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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第十六話 本当の隠し事

「……朔はね、弓月に見捨てられてから何でも一人でやるようになったの。料理だって洗濯だって勉強だってね。振り向いて貰えないのは努力が足りないからだって言ってね。しかもそんな状況の中、朔は生活費も満足に貰えないのに、希ちゃんや女装の為にお金を使うからいつもギリギリの生活だよ。弓月に他人からの施しを原則禁止されていたから尚更にね。例外は私からの変装支援のみっていう徹底ぶり。つまり、希ちゃんが見た朔の部屋に必要最低限の物しかなかったのは朔の生活に余裕がなかったから。


 あと、現在、朔と希ちゃんが住んでいるマンションは希ちゃんの退院に合わせて弓月が購入した物件なの。で、朔の部屋は朔が実は男だと希ちゃんに露見しないよう閉じ込めておくために、元々物置だったものをちょっとだけ改造して利用したものよ。だから鍵はついているけど、窓は無いし広さも二~三畳と狭い。でもね、あんな部屋でも朔はすごく喜んでいたんだよ。私も部屋を貰えたってね。弓月からのプレゼントとでも思ったんだろうね。ま、そこに引っ越す前に朔が住んでいたアパートには朔の部屋なんて当然なかったから、その気持ちも判らなくはないけど、希ちゃんや弓月の部屋は十二畳よ? 私ならグレるわ。


 それからさっき話した内容からも分かると思うけど、朔が弓月に可愛がられたなんて事実はないわ。もちろん、弓月と一緒に旅行に行ったことなんて一度もない。というか朔はそもそもこの街を一度も出た事が無いの。拓真に変装してよく希ちゃんに語っていた土産話は全て旅行雑誌から仕入れた知識だよ。ちなみに小学校や中学校では修学旅行どころか遠足にすら行っていない。弓月に学校行事に参加することを禁止されていたから。だから行事のたびに欠席。行事の準備も全て欠席。おかげで学校では相当浮いた存在だったみたいだね。まあ、行事参加の禁止は今の天道学園に編入する際に、私が弓月に働きかけて解禁させたんだけど、これは健康面で不安が残る希ちゃんの世話をさせるためよ。それでも朔はね、初めて行った神威湖への遠足がすごく楽しかったって、はしゃぐように言っていたわ。高校生にもなって遠足が楽しいだなんて馬鹿みたい話よね。今時小学生でも喜ばないわ。


 それに朔は他人とは極力関わらないようにも言いつけられていたから、仲の良いクラスメイトや友人は私が知りうる限りではゼロよ。逆にいじめや無視、嫌がらせなんかは日常茶飯事だったようね。朔は私に何も言わなかったけど知り合いの教師から話は聞いていたし、朔の学校帰りの格好や持ち物を見てもそれは一目瞭然だった。あるときね、朔が傷つけられぼろぼろになった教科書をテープで直していたの。朔に「それどうしたの?」って訊くとね、教科書を慌てて背中に隠しながら「転んで落としたら破けちゃったんです」って、見え見えの嘘を言うのよ。私に心配をかけたく無かったみたいだけど、そのいじらしさが余計に辛かったわ。


 ……だいぶ話がずれたわね。つまり朔は弓月に認められたかった。弓月に必要とされたかったの。だからこそ朔は弓月に見捨てられる前の、一番初めに言いつけられた女装になによりも拘ったし、その後の様々な理不尽な言いつけだって守った。自らの意思で家事だって勉強だって人一倍頑張った。子供らしい弱さだって何一つ見せなかった。


 けれど朔は弓月に認められることも必要とされることも無かったわ。朔は結局、弓月に許されなかったの。朔がどんなに努力しても家にも学校にも朔の居場所なんて無かった。そしてこんな事を偉そうに語っている私も朔の港にはなれなかった。


 だから朔は心の拠り所を希ちゃんに求めた。満たされない心を希ちゃんに尽くすことでその隙間を埋めていった。そして、それが病的な共依存へと繋がり、朔は己を失った。希ちゃんの世界が朔の世界となったの。これが、朔の人生」


