表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
37/48

第九話 希の裏切り

 希は朔との通話を終えると、薄暗い倉庫の中でふうと一つ溜息をついた。

 あと十分もしたら朔はやって来るだろう。そうすれば目的は果たされ、この鬱積した気分ともおさらばである。


 ……しかし、その時、朔はどうなっているのだろうか。


 希はそれをイメージした瞬間、心が大きく乱れた。

 自分がやろうとしていることは、朔に対してはもちろん、拓真に対しても決して許されない裏切り行為である。

 事が完遂すればもう二度と朔や拓真とは共に歩む事が出来ないだろう。

 だがそれでも良いと十分に割りきったつもりだった。しかし、心の奥底ではまだ迷っていることに気が付く。


 ……まだ、やり直せるのではないか? まだ――。


「おいおい、まさか怖気づいたんじゃないだろうな」


 希の思考を遮るように、背後から声がかかった。空手部の副部長である大三島だ。

 図星を突かれた希は自身の迷いを振り払うかのように「そんな訳無い!」と声を荒げた。

 大三島は「どうだか」と吐き捨てると訝しげな眼差しを希に向ける。


「お前の望み通りに協力してやったんだからさぁ、しっかりやれよ」


 恩着せまがしい大三島の態度に、希は侮蔑の色に満ちた表情を向け反論する。


「協力? はっ、あなたは朔を誘き出す餌が欲しかっただけでしょ。それにわざわざ暴走族を引き込むなんて随分と臆病なのね」


 希は大三島の後ろに控えているライダースーツを着た黒いフルメットの連中に目を向けた。

 人数は十人くらいか。以前、和春に潰されたチームの残党らしい。

 朔を餌にして和春を誘き出し罠に嵌めるという目的で、利害が一致する大三島と手を組んだらしい。

 また、学園でも評判の美少女である朔を愉しむ目的も過分に含まれているようだ。

 『下手の考え休むに似たり』ならぬ『下種の考えつるむに似たり』か、などと思案しながら自分も同じようなものかと希は嘆息する。


「ふん、減らず口め。姉が姉なら妹も妹だな。まあいい、打ち合わせ通り頼むぞ」


 大三島は詰まらなそうに鼻を鳴らすと、フルメットライダーの連中と共に持ち場に戻っていった。

 希はぼんやりとそれを見送りながら認識した。

 もはや後戻りは許されないということを。





「おまたせ! お姉ちゃん、はりきって来ちゃった!」


 朔は息を切らせながら満面の笑みを浮かべ、薄暗い倉庫の中で希と対面していた。


「……そんなに慌てなくてもいいのに」

「でもでも、希と仲直りできると思うと嬉しくて、居ても立ってもいられなかったの!」

「へぇ、そうなんだ」


 朔の高いテンションとは対照的に、希は他人事のように興味なさげに呟いた。


「でもなんでこんな薄暗い倉庫なの?」

「……人気のない所の方が都合よかったから」

「ううん? まあ、確かに雰囲気って大事だもんね! それで話ってなにかな……」


 朔は頭をかすめた疑問をすべて横にうっちゃると、期待と不安が入り混じった表情を浮かべ、希を見据えた。

 希は不意に朔から視線を外す。そして、寸暇の沈黙ののちに問いかけた。


「朔は私とお兄ちゃん、どっちが大事?」

「どうしたの急に?」

「どっちが大事?」


 朔は予想外の質問に面を食らいながら聞き返すと、希は強い調子で同じ質問を繰り返した。

 朔は希に愛情を試されているのだと理解して、強い口調で断言する。


「もちろん、希に決まっているよ! だって、たった二人っきりの姉妹なんだから」

「そうなんだ」


 希はぴくりと反応し感情の無い表情を朔に向けた。

 朔は予想と違う反応に首を傾げる。


「どうしたの?」


 すると、希は急に柔らかい笑みを浮かべ切り出した。


「じゃあ……さ、私の希望叶えてくれる?」

「私に出来ることなら何でもするよ!」

「そっか」

「何かして欲しいことあるの?」

「うん。言ってもいい?」


 希は指をもじもじさせ、上目遣いで聞いた。


「うん、任せて! なんでも言って!」


 朔は自信ありげに、どんと胸を叩く。ふくよかに膨らんだ胸が小さく揺れた。

 その光景に希は苦笑しながら、朔に身を寄せると耳元で囁いた。


「朔お姉ちゃん……ここで壊れて、ね♪」

「え? いっ!」


 ばちりと朔の体に衝撃が走り、その場に崩れ落ち蹲った。

 朔は何が起きたのか判らずに見上げると、希の手にスタンガンが握られているのが見えた。


「……どう……して?」


 何とか言葉を吐き出す朔。

 希は朔を見下しながら口角を吊り上げて笑い出した。


「あははっ、ごめん、ごめんね! 痛かったよね! でも、私はもっと痛かったよ! ねえねえねえ、今どんな気分? 信じていた人に裏切られるってどんな気分!?」


