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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第一話 Dカップ女装高校生の朝

 長い廊下の終点。小児病棟最奥の部屋の前で五歳になったばかりの朔は佇んでいた。

 白いリノリウムの床に白亜の壁と天井。清潔感はあるがどこか現実感の無い部屋。廊下に面する出入り口の正面には大きく開いた窓があり、そのすぐそばにベッドが一つだけ据えてあるのが見える。

 そしてそのベッドの上にはちょこんと少女が座っており、少し警戒するような瞳をこちらに向けていた。その顔は朔と瓜二つだった。


「あなたの双子の妹よ」


 後ろに控えていた女性が囁く。振り返ってみると母では無く白衣を着た妙齢の女性だ。


「妹?」

「そう、希というのよ」

「初めて聞いた」

「そんなこと無いと思うけど」

「そうかなぁ」

「そうよ」


 白衣の女性は微笑み、軽く背中を押してくる。どうも妹と話してこいということらしい。

 朔は少し迷ったが、正面を真っ直ぐ見据えるとベッドにゆっくりと近づき、妹であるらしい少女に声をかけた。


「はじめまして、たまかつらさくと言います。五歳です」


 そう言ってから自分の双子の妹に名字も年齢も必要ないことに気がついたが後の祭りである。

 朔は恥ずかしさから頬を軽く桜色に染めて俯いていると、それまで朔に訝しげな瞳を向けていた妹が口を開いた。


「わたしはたまかつらのぞみ。ごさい。……あなたがわたしのお姉ちゃん?」

「お姉ちゃん?」

「うん、だってスカートはいてるよ。だからね、お姉ちゃん」


 朔は希に指摘された下半身に視線を向ける。すると確かにスカートを穿いているのが見えた。朔は母の言い付けで女の子の姿をしていたことを思い出した。


「うん、ぼ……わたしがきみのお姉ちゃんだよ。よろしくね、希」


 軽く微笑み手を差し出すと、希はぱっと表情を明らめ、嬉しそうに朔の手を取った。


「うん! きてくれてうれしいな! ずっとあいにきてくれるのをまっていたの! いっぱいおはなししようね! ずっとずっと、わたしといっしょだよ! お姉ちゃん!」


 希はキラキラとつぶらな瞳を輝かせ、何度も何度も小さい手で朔の手を握り返す。希の嬉しさと期待が混じった行動に、朔は喜びを覚えていた。

 誰かに必要とされることがこんなにもいとおしいものだとは思わなかったのだ。


 朔はこの時決心した。


「――うん、約束する。ずっと一緒にいるよ。だって、わたしは希のお姉ちゃんだから」


この先どんなことがあってもこの愛らしい妹を支えていくことを。



「ん……」


 朔はぼんやりとした意識が徐々に鮮明になってくるのを感じ、枕元にある携帯電話を手に取った。時刻を確認すると朝五時。朔のいつもの起床時間だ。


「……夢か」


 あくびをしながら蒲団から立ち上がり、真っ暗な部屋の明かりをつけると鏡台に朔の姿が映し出された。幼さは若干残るものの夢で見た幼児のそれではない。


「まあそうだよね」


 朔は一人ごちた。



 朔は歯磨き洗顔を済ませた後、部屋に戻り鏡台に向かいメイクを軽めに装うと、鏡に映った己をじっと見据えた。

 鏡に映ったのは男らしさが一片も存在しない少女だ。それもそのはず、朔は物心がついた時には既にスカートを穿いていた。

 また、女子を意識した仕草や立ち振る舞いに常に気をつけてきたため、本当の女子よりもずっと女らしく出来ているとの自負もある。

 さらに約一年前からは胸も徐々にふくらみだし、現在ではDカップ程に成長していた。過去に医師である繭子に相談したところ、思春期はホルモンバランスが乱れやすく、男でもまれに胸がふくらむこともあるので気にするなと助言を受けたため、深く考えないようにしていた。

 正直出来すぎな感もあるが、女装に対しては非常にプラスになるのでこの状況を享受することにしたのだ。

 これらのことにより朔はある部分を除いて女子そのものへと変装することが出来ていた。

 ……ちなみにある部分と誤魔化してみたものの、それがナニであるかは明白なので言ってしまうと、股間である。男性器である。マグナムである。いや朔の場合はピストルだったかも知れない。

 ともかく心の中で自分は男であるとの矜持を持っている朔にとって、それは自身を男だと証明する唯一のものなので心のより所なのである――のだが、女装するに当たってはやはり障害であった。

 普段はスカートの中に隠れているので日常生活を営むぶんには露見しない場所ではあるが、放置するにはリスクが高い。だから朔は対策としてシークレットショーツを着けて股間のふくらみを無くしていた。

