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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第八話 二つの電話

 希の告白失敗から五日後、金曜日の生徒会室で朔は憂鬱そうに一人溜息をついていた。

 あの日、希と朔の姉妹関係が決定的に破綻してからというもの、朔は関係回復に尽力を注いでいたが、全く成果があがっておらず、また、改善の糸口も見つからず、頭の痛い日々が続いていた。

 当然、あの日以来登下校も食事も別である。


「今日も駄目だったなぁ」


 生徒会室に常備してある紅茶をちびりちびりと飲む口から、再び溜息が漏れた。

 そんな時、朔の瞳に生徒会室にやって来る人物が映った。

 真冬花である。真冬花は部屋に入るなり、まずは朔を視認。他に誰か居ないか探るように部屋を見回し尋ねた。


「今日は朔さんだけですか? まだ他に誰も来てないのですか?」


 朔が首肯すると、真冬花は「それは都合がいいですね」と小さく呟き、朔に歩み寄る。

 朔は今週に入ってからというもの日課になっていた質問を真冬花にぶつける。


「……希はどうでした?」

「今日もあまり元気が無い感じでしたよ。それから朔さんの事は何一つ触れていませんでした」


 朔はその返答を聞くと、また眼を伏せて小さく溜息をついた。


「そっか、ごめんなさい。変なこと聞いて」

「いいえ、なんでも聞いてください」


 いつもならこのやり取りの後すぐに自席に戻る真冬花だったが、今日に限っては朔の前から動こうとはせずに、じっと朔を見つめていた。


「どうしたんです? 何か用ですか?」


 朔がきょとんとした視線を向ける。すると真冬花は恐る恐る口を開いた。


「朔さん、お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」


 ……真冬花さんが聞きたい事って何だろう? 


 朔は心当たりを探ってみるが、これといった事が思いつかない。

 朔は手に持っていたカップを机に置き、小首を傾げて聞き返す。


「うん。良いけど、どんなことですか?」


 すると、真冬花は何か覚悟を決めたように真剣な眼差しになり、朔を問いただす。


「希が拓真さんに告白をしたあの日。朔さんは現場においでになりませんでしたが、どこかお出かけなさっていたのですか? 希は「出かけた」とだけ言っていましたけど」


 意外な質問に朔は面食らい、言葉を一瞬詰まらせながらも答えた。


「え……? ええと、繭子さんの家で掃除とか洗濯をしていたんです。それで参加出来ませんでした」

「……一日中ですか? 他にどこにも出かけていませんか?」


 真冬花の問い詰めるような口調に違和感を覚えながらも、朔は「はい」と頷いた。


「そうですか……。それなら夕方、そこ……狭霧医院に拓真さんが行かれましたよね?」


 まるで見ていたかのような断定する言い回しである。その口ぶりから推測するに、真冬花が拓真に何らかのアプローチを図るため、デート後の拓真の足取りを追ったのは間違い無さそうである。

 しかし、それに加えその当日における朔自身の動向を探るのか理由が判らない。

 どうも嫌な予感がする。

 朔はとりあえず真冬花の出方を見極めるため、適当にはぐらかす。


「えーと、来たような来なかったような……どうだったかな……」

「誤魔化さないで下さい。実は希のデート後に拓真さんを追跡させてもらったのです。その結果、彼が狭霧医院に入って行ったのを確認しました。これが証拠の動画です」


 真冬花はスマートフォンを突き出すと、拓真が狭霧医院に至るまでのダイジェストムービーが再生された。

 朔は怪訝そうにその動画を眺めた後、諦めたように口を開いた。


「……確かに拓真は来ましたよ。けどそれがどうしました?」

「やっぱり拓真さんはそこに行かれ、朔さんともお会いしたのですね。……どうして初めからそう言ってくれないのですか」


 責める様な口調で真冬花が言った。すると朔は真面目な表情で答える。


「それは拓真の置かれている現状のためです。希からも聞いていると思いますけど、拓真は借金取りに追われていますから、あんまり外に情報を出したくないんです」

「……なるほど。それは私が軽率でした」


 朔の説明に納得したのか、真冬花はあっさりと引き下がる。

 朔はいやに簡単に引き下がる真冬花の態度に疑問を覚えた。しかし、真冬花が何を考えているか解らない以上、隙を見せないことが肝要であると考え、これ以上の追及はせずに真冬花から視線を外す。

