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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第十三話 真冬花と繭子の二者面談

 学園の校医室で繭子は向かい合う真冬花を眼の前にして大きな欠伸をしていた。


「いやー、失礼。大学の研究室からわざわざ家に帰るのが面倒臭くてねぇ……ついつい」

「いいえ、私こそお休みの日に申し訳ございません」

「日野和のお姫様にそれを言われると申し訳ないなぁ……。そう言えば一壽君と識子は元気にしているかい?」

「え? ……ええ、父も母も達者にしておりますが、顔見知りなのですか?」


 真冬花は意外そうに聞き返した。

 日野和一壽と識子といえば日野和財閥の宗主とその妻である。

 よって、こと向日島では尊敬と畏怖の念を持って遇する人間がほとんどである。

 ましてや繭子の立ち位置を考えると尚更だ。

 そのため、その二人の名を気安く呼ぶ繭子に真冬花は少々、面を食らったのだ。


「ああ、実は昔この学園で生徒会執行部を一緒にやった仲なの。一壽君が私と同級生で識子が後輩よ。ほいで真冬花ちゃん、今日は何の用かしら?」


 繭子の言葉を聞いて真冬花は腑に落ちたようになるほどと頷いた後、気持ちを入れ直したかのように神妙な表情を浮かべる。そして、繭子を見据えてゆっくりと口を開いた。


「……玉桂朔について狭霧先生にどうしても聞きたいことがありまして、お時間を頂きました」

「朔について? 真冬花ちゃんも百合っ子なのかなー? 朔ってばモテモテだねぇ」


 繭子は声にからかいを滲ませ茶化すが、真冬花は真っ直ぐに見据えたままだ。


「狭霧先生、冗談は結構です。はぐらかされると面倒なので単刀直入に言います。……玉桂朔と更柄拓真は同一人物であり、そして――男ですね。違いますか?」

「あははっ、何をいきなり言い出すと思ったらそんなこと? 朔が拓真でしかも男だなんて、冗談にしてもあり得ないでしょ! 大体、あんな胸のおっきい男子なんて存在する訳ないって」


 繭子は一瞬、瞳をまん丸にさせた後、急にカラカラと笑いだし真冬花の言葉を一刀両断した。

 しかし、真冬花は怯む様子もなく平然とした口調で続ける。


「……本当にそうでしょうか? 少なくても玉桂朔が更柄拓真である証拠は幾つかあります」

「ふむ。じゃあ聞かせて貰おうかな」


 繭子は笑うことを止めると怪訝な表情を浮かべ真冬花を見定める。


「まず一つ目ですが、私は以前、更柄拓真に救われたことがあります。また先日、玉桂朔……朔さんと事を構えました。そして私は二人が使う拳法が同じであることを悟りました。しかもその拳法は随分と特殊なもので、少なくても同じ師に師事を受けたのは明らかでした」

「それが根拠? でもそれだと、その拳法の師匠とやらが道場で朔以外にも師事していると考えれば別に拳法が被っても不思議ではないと思うけど?」

「確かにそうですね。でもこの話には続きがあります。朔さんによるとその拳法の師匠は本職が医師で多忙なため、弟子は朔さんと古馴染みの女子の二人しかいなかったと聞いております。それに朔さんによると、師匠は秘密の拳法だとも話していたようです。そんな人が不特定多数に師事するとは思えません。また、朔さんも更柄拓真も相当な使い手ですし、少しくらい師事された程度ではあそこまでの腕前になりません。さらに、二人の技を出すタイミングも動作も全く同じでした。同じ拳法の使い手でも、技のタイミングや動作まで同じということはありません。以上の状況証拠が朔さんは更柄拓真であることを指し示しているということです」

「へぇー、なるほど。確かに論は通っているように見えるけど、そもそも朔と拓真の拳法が同じものであるという根拠が真冬花ちゃんの感覚だけじゃ、はっきり言って『気のせいじゃないの?』で終わりだよねぇ」


 繭子はふむふむと頷きながら、目聡く疑問を差し挟んだ。

 真冬花は不満げな表情を一瞬浮かべたが、さほど反論もせずに続ける。


「……私の見立てでは間違いないと思いますが、確かに武術を知らない方から見れば、そう思うのも仕方ないのかもしれませんね。では、次の理由です」

「ふーん、次ねぇ」


 坦々と続ける真冬花とは対照的に、繭子は面倒くさそうに眉を顰めた。


「もし更柄拓真が朔さんであるならば、そもそも更柄拓真という人物は存在していないということになりますよね」

「まー、そりゃそうだね」

「そこで、私は彼の存在について調べてみました。すると、更柄拓真という人物は過去五年間の間にこの日輪市の住民として存在していないことがわかりました。彼の両親についても同じように調べましたが結果は同じです」

「へー、よく調べたね。さすがは日野和のお姫様、コネを使いまくりでしょ?」

「ええ。せっかく良家に生まれたのですから、その立場を利用しない手はないかと思いまして」


 繭子は言葉に嫌味を半分ほど込めたが、真冬花は素知らぬ顔で受け流す。


「でも住民の登録が市内に無くたって市内に住んでいる人っているでしょ? 特に向日島の外から学園に進学してくるような生徒って、大体が親のいる地元に住所を置いたままになっているし、拓真も確かそんなのだと思ったよ?」