 倉庫内に希の弾けた笑い声が響く。そして、二度三度とスタンガンが朔に押し当てられ、その度に痛みと衝撃で朔の体がびくんと跳ねた。


「へー、すごいすごい! 思ったよりやるじゃん! もっと怖気づくかと思ったのに」


 倉庫内の物陰から手を叩きながら、大三島が姿を現す。申し合わせた様にフルメットライダーの集団も朔たちを取り囲むように現れた。


「……空手部の……どういうこと……」


 朔は衝撃と痛みで考えが纏まらないまま大三島に目を向けた。


「やぁ、久しぶり! この前は本当に世話になったね!」

「……希に……何をした!」


 朔は息も絶え絶えになりながら叫ぶ。


「別に何もされていない。力を借りただけ」


 先ほどまで笑い声をあげていた希は、いつの間にか感情の抜け落ちた表情をして呟いた。


「これは彼女が望んだことだよ。僕はただそれに力を貸しただけさ」


 大三島は朔を見下ろしながら微笑む。

 朔は唖然として希を見た。

 希は俯いたまま答えない。


「希、……嘘だよね?」


 朔の声が震えた。

 しばしの沈黙のあと希が答えた。


「そいつの言うとおり。これは私が望んだこと」

「嘘だよね……」


 朔は蹲ったまま、首を小さく左右に振った。そして、朔の瞳から一粒の涙が零れた。

 朔の涙を初めて見た希はそれまで表情がなかった面に驚きを張り付かせ、まるで自分に言い聞かせるように捲くし立てる。


「さ……朔が全部悪いんだから! 私からお母さんだけじゃなくお兄ちゃんも取ったからこうなるの!」


 希は思い出す。昔、拓真がよく語ってくれた朔の土産話を。

 拓真が言うには朔はよく母親と旅行に出かけているらしく、旅行を終えて戻ってくるとそのたびに土産話をするのだという。そして拓真は朔に聞いた土産話を希によく話してくれたのだ。

 希もそんな土産話が嫌いではなかった。まだ見ぬ情景を想像し、いつか健康になってそこに行く事を夢見たのだ。

 しかしそれと同時に朔に対する妬みも生じていた。

 自分は病院から出られないのに朔と母は旅行に勤しんでいるという事実もさることながら、なにより妬ましいのは、母が希よりも朔を優先しているという事実だ。

 母は希の所には月に一回ほど様子を見に来るだけなのに、朔とは頻繁に旅行に出かけているのだから、妬むのも当然である。

 それでも希は我慢できた。未来がいつまであるかも判らない病弱な自分よりも、健康で気立ての良い朔を大事にするのが当然に思えたのもある。

 だが、なによりも、希のそばにいつも居てくれる拓真の存在があったからに他ならなかった。

 拓真だけは自分を一番に見てくれる自負が希にはあったのだ。


 ……でもそれは勘違いだった――。


 そう思った瞬間、希の心に憎悪と羨望が蘇る。


「私と拓真はなんでもないの。だから――」


 朔が必死に希に訴えかける。しかし希は、頭を左右に激しく振って否定する。


「そんなの信じられない! お兄ちゃんは朔が好きって言ってたもん! それに、お兄ちゃんと結ばれたんでしょ! 私なんてどーせお荷物のお邪魔虫なんでしょ!」

「だから、誤解なの! 希は拓真なんかよりずっと大切な、私の一番大切な家族だよ!」

「そんなの信じられない! 信じられないよ! 私は誰の一番にもなれないんだ! お母さんの一番にだって、お兄ちゃんの一番にだって! 朔の……お姉ちゃんの一番にだってなれないんだ! だから全部壊してやる! お姉ちゃんなんてなんて壊してやる!!」


 希は慟哭し、怒り任せにスタンガンを朔に何度も何度も押し付けた。

 薄暗い倉庫内がスパークで照らされる。

 その度に朔は小さく悲鳴を上げ、びくんと体を痙攣させた。

 それでも朔は慈しむような瞳を希に向ける。


「……ぞ……み……」


 恐らく、希の名前を呼んだのだろう。朔の唇が小さく動く。

 希はありったけの悪意を込めて朔を睨みつけた。

 もう、希の心は憎悪と羨望、そして罪悪感で乱れきっていた。

 希はいつの間にか瞳からとめどなく涙が溢れていたことに気が付く。


「なんで……私は泣いてるの……」


 ……意味が判らない。望み通りに事は運んでいるのに何故私は泣いている?


 希が心と体のギャップに悩んでいると、朔の蚊の鳴くような声が耳朶を叩く。


「……いたらない姉で……ごめんなさい……」


 それは今の朔に出来る精一杯の謝罪だった。

 希は朔が判らなかった。騙したのも陥れたのも希なのに、朔は怨恨でも罵倒でも助けてという懇願でも無く、なぜ謝罪を口にするのだろうか。


 ……本当にお姉ちゃんは私の事を――。


 希の頭がそれ以上の思考を拒否すると、脱力して握り締めていたスタンガンを床に落とした。


 広い倉庫内にかつんと乾いた音が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