 これにより、男性的な膨らみは消え、女性的なすらっとした股間が表現できていた。

 ただ、シークレットショーツは形状が特殊で大きいという弱点もあった。 そのためショーツ自体が単体の状態で露見しないよう、ショーツの上にスパッツなどを重ねて穿かないといけないのが少々鬱陶しいが、それは女装がバレるリスクを出来るだけ減らすためのコストと割り切って我慢である。 

 なお、体育の日など諸事情によりシークレットショーツを使用できない時は、医療用接着剤を用いて男性器を股間の下に隠し、女性器のような外見を形成する『タック』という股間整形術を行っていた。

 このタックを行うと、裸の状態でも股間を一見しただけでは女性器にしか見えないため、水着やパンツ一丁程度では勿論、お風呂で大股開きのご開帳でも起こさない限りは男性だとばれる心配がないくらいの優れモノなのだが、大きな弱点もあった。

 例えば股間造形には少々時間がかかるうえに、アンダーヘアーがあると(朔はまだ生えていないが)造形の邪魔になるので剃る必要があった。

 そして何より問題なのがタックの状態を長時間続けると生殖器にダメージが生じ、不妊の原因になるという男の尊厳に関わる問題を孕んでいたことだ。

 そのため朔は必要なとき以外は出来るだけタックはしないように心がけているのだが、今日は体育の日なのできっちりと女性器風に造形済みであった。


 朔は身支度を終え、通いだしてから半年ほど経つ高校の制服に着替え、その上から割烹着を被り部屋を出た。リビングに朝日が差し込む。

 時間は朝六時を過ぎた辺りである。まだ秋分を過ぎてすぐなのに影が随分と長くなっている事を朔は実感しつつ、自宅であるマンション十階の大窓に歩み寄り、窓の外に視線を向けた。

 目下には朝日に照らされた日輪市の市街地が広がり、その市街地と海を挟んだ向こう側に北海道の本島と対岸の街がはっきりと見えた。

 そのまま視線を北側にずらすと、本島とここ日輪市がある離島、向日島とをつなぐ大きなつり橋が目に入った。

 春に完成したばかりの向日島大橋だ。

 二階建ての吊り橋で一階部分は鉄道、二階部分は高速道路が走る、瀬戸大橋と同じような造りである。

 そんな向日島大橋や本島も夏場は海から発生する靄のせいでぼんやりとしか見えない事が多いが、秋分を過ぎた辺りからは気温の低下により海水の温度と気温との温度差が減り、また空気が夏よりも乾燥しているためより遠くまですっきりと見通せるようになるのだ。


「今日も良い天気、良い景色♪」


 朔は上機嫌に呟く。朔はこのマンションから見える景色が好きだった。行った事の無い対岸の街と地図を重ね合わせ、色々と想像するのが楽しかったのだ。

 本当は想像するだけではなく現地にも行ってみたいのだが、それは無理な事なのであまり考えた事は無かった。


 二人分の弁当を作り終え時計を見ると午前六時四十五分。予定通りの時間である。

 朔は次に炊き立ての白米を仏飯器に盛り、それを持って客間兼仏間に入った。

 部屋には小型ながらも歴史を感じさせる仏壇が据えてあり、中には古いモノクロの遺影が二つ、そして真新しいカラーの遺影が一つ置かれていた。


「母さんご飯です。おじいさん、おばあさんも」


 朔は仏飯器を仏壇の中に供えた後、それの前に座りマッチで蝋燭に火を灯す。続けて香合から線香を一本取り出し蝋燭の炎に先端を入れた。線香の先が赤く輝き出したのを見計らい線香立てにそっと指す。

 金木犀の薫香が微かに立ち上ると、撥で鈴を軽く響かせた。涼しげな音色の中、朔はそっと目を瞑り手を合わせてゆっくりと一礼した。


 ――朔の母が亡くなったのは四ヶ月前。初めて家族三人で街に繰り出した時の事故だった。

 車が歩道を乗り越え、朔のいる方向に突っ込んできたのだ。

 すんでの所で母が朔を突き飛ばしたため、朔は事無きを得たが代わりに母が車に巻き込まれた。

 横たわる母に妹の希は駆け寄り取り乱して泣いていたが、朔は涙一つ流さず、それをぼうっと見ることしか出来なかった。

 病院に搬送された母はそのまま帰らぬ人となった。


 朔は五分ほどで毎日の日課となった母たちへの挨拶を終え、次に低血圧な妹――希を起こすために彼女の部屋に向かう。

 部屋に入ると、ベッドの中ですうすうと寝息を立てている希が朔の瞳に写った。朔は無邪気に眠る希の愛らしさに思わず溜息をついた。

 身内贔屓もあるだろうが、希は本当に可愛いらしいのだ。

 その抜群の見目のよさもさることながら、新雪のように白く透き通った肌や、細く指通りがよさそうな髪も魅力的である。また、身体つきは病的なまでに細く、まるで精巧なビスクドールのように華奢で抱きしめたら壊れてしまいそうな危うさがその魅力をさらに増幅していた。

