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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第十四話 朔と拓真

「希!? なぜここに!?」

「……希ちゃんはここで何をしているのかな?」


 驚きの声をあげる真冬花と、剣呑な表情と声色で希を問い詰める繭子。

 希は不安の色で染まった瞳を繭子に向けながらぽつりと呟く。


「狭霧先生、真冬花の話は……本当なんですか?」

「……私に何か用事かしら?」


 希の問いに対し繭子は何も答えず無視。再び一方的に質問をぶつけた。


「朔が朝から外出しているみたいで見当たらないから……ここになら居るかなと思って……。それに狭霧先生には聞きたいこともあったし……」


 希は消え入りそうな声で説明すると、繭子は入りなさいと顎で促す。

 希はおずおずと部屋に入り、真冬花の隣にある丸椅子に座った。

 繭子は廊下を左右に数回見渡し、近くに誰も居ないことを確認するとドアを閉め、先ほどまで腰掛けていたベッドに戻る。


「朔ならここには来ていないわ。それで希ちゃんが私に聞きたいことって何?」


 繭子が言葉を促すと、希はゆっくりと話し始めた。


「朔の部屋がとても狭くて……窓も無くてなんていうか変だったんです。それに部屋の机から私が朝霧先生経由でお兄ちゃん……拓真さんに宛てた手紙と、拓真さんと私のお揃いのネックレスが出て来たんです。これってなぜですか? 朔と朝霧先生は私を騙していたんですか? ……それに拓真さんは朔だって……本当は男だって……どういうことなんですか!!」


 始めは小さかった希の声に徐々に熱が帯び、最後は叫ぶように言葉を吐き出した。

 そんな希を見て繭子は頭を抱えて「あーもう! ミスったなぁ……」と自戒すると、一度大きく息を吐き出し、二人をじっと見据えて切り出した。


「君たちの問いに答えてもいいけど条件があるわ。朔はね、一見気丈そうに見えるけど、ああ見えて繊細なのよ。今はまだ縋るものがあるから良いけれど、それを失ったらもう立ち直れない弱さも持っているの。そうなったとき、君たちは朔のことを救える? 背負っていける? その覚悟はあるの? 無いのなら朔のことは何一つ教えられないわ」


 何時に無い真面目な表情で繭子は二人を問いただした。

 それに先に反応したのは真冬花だ。


「ええ、覚悟の上です。仮にも日野和本家の娘である私が朔さん一人を養うなど訳も無いことです」


 真冬花は瞳に自信を漲らせて繭子を見返した。

 繭子は真冬花の言葉に納得すると、思いの丈をぶつけて少し冷静になった希を見た。

 希は視線を繭子から外すと、ゆっくりと口を開く。


「……今の私では朔を背負えるかわからない。けど、いままで妹という立場に甘えて、朔のことを顧みなかったことを謝りたい。朔がお姉ちゃんであっても、お兄ちゃんであっても、ずっと一緒にいたい。そしていつか朔を背負えるようになるから、救えるようになるから狭霧先生、私にもどうか本当のことを教えてください、お願いします!」


 希はそう言い切ると立ち上がり、繭子に頭を下げた。

 繭子は「ほほう」と感心するような声をあげ、頷きかけた瞬間――



「希は随分と自分に都合がいいのですね」



 真冬花の冷め切った声が校医室に響いた。

 希は沈痛な表情を浮かべ押し黙る。

 繭子は予想外の展開に「えっ、何?」と混乱中だ。


「春兄さんから聞きましたよ。昨日、大三島と共謀して朔さんを騙し陥れたそうですね。しかも、朔さんの気持ちを利用して。あなたはそれだけの事をしておいて今更謝りたい? 一緒にいたい? 朔さんが更柄拓真だとわかったから手のひらを返したのですよね?」