「なるほど一理あります。……では彼はどこの学校に通っていたのでしょう? 希の話だと更柄拓真と朔さんは小・中学校ともに同じ学校に通っていたようですが、更柄拓真は朔さんが通っていた学校に在籍したという記録はありませんでした。これはどう説明しますか?」

「それは希の勘違いだよ。拓真は朔とは別の学校に通っていたはずだし」

「ならば、その学校を教えて頂きますか?」

「いやー、それは拓真のプライバシーもあるし勝手には話せないなぁ」

「……そうですか。まぁいいでしょう。では、さらにもう一つ」

「えぇー、まだあるの?」

「ええ、もちろん」


 不快感を隠さない繭子に真冬花は軽く微笑むと、少し間を置いて話し出す。


「狭霧先生は二年前に天道大学付属病院で希が臓器の生体移植を受けた事をご存知ですか?」

「そりゃあ、知っているよ。希は私の友人の子供だし、当時は十五歳未満のドナーからの移植と言うことで、業界の間で結構話題になったからねぇ」

「本来は認められない移植だったらしいですね」

「うん、普通に法律違反。でも、主治医が責任を持つと言う事で病院もオッケーしたみたいだね。でもそれがどうしたの?」

「……よく警察が動きませんでしたね」

「ははっ、だってこの向日島は日野和の島だよ。天道大学付属病院の医師が執刀したってことは日野和も認めた手術なわけだ。で、向日島の支配者である日野和が認めたことにこの島の警察が口出しすると思う? 真冬花ちゃんの方がよく分かっていると思うけど?」

「……そうですね、愚問でした。さて話は戻りますが、このドナーっていうのは更柄拓真ですかそれとも――朔さんですか? 希は更柄拓真だと言っていましたがどうでしょう?」

「そんなの知らないよ。別に私が関わった手術じゃないし」


 繭子は素っ気なく突き放す。

 真冬花はふむと顎に手を当てて少し思案し口を開いた。


「……主治医兼執刀医は狭霧先生の実兄である狭霧晶医師だと伺っておりますが、それでもご存知ありません?」

「……本当に君って目聡いねぇ。確かに私の兄さんが主治医で手術も執刀したけど、詳しいことは聞いてないから分かんないって。それにもう、死んじゃったしね」


 真冬花は惚けた態度で繭子をゆさぶりかけた。

 一方、繭子はあの手この手で攻めてくる真冬花に嘆息しつつ、表情を崩さずに白を切る。


「そうですか。ちなみに当時の新聞を調べたところ、ドナーは親族と思われるという曖昧な表現でしたので、昨日、天道大学付属病院で手術のカルテを調べてきたのですが、見ます?」

「カルテ!? まさか……冗談でしょ?」


 それまで飄々としてつかみ所の無かった繭子に初めて焦りの色が走った。


「冗談だと思いますか?」


 真冬花はカルテの一部をコピーしたものを取り出すと、それを小さく振っていたずらな笑みを浮かべた。


「……カルテは紛失したと聞いているけど」

「ええ、対外的には紛失となっていますね。ちなみに内部的にも極秘文書となっていたので入手には随分と苦労しました。父の力添えが無ければ恐らくはたどり着けなかったと思います。おかげで父とデートしなくちゃいけなくなりましたけど」

「……あんの、親バカが! 本当に娘には甘いんだから!」


 繭子は苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべ毒づいた。

 真冬花はその態度で繭子が全てを認知していることを悟ると、手にしていたカルテを読み出した。


「ではカルテのドナー情報の欄を読んで見ましょうか。まず、性別。これは『男』です。次に誕生日。これは希や朔さんと同じ『四月十六日』です。執刀位置は『腹部中央』。朔さんにも同様の部位に手術痕があることを確認済みです。ドナーの既往歴および障害は『先天性の性染色体障害あり』。レシピエントとの関係は『兄』。最後、ドナーの氏名は『玉桂朔』。……どうでしょう。これでもまだ言い逃れはなさいますか?」


 繭子は真冬花の言葉を無言で受け止めると、一つ大きな溜息をつき、口を開いた。


「……恐れ入ったよ。真冬花ちゃんの洞察力と行動力の勝ちだね」

「それでは更柄拓真が朔さんであり、朔さんは男であると認めますね」

「まあ、ここまで来て認めないと言っても納得しないでしょ。でもさ、真冬花ちゃんはそれを認めさせてどうしたいのかな? 朔と拓真が仮に同一人物で男だとしたら、何か良い事があるの? 副会長の座を朔に取られたから、それを盾に学園から朔を追い出して返り咲くつもり?」

「そんなことはいたしません! 私はただ……朔さんのことが……」


 真冬花は繭子の発言を即座に否定すると、悔しそうに拳を握り締めて俯いた。繭子に誤解されたことが悔しかったのだ。


「ありゃりゃ……本当に朔に惚れていたか。確かにそれなら朔は男だった方が好都――」


 繭子は言葉の途中で急に押し黙り、校医室の入り口をじっと見据えた。

 真冬花は繭子の行動に訝しげな瞳を向けつつ口を開こうとするが、繭子はそれを手で制する。

 そして、繭子はベッドの上から素早く降り、音を立てずに入り口まで行いくとドアを一気に開けた。


 限界まで開放されたドアの向こうには希が茫然と立ちすくんでいた。


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