 その姿はまるでなにかの物語にお姫さまとして出てきそうなくらい可憐でパーフェクトであった。

 それでもあえて欠点をあげるとしたら、まな板とか洗濯板とかお盆と言う表現が妥当であるまっ平らな胸である。

 もっとも、希の華奢な体に大きな乳房が付いているとかえって全体のバランスが悪くなるので、むしろまっ平らな胸こそが真に正解なのだと朔は考えているが、同級生である天蓋葵に言わせると、


「胸以外は完璧。でもロリといえば巨乳。ロリ巨乳万歳。貧乳はギルティー


 と、どうしても譲らないため、朔的には完璧でも他人から見れば議論の余地があると認めざるを得ないのが唯一の弱点であった。

 朔がそんな余計なことを熱く考えているうちに希の起床時間である七時になったので、今日の寝顔チェックタイムは終了だ。

 本当は添い寝をしたり抱きしめたりしたいのだが、それをやると最低でも三日間は口を利いてくれなくなるので、ぐっと我慢の朔であった。


「朝だよー。起きる時間だよ」

「……ぐぅ」

「朝だよ朝、朝だってばー。起きないとご飯なくなるよー」

「…………ぐぅ」


 優しく呼びかけたが、どうも反応が無い。希は微かな寝息を立てたままだ。

 呼びかけで起きないのはいつもの事なので気にしてはいないが、このまま放置しておく訳にもいかないため、朔は意を決して希が被っていた蒲団を一気に剥ぎ取った。

 希は「ぅ」と小さく声を上げると寒さからかもぞもぞと起き上がり、眠気で垂れ下がった瞼をこすりながら口を開いた。


「……ぅむ、何用?」

「おはよう、朝だから起こしにきたよ」


 「ん……わかった」といいつつも、希はまだ半分くらい寝ているのか、座りながら軽く舟を漕いでいた。



「いただきます」

「……いただきます」


 食事の挨拶の後、互いに無言で食事を取っていたところ、希が目玉焼きの目玉を潰しながらおもむろに口を開いた。


「そういえば、お兄ちゃんから手紙きた?」

「拓真から? 来てないよ」

「そう」

「また手紙出したの? 拓真だって忙しいのだから、あまり迷惑かけないの」

「はいはい」

「返事は一回で」


 何かと素直でない妹にいつも小言を言ってしまうのは悪い癖かなと朔は思いつつ、味噌汁を啜りながら希の『お兄ちゃん』こと『拓真』への熱の入れ様に頭を悩ませていた。

 拓真とは朔が小学生の時にとある医院で知り合った男の子だ。

 そのため、希とは面識が無かったのだが、希がある日突然「私もお兄ちゃんが欲しい」と言い出したため、朔はその希望を叶えるべく拓真に白羽の矢を立て、お兄ちゃん候補として病院にお見舞いに行かせたのである。

 なお、この頃から朔はある事情により希のお見舞いに全く行けない状況になったため、その間に希は(偽)お姉ちゃん子から(似非)お兄ちゃん子にすっかりとクラスチェンジ。以後、何においても朔よりも拓真の事を重視するようになってしまったのだ。

 その拓真も二年前に市外の学校に転校。訳あって希には転校先を伏せているため、希は病院を退院する間際の一年前ほど前から朔と希の後見人でもある拓真の縁者を通じて手紙のやり取りをしているのだ。

 朔としてはこのまま拓真は無かった事にして、希を再びお姉ちゃん子にさせたいところなのだが、やはり三年間ほどお見舞いに行けない時期が続いたのが良くなかったらしく、現状では嫌われてはいないが仲が良い間柄とも言えない微妙な関係である。

 朔としてはありったけの愛情を希に注いでいるつもりなのだが、逆にそれがウザがれるという悪循環で二人の距離は広がる一方である。

 しかも拓真に対しては手紙でしかやり取りできないという物足りなさがより強い想いに繋がるらしく、希の拓真に対する執着は以前よりも増しているようであった。


「……アレはどうにかしないとなぁ」


 朔の口からため息とともに小さく声が思わず漏れた。

 朔は失言にはっと気付き慌てて希に目を向けたが、当の希は呟きの意味を理解していないらしく、きょとんと首を傾げて朔を見返すだけだった。

 この時ばかりは希の勘の悪さに感謝しつつ、朔はほっと胸を撫で下ろした。


登場人物

さく  ……Dカップ女装高生。妹の希ラヴ。

のぞみ ……朔の双子の妹。自称はAカップ。

繭子まゆこ……朔の主治医。ドクハラ体質。

拓真たくま……希の「お兄ちゃん」。

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