 真冬花の歯に衣着せぬ言葉が希に突き刺さる。

 希はぐうの音も出せずに押し黙った。


「えー何? 昨日、何かあったの?」


 一体、何が起こっているか解っていない繭子が訊ねた。

 真冬花は昨日の事件を簡略に説明する。

 それを聞いた繭子は「色ボケすぎる……」と頭を抱えた。


「本当にごめんなさい……」


 希は再び繭子に頭を下げる。繭子は困った様子でどうするか悩んでいると、再び真冬花の声が室内に響いた。


「そんな希に朔さんのことを知る資格なんて無いのでありませんか? 大体、今日まで妹という立場をただ甘受していた希が朔さんを背負えるようになるなんて夢物語でしょう。今だって本当は『私だけを見て欲しい』と思っているだけじゃないのですか? わがままで朔さんを振り回し、自分からは何もしなかった希が何を言っても説得力がありませんよ。そもそも希がこの話を聞いて何が出来るのですか? 大事な人ひとり背負う覚悟さえ直ぐに決められないのなら、大人しく無力な妹でもやっていればいいのでは? それでも朔さんは希を大切にしてくれると思いますよ。ただ妹であるというだけで」

「ちょっ、コラ! 言い過――」


 真冬花のあまりに痛烈な批判に繭子は慌てて嗜めようとするが、希は繭子の言葉を手で制し、真冬花をしっかりと双眸で捕らえ応えた。


「そうだね。真冬花の言うとおりだよ。私は朔に甘えてた。わがままだった。八つ当たりも無理難題もたくさん言った。許されない酷い事だってした。朔も本当にうんざりしていると思う。私の顔なんて見たくないんだと思う。だってそれくらいのこと、私はやってきたから」

「……そ、それならおとなしく家に帰ったらどうですか?」


 あっさりと自分の落ち度を認めた希に真冬花はたじろぎながらもさらに突き放す。


「それでも……それでもね、私は朔に謝りたい。今までのお返しがしたいの。たとえ、朔が許してくれなくてもいい。自己満足だと言われてもいい。だって、朔は私に人生をくれたんだよ? それなのに、私は朔になんのお返しも出来ずにだた足を引っ張るだけなんて嫌。ぜったい嫌なの。私だって朔の人生の支えになりたい。朔に幸せになって欲しい。私だって朔のこともっと知りたい。……だからお願い、お願い真冬花! 狭霧先生! 私だけ蚊帳の外に置いていかないでよ!」


 希の想いが吐き出される。

 それは決してでまかせでもポーズでも無く、希の本心であると真冬花と繭子に思わせるに十分な告白であった。

 真冬花は瞳を閉じ、寸暇の思考ののち呟いた。


「……その言葉、絶対に忘れないで」


 希は一瞬、驚いた表情をしたが直ぐに微笑みを浮かべ、うんと小さく頷いた。

 そんなやり取りを満足げに眺めていた繭子が、元気よくぱんと拍手を打って話し出す。


「二人の気持ちはよく分かったわ! だから二人には特別に朔の全てを教えてあげる。ただし、これを話すことであなたたちは朔の人生に重大な責任を追うということを覚えておいて。もちろんこのことは他言無用よ」


 繭子が希と真冬花の顔を覗き込みながら確認する。

 二人は「望むところです」「わかってる」と、大きく首肯した。

 繭子はよしと頷き立っていた希を座らせ、一息ついて語り出す。


「もう二人にはほとんどバレちゃっていると思うけど改めて私の口から言うわ。拓真の正体は朔よ。拓真なんて少年はどこにも存在していない、朔が演じていた架空の存在なの。それから朔は正真正銘の男の子。女の子の振りをしているけど、ただの女装だから」

