後悔も今は必要なんか無い!」

「希……あなた……」

「そうだね、希ちゃんの言うとおりだよ。私達が先に諦めたら終わりだよ」

「……ええ、そうですね急ぎましょう!」

「うん!」


 三人は頷きあうと、繭子の車に乗り込みその場を後にした。




「……やっと、誰もいなくなった」


 太陽が山際に沈み、日中の喧騒が嘘のように鎮まりきった展望台に程近い東屋で、朔はぽつりと呟いた。

 展望台の駐車場にいた最後の一台も先ほど立ち去り、神威湖に存在するのは朔一人だ。

 予定では昼前までに湖の藻屑になっていたはずだったが、観光客が予想以上に多くこんな時間までずるずると来てしまったのだ。

 これほどまでの時間のロスは誤算であったが、結果が同じであれば問題ないと朔は一人納得する。


 朔は東屋のベンチからゆっくりと立ち上がり、展望台の先端を目指して歩み出した。

 薄暗くなった展望台から見る神威湖は漆黒に染まり、日中の色とりどりに染まった水面とは似ても似つかない様相を描いていた。

 展望台の中間まで来たところで朔の足がふと止まった。


「ふふ、やっぱり覚悟していても死ぬのは怖いね。もっと簡単に逝けたらいいのに」


 朔は一度ぎゅっと目を瞑り死への恐怖を抑えると、またゆっくりと歩み出した。

 程なくして展望台の先端まで到達すると、思わず朔の顔に笑みが漏れた。


「もうすぐだね、お母さん。いまからそっちにいくからね」


 朔はそんな呟きを漏らし欄干の向こう側に身を迫り出そうとした刹那、展望台駐車場に一台の車が勢い良く飛び込んできた。そしてそのまま朔の姿をヘッドライトで捉えた。


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