 繭子はそう言いきると、胸中に溜まった悔恨を吐き出すように長く大きな息を一つついた。


「……ピエロのような人生ですね」


 真冬花が沈痛な面持ちで呟く。


「……だから朔は昨日あんなに私を……」


 そして希は、知らなかったとはいえ、朔を一番傷つける方法で騙し陥れたことを認識し、再び後悔する。


「あれ? そういえば、希ちゃんは朔を探していたんだっけ?」


 真冬花と希が無言でいると、繭子が急に思い出したように口を開く。


「あっ、そうなんです! 朔が朝から見当たらないの。きっと私が朔に酷い事行っちゃったから……」

「何を言ったのですか?」

「昨日、朔に助けてもらったあと「二度と私の前に姿を現れるな、私の前から消えて無くなれ」って……」


 希はその言葉をぶつけた時に朔が浮かべた表情を思い出し、罪悪感から顔を伏せた。


「本当に希はやらかしてくれますね」


 真冬花は呆れたように呟くと、繭子も同調する。


「そりゃいなくもなるよねぇ……。朔のことだから、その言葉を真に受けて二度と姿を現さないようにする可能性が強いわ。そうなると、この向日島から出ていく可能性が高いわね。本当に島から出るつもりなら私に一言相談があるはずなんだけど、思い立っちゃったのかもしれないわね」

「そんな! どうしたら……」

「朔さんの足取りを追いましょう。まだ、時間はそんなにたっていませんし、この島から出るには方法が限られていますから……そうですね、日野和のネットワークで朔さんらしき人物が汽車や船、バスで島の外に行っていないかを調べてみましょう」

「そうだね、お願い。私も車を出して探すわ」

「ええ、こちらこそお願いします。私は生徒会執行部に召集をかけ、情報収集に当たらせます」

「真冬花、ごめんなさい……私が……」


 真冬花と繭子で素早く方針を決める中、希が申し訳無さそうに零した。


「いいの、気にしないで下さい。ああ、そういえば希にお願いしたい事があるのだけど、生徒会室にある私のデスクの中から手帳を取ってきて貰ってもいいですか?」

「うん! わかった! 行ってくるね!」


 真冬花は急に思い出したかのように、希に頼みごとを頼んだ。

 失点続きで落ち込むばかりの希が表情をぱあっと明るくして、二つ返事を返した。

 希は真冬花から生徒会室の鍵を受け取ると、急いで廊下を駆けていく。

 真冬花はその姿を目で追いつつ、音が遠ざかっていくのを確認すると、くるりとベッドの方に反転し、ひどく真面目な表情を浮かべて繭子を見つめた。

 繭子は胡乱な雰囲気を感じ取り半眼になって言った。


「……希ちゃんを遠ざけないと出来ないお話でもあるのかな?」

「ええ、そうですね。希には聴かせたくない内容です。……先ほど狭霧先生は朔さんや希の父親に付いて知らないとおっしゃっていましたが、あれは嘘ですよね。それに朔さんが女の子として育てられた経緯もご存知なのでしょう? そしてこの二つは密接に関係しているに違いありませんか?」

「真冬花ちゃんって、意外としつこいんだね。なんだか君のお母さんの識子そっくりだよ……」


 繭子が溜息混じりに言うと、真冬花は、


「まあ、親子ですから仕方ありませんよ」と、苦笑した。


「それで、どうしてそう思ったのか教えてもらおうかな」

「ええ、実は朔さんのことを調べるついでに希と朔さんの母である玉桂弓月のことも調べてみてわかったのですが、学園生時代に私の父である日野和一壽と朔さんの母である玉桂弓月、私の母である旧姓天道識子、和春君の両親で私の伯母・叔父夫婦である天道遙と旧姓日野和修人、そして狭霧先生とその兄である狭霧洵で生徒会執行部を運営していたそうですね」

「ああ、そんな事まで調べたの。本当に目聡いねぇ。……って、あれ? さっき、私が一壽君と識子と知り合いだと聞いて真冬花ちゃんは初耳っぽく反応していたけど、あれってブラフ?」