 朔は机に置かれていたカップを再び手に取り、窓の向こうに広がる山際を眺めた。

 生徒会室から見える向日島の山々はすっかりと赤色や黄色に色づき、紅葉真っ只中である。

 春に遠足で行った神威湖の外輪山の紅葉もきっと見頃なのだろうと朔が思い耽っていると、目の前に立っていた真冬花の顔も何故か紅く染まっているのに気がつき、朔は頭に疑問符を浮かべながら尋ねた。


「……顔、赤いんですけど大丈夫です?」

「あの、その、これは希から聞いたのですが……」


 真冬花は何故か言い淀み、俯いて指をもじもじしだした。


 ……希に聞いた? 何を?


 益々、真冬花の考えが解らない朔である。

 朔の動向を確認したと思えば、拓真の動向も確認。次に朔と拓真が狭霧医院で会っていたのが判明すると、最後は赤面である。

 まったくもって意味不明である。

 それに希から一体、何を聞いたのだろうか。

 ――解らない。朔はそんな表情を浮かべつつ紅茶を口に含むと、真冬花がぽつりと言葉を漏らした。


「朔さんは……その、拓真さんと……愛し合われたのですか?」

「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 朔は思わず紅茶を噴出した。真冬花の大胆発言にびっくりである。


 ……希に聞いたって、よりによってその事ですか!


「誤解です、誤解! 拓真とは何にも無かったですから! 希が勘違いしているだけです!」


 朔はぶんぶんと頭を左右に振ると、思いっきり真冬花の言葉を否定した。


「そうですよね、私も誤解だと思います」


 真冬花はそう答えると、それまで赤面していた表情がすっと素の状態に戻る。

 しかし、朔は真冬花の表情の変化に気がつかず、安心しきって胸を撫で下ろした。


「よかった、信じてくれて」

「ええ、信じますよ。だって朔さん、あなたが『あの人』なんですもの」

「――え?」


 朔は言葉の意味が飲み込めず、ぽかんと真冬花を見つめた。真冬花はそんな朔を真顔で見つめながら言葉を続ける。


「朔さんと一緒にお風呂に入った時に、『あの人』の特徴について私は朔さんと『同じような武術を使う』『キャスケットを被った』『中性的な雰囲気を持つ眼鏡の男の子』とお話ししましたよね。でも、それを聞いた朔さんは全く心当たりが無いとおっしゃっていました。私もその時は特に疑問を抱きませんでしたけど、そのあとすぐにびっくりしちゃいました。だって、朔さんとのお風呂のあと、希の部屋で見た拓真さんの写真が『キャスケットを被った』『中性的な雰囲気を持つ眼鏡の男の子』で、しかも希が言うには『朔さんと同じような武術を使っていた』うえに『朔さんとは長い付き合い』だというお話しだったのですから」

「それは……」


 真冬花の追及に朔は上手く言い訳が出てこず、言葉を詰まらしそのまま俯いた。


「私は不思議だったのです。朔さんがどうして『あの人』のことを隠蔽しようとしたのか。初めは希と同じように色恋沙汰のためかもと考えましたが、朔さんは「彼氏なんて今までもこれからも作りません」と断言していましたから、別の理由があるのではと思ったのです。それで拓真さんのことを調査したり、先日のデートの後に追跡した次第です。まぁ、拓真さんに関する調査はまだ途中ですからおいおいお伺いするとして、まずはデート後のお話しをお聞きしてもよろしいですか?」


 真冬花は柔らかい物腰ながら有無を言わさない雰囲気で朔に問いかける。 朔は素っ気なく「何ですか」と返答すると、また押し黙った。


「デートの後、まず拓真さんが午後五時過ぎに狭霧邸に入りました。その後、朔さんが住宅を出たのが午後七時です。そしてすぐに狭霧医師が家に施錠して外出しました。大学に戻ったようですね。なお、この時点で狭霧医院は真っ暗でした。午後七時半頃に私が医院と住宅の呼び鈴を鳴らしましたが、誰も応対はせず、また、人がいる気配も無ありませんでした。それどころか物音一つしなかった。では、拓真さんはどこに行ったのでしょう?」