「……狭霧先生は今までなぜ私に教えてくれなかったんですか?」

「そりゃ、口止めされていたからだよ。希ちゃんの母である弓月にね」

「……どうして?」

「どうしてかと言えば当然事情があるからなんだけど、どこから話したら良いかな?」

「朔はどうして拓真さんになって私の元に来たのか知りたいです」

「ふむ、真冬花ちゃんもそれからでいいかい?」

「ええ、異存はありません」

「ではつかぬ事を聞くけど、君たちは四~五年くらい前に流行した『お兄ちゃんと呼ばないで!』というアニメを覚えているかい?」

「ええ、見たことはありませんが覚えています。お兄ちゃんブームのはしりのアニメですね」

「希ちゃんは?」

「好きなアニメだったからよく覚えてます。主人公の宵後真夜しょうごまよのお兄ちゃん、マヒルが知的眼鏡キャラなのに斜に構えてなくて、明るくてかっこよかったから大好きだった」

「他に何か覚えてない? 朔と話したこととかさ」

「うぅん……アニメの感想を朔によく話した記憶はあるけど、他にはこれと言って……」


 希は頭を捻って考えたが、特に何も思いつかず言い淀んだ。

 繭子は嘆息しつつも、納得した表情を浮かべた。


「……まあ、普通ならそうだよね。記憶に残らないような、取るに足らない冗談くらい誰でも言うよ。ましてや子供だしね。でも、朔はその冗談を間に受けた」

「どういうことですか?」

「朔が私のところに来ていきなり言い出すんだよ。お兄ちゃんにならないといけないから、どうか助けてくださいってね。何事かと訊いてみれば、希ちゃんがアニメを見て「私もお姉ちゃんじゃなくて、マヒルみたいなお兄ちゃんが欲しかった」って言ったみたいなのよ。初めは私もただの冗談だと思って一蹴したんだけど、思いのほか朔がマジだったの。一生懸命お願いしてくるから私もつい入れ込んじゃってね、やるなら徹底的と悪乗りしちゃったの。そんなきっかけで、朔は希ちゃんの前だけではお兄ちゃんになった。でも、朔は希ちゃんに男であることを隠さないといけないから、朔ではない違うお兄ちゃんになる必要があった。もちろん弓月にも秘密でね。これが、更柄拓真の誕生の顛末。『サラツカ タクマ』と言う名前は『タマカツラ サク』のアナグラム。それから希ちゃんの前から朔が消えたのは、更柄拓真が朔の変装だと悟られないようにするためよ」

「……そんな、そんな理由なんですか?」

「……まともな考えではありませんね」


 拓真誕生の顛末がそんな些細な理由であったことに希は驚愕し、真冬花は困惑する。


「そりゃあ、普通に考えたら馬鹿げていると思うよ。私だって同じさ。……でも、朔にとって希ちゃんの言葉はそれだけの意味があるのよ」

「それでは、なぜ朔さんは更柄拓真であることを二年前に辞めたのですか?」

「それは簡単。拓真として希ちゃんに会っているのが弓月にばれたからよ。弓月にしてみれば女装して会っているはずの朔が男の子として希ちゃんに接触していたんだもん。逆鱗に触れまくりよ。それで拓真は希ちゃんの前から急に姿を消さざる得なくなったという訳」

「……すべては虚構だった訳ですね」

「そういうことね」

「……なんで私は気が付かなかったんだろう」


 希がぽつりと零した。自責の念が胸に中で蟠る。


「思い込み……かしらね。印象ががらりと変われば案外騙されるものよ」


 自責の念に駆られる希に繭子が気安めの助け舟を出す。

 繭子にとっては朔だけではなく、希だって自分自身の子供のようなものなのだ。希の痛ましい姿をみるのは辛いのである。

 しかしそんなことで希の気が収まるはずが無い。


「でも、私はっ――」


 希が自分を傷つける言葉を発しようとしたとき、


「――悔やんだところで過去は変わらない。希、あなたに朔さんへの想いがあるのなら、これからを考えることが本当の償いになるのではないのでしょうか」


 真冬花の落ち着いた声色が希のあとに続く言葉を遮った。

 虚を突かれた希はしばらくきょとんとしていたが、ふっと表情を和らげ「……うん、真冬花ありがとう」と囁いた。


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