「ええ、そうですね。まさかその事実を狭霧先生から話して来るとは露ほども想像していなかったので、思わず面を食らいました」


 真冬花はまったく悪びれる様子も無く首肯すると、繭子は頭を抱えて蹲る。


「うおー! この性格の悪さ! やっぱり識子の生き写しだよー!」

「……まあ、母の性格のことは兎も角、そんな生徒会において私の父の日野和一壽と玉桂弓月は誰もが羨むほど仲の良い恋人だったそうですね」


 真冬花は母の性格について簡単に流し、確認するように淡々と語り出した。


「……む」

「ところが父は学園卒業と同時に一年後輩であった天道識子と婚約。翌年の彼女の卒業を待って結婚してしまった。二人は家が決めた許嫁で、初めから学園を卒業と同時に結婚する約束だったようですね。では、恋人だったはずの玉桂弓月はどうなったのでしょうか?」

「さあね……よく覚えてないな」

「狭霧先生は玉桂弓月と親友だったのでしょう? 知らない筈は無いと思いますが。まあ、いいでしょう。ここからお話しすることはあくまで私の想像ですが聞いてください。


 父は……日野和一壽は母の識子と結婚した後も玉桂弓月と陰でお付き合いを続けていた。そんなことを母が見逃すとも思えませんから、事実上の妾だったのでしょう。少なくても仲間内では公然の秘密だった。まあ、妾を持つことは日野和本家では昔から良くあることですし、父も優柔不断な所がありますから、それについて今はとやかくは言いません。そしてある日、私の母の識子が日野和一壽の子供を産んだ。日野和の継承権を持つ男児――私の兄である一夏です。そして、時を同じくして玉桂弓月も日野和一壽の子……朔さんと希の双子を身籠った。


 始めは二人とも日野和の継承権が無い女児との診断だったため、産んでも問題は無かったのでしょう。だから、玉桂弓月は狭霧先生が仰っていた通り、お腹の双子が女児とわかった途端に「産んでもいいんだ」と安堵した。逆に言えば男児だったら「産んではいけなかった」ということです。恐らく母は、父の一壽と玉桂弓月との仲を認める代わりにいくつかの条件を出した。そしてその一つに男児は産んではいけないという条件でもあったのでしょう。母の性格から言ってそういった条件を出す姿が容易に想像につきますし、『凄く真面目で一途で嘘が下手で不器用で融通が効かない頑固な性格』であったという玉桂弓月が、それを受け入れたのもまた必然だった。


 ところが双子の片割れである朔さんが予定日一ヶ月前に男児とわかり、事態が一変した。朔さんが父の子と判れば私の兄である一夏と日野和の継承権を争うことになりますし、たとえ父が朔さんを認知しなくても継承権争いの火種になるのは明らかだった。それに母は約束が違うと怒り狂ったことでしょう。しかし、予定日一ヶ月前ではもはや堕胎する事は出来なかった。そうすると、朔さんは死産で処理されるか、女児として偽りの生を受けるかの選択肢しかなかった。それで玉桂弓月は朔さんを女として育てる事を決意した。私の父と母もそれを認め、担当医だった狭霧先生は朔さんを女児として出生届を書いた。どうでしょう? どこか間違っているところはありますか?」


 真冬花は持論を一気に言い切り、繭子に回答を迫った。


「……ゴシップが喜びそうな話だね。真冬花ちゃんは女性誌が好きなの?」

「いいえ、その手の雑誌は一切読みません」


 繭子ははぐらかすように軽口を叩く。

 真冬花はぴしゃりと釘を刺す。


「それにその話だと、真冬花ちゃんは朔や希とは腹違いの妹になるけど良いのかな?」

「ええ、構いません。元より他言するつもりはありませんので。それに血の繋がりがどうであれ何も問題はありません。誰が何と言おうと私は朔さんのことを諦めるつもりなんて毛頭ありませんから」


 真冬花は強い調子で宣言する。その声色には強い決意が滲む。

 繭子は一度大きく息を吐き出し、微笑みかけながらそっと口を開いた。


「……君は強い子なんだね。じゃあ、私からは一つだけ。朔と希は日野和のお膝元、天道大学付属病院で生を受けた。これが私の答えだよ。朔を幸せにしてあげてね」


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