「さあ、そんな事を言われてもわかりませんよ」


 朔は突き放した物言いで返答する。


「いいえ、答えは『朔さんに戻って帰宅した』ですよ」

「まるで、探偵気取りですね」


 朔は皮肉めいた口ぶりで揶揄するが、真冬花は悪びれるふうもなく答える。


「私、昔から名探偵に憧れていたのです♪」


 ……ちっ、この子、もっと脳筋タイプかと思ってたけど、存外、頭の回転が速い。


 朔は心の中で舌打ちをすると、真冬花がどこまで拓真と朔の事を掴んでいるか考える。

 真冬花の弁では朔と拓真のことは、真冬花が朔の家に泊まった時から疑っていたと言う。となると、拓真のことは調査中と言っているが、既に拓真の正体を正確に掴んでいると考えた方が良いだろう。

 恐らくデートの後の追跡は最終の確認作業に過ぎなかったに違いない。いま思えば、最近私用で生徒会を抜けることが多かったのも、拓真のことを調べていたのであろう。

 そうなると、これ以上知らぬ存ぜぬと突っ張ったところで事態の改善は見込めそうもない。それに良く考えれば、真冬花は朔にも『あの人』である拓真にも好意を抱いているのは間違いない。また、二人っきりの時を狙って問い詰めに来ていることや、拓真のことを一人で調べていることを鑑みると、真冬花自身も拓真の正体を周囲に吹聴したい訳では無さそうだ。

 結局は好意の現れからの行動なのだろう。ならばこれを利用して引き込んでしまうのも手である。好意を利用することに軽く罪悪感を覚えるが、背に腹はかえられない。希との関係改善の糸口が朔一人では見い出せていなかったところだ。真冬花に本当のことを話して協力を求めれば力になってくれるだろう。


 ……正直に拓真の正体を告げた方が利益は大きいか。でも、一つこれだけは確認しておかないと……。


 朔は拓真の正体を告げる決意をしつつも、もう一つ真冬花に隠している重大な秘密がバレていないかどうかを確認する必要性を認識していた。

 それは朔の女装についてである。

 今のところ真冬花が拓真の正体については確信を得ていることが明らかだが、朔=女装という認識を持っているかまでは先程の会話からは読み取れなかったからだ。

 朔にとって女装は朔と母を繋ぐ唯一の絆であると同時に、他人に絶対に知られてはいけない禁忌である。

 もし、真冬花が朔の女装に気が付いていないのなら、拓真の正体を告げてその後引き込むまでである。

 しかし、朔が女装であることに気が付いていた時は――、


『――希の前から永遠に消えてもらいます』


 朔の頭に母に言いつけられた言葉が蘇る。


 ……もう、ここにはいられないね。


 朔の心に痛みが指す。

 朔が小さくかぶりを振り、口を開きかけた瞬間、真冬花の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

 真冬花は「失礼」と言うと電話に出て何か話し始めた。


「……ええ……ああ、カルテが……わかりました……すぐに……」


 しばらくして用事が終わったらしく、真冬花は通話を終えると申し訳無さそうに朔に頭を下げた。


「すいません。ちょっと私用が出来ましたので、このお話の続きは週明けの月曜にでも」

「ええ! そんな用事って!? ちょっと待ってください! そんな無責任です!」


 想定外の展開に朔は驚いて真冬花を引き止めようとするが、真冬花は「ごめんなさい」と頭を下げながら足早に生徒会室を後にした。


「ああっ! もう! なんなんだ!」


 朔はばんと机に拳を打ちつけ、声を荒らげた。

 これからという時に話の腰を折られ、さらには聴きたい事も聴けずお預けである。真冬花にいいように振り回されているようで腹立たしい。


 ……やっぱりあの時、放置すれば良かった!


 朔は自身の判断誤りを悔んだ。

 そもそも生徒会に入らされたのも、希と喧嘩別れになったのも、拓真の正体を明かすことになったのも、全ては希の歓心を惹くために真冬花を空手部から助けたのが発端である。

 下手に欲を出して首を突っ込むからこんな事になるのである。繭子の忠告どおり君子危うきに近寄らずの精神で行くべきだったのだ。

 しかし、今更悔やんでも問題が解決するわけではない。ここは週明けの月曜日まで静観するしかほかはない。いや、もし朔が女装だとばれていると仮定するのなら、証拠を突きつけられる前に先んずって希や真冬花の前から姿を消すことも視野に入れるべきだ。


 ……どうしよう。すぐに消えるべきか否か……。どちらにせよ、繭子さんに相談してみないと始まらないか。それに消えるにしても、せめて希と仲直りしてからじゃないといけないよね……。


 朔がとるべき行動について頭を悩ませていると、朔の携帯に着信が入った。慌てて画面を見ると希からだ。今まで無視一辺倒だった希からの電話に朔は不安と期待を胸に抱きながら、恐る恐る電話を取った。


「も……もしもし、希?」

『……朔? あのね、今まで無視してごめんなさい、私、朔を誤解してた』

「ううん、いいんだよ。希が判ってくれただけで嬉しいから!」


 希からの謝罪の電話に朔は歓喜した。

 どうして誤解が解けたのかは判らなかったが、朔には仲直りという結果さえあれば十分なので深くは考えなかった。


『……うん、ありがと。それでね、二人っきりで会って話したいことがあるから、ベイエリアの金林第十三番倉庫まで来て欲しいの』

「うん、すぐ行くから! 待ってて!」

『うん、待ってるからすぐに来てね。絶対に誰も連れてきたら駄目だよ』


 希は朔一人で来るように念を押すと、朔の返答を待たずに電話を切った。

 まるで、用事はすべて済んだといわんばかりのあっけなさだ。また、希に指定された場所も港の倉庫と、二人で会って話すにしては不自然な場所であった。

 しかし、当の朔というとそんな不自然さを気にする様子も無く、小さくガッツポーズを決め、いそいそと帰り支度に取り掛かる。

 もちろん、朔とて希の言葉に違和感を覚えなかった訳ではない。だが、朔はあえてその違和感を意図的に考えないことにした。なぜなら、希が全てである朔にとって、希の言葉を疑うという選択肢など最初から持ち合わせていなかったからだ。

 そんな朔の帰り支度が進む中、葵と佐鳥、そして一夏が生徒会室にやって来た。


「おはよーございまーす。あれー、朔ちゃんだけ?」

「ええ、今はね。どこぞのお嬢様は帰ったわ」

「あれ、変態も来ていないんですか? 昼休みに「今日は(社会の)掃除だ」と言っていた様な気がしましたが」

「ああ、和春ならホームルームの後、真っ直ぐ現地に向かったぞ」


 佐鳥の疑問に一夏が答えた。朔は帰り支度を終えると、葵に聞いた。


「ねぇキミ、金林倉庫って港のどこら辺かわかる?」

「えーと、学園から真っ直ぐ港に向かって、突き当りの湾岸線を南方向に一キロくらい行った所にある倉庫群の中だねー。金林倉庫は赤レンガ造りで壁に名称とナンバリングが振ってあるから、行けばわかると思うけど」

「ああ、あそこね。ありがとう。あっ私、ちょっと用事が出来たのでお先に失礼します」


 葵の説明でピンときたらしい。朔は上機嫌に指をパチンと弾くと、一夏に一言告げて元気良く生徒会室を飛び出した。


「……朔はどうしたんだ?」

「さぁ? 金林倉庫に用事があったみたいだけど……」

「さとりました。またシスコンを拗らせて余計な事に首を突っ込んでいるに三千点です」

「ありえない話ではないな。それにしても、今日の面子がこれだけだとやれることが無いな」

「それなら朔ちゃんの後を付けてみる? 現地は金林倉庫のどこからしいよ?」

「えー、金林倉庫のどこかってドコですか? 葵先輩は金林倉庫がいくつあるのか判っているんですか? 全部で三十棟ですよ三十棟! しかも位置がバラバラ! 探すのが超面倒!」


 葵の提案に真っ先に反対する佐鳥。しかし、一夏はそれを黙殺。そして高らかに宣言する。


「よーし、今日の生徒会活動は朔を探す旅に決定!」

「おーー!」

「……さとりました。この生徒会は碌でもない人間の集まりだったことを……」


 一人ごちる佐鳥だった。


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