第一話 相談から始まる連想
玉桂朔生徒会副会長就任事件から二週間ほど過ぎた、とある放課後の生徒会室。
普段なら私語をほとんどせずに黙々と仕事をこなしている朔が、仕事の手を止め何か思いつめた表情を浮かべたまま硬直していた。
ぴくりともしないその姿は殊に容姿が整っていることもあり、まるで古代ギリシャの彫像のようだった。
そんな朔が遂に意を決したのか、急に自席から立ち上がるとそのまま机にばんと手を付き――
「皆さん! 相談があるんです!」
――と、切り出した。朔の意外な発言に、各々の仕事を駄弁りながらしていた役員達が、すわ何事かとばかりに互いの顔を見合わせ呆気に取られた。
そんな中、いち早く我を取り戻した会計の天道和春がなるほどと頷き、口火を切って朔に答えた。
「「ソダンがあるんです」か……。確かにこの生徒会室のロッカーにはメガド○イブの名作ゲームである『ソダン師匠』こと『ソ〇ド〇ブソダン』がこっそりと保存されているが、それに気が付くとはさすがは副会長だ。もしかして既にこっそりプレイしていて攻略に詰まったのか? だったら簡単な攻略を教えてやろう。取り合えずレベルはイージー、プレイヤーは妹使用で上段切りは虫と巨人以外禁止な」
「すいません、言ってる意味が解りません」
ばっさりである。そもそも「相談がある」を「ソダンがある」と聞き間違えること自体無理があるし、『ソ〇ド〇ブソダン』自体もそれを『ソダン』と略することも朔には初耳である。
和春は朔の反応に納得がいっていないらしく首を傾げていると、いつの間にか素に戻っていた会計監査の天持佐鳥が和春を嘲笑いながら口を開いた。
「無様ですね、変態。これだからゲーム脳は困るんです。朔先輩は「ソダン」ではなく「ソウダン」と言ったのですよ、「ソウダン」と。「ソウダン」とはつまり――サッカー・SBリーグの名FW早田雄司こと、二枚刃カミソリヘディングシュートのソウダンのことに決まっているでしょう! 翼くんも驚きのリアルゴールネット突き破りを達成したんですよ、彼は!」
「なんだと……」
確かに「そうだん」とは言ったが、その後に続く「――があるんです」はどこに行ったのか問いただしたい朔であった。というか、和春も「なんだと……」と驚くところではない。
「ちなみに「ソウダン」は彼が所属するガルラ日輪のサポーターからネ申とか(背番号)4さまと呼ばれているくらいの甘いマスクを持つ、モヒカンヘッドのガチムチ系選手です。ちなみに雄司という『雄を司る』という荒々しい名前の癖に彼は(性的に)ネコです。また、試合中に行為に及ぼうと画策し、対戦チーム選手のバンツをずり下げた――いわゆる、やらないか事件で有名になった、日系ブラジル人の名タチスト、エウテ・ホ・リーニョとの(性的な)コンビプレー、スカイ・BL・ハリケーンは組合ではファンタジーと称されるほどのものです。このような素晴らしい選手のことを語りたいと朔先輩は言っているのだと思いますが、いかがでしょう?」
いかがでしょうと言われても困るのは朔である。大体、前振りも無しにサッカー選手のゲイ事情を語りだす女子なんてお前ぐらいである。
「キミも何を言っているのか良く解らない」
朔は本日二回目の素直な気持ちを吐露すると、佐鳥は呆れたように溜息をついた。
「あーあ、さとりました。『このかまぼこはととですか?』ですか? 朔先輩? これだからカマトト女は嫌なんです。女ならみんなBLが好きに決まっています」
いつの間にかこの世界では三次元成人男性のガチムチ絡み合いをBLと言うようになったらしい。
……普段からちょっとおかしい子だとは思っていたが、これほどとは……。
そんな朔の想いを代弁するかのように会長である一夏が吐き捨てた。
「……だれだよ、こんな奴らを生徒会に入れたのは」
全くその通りだと朔も完全同意だが、入れたお前が言う台詞ではない。
「そうだよ、朔ちゃん! 猫かぶっていないで素直になろうよ! ネコだけに!」
どさくさに紛れて葵が朔にネコ設定を付加だ。もちろん葵がタチであるのは想像に難しくない。
朔は葵に半眼を向け反論する。
「私はいつでも自分に素直だし、そんな事実もありません」
「ちなみに今まで黙っていたけど、朔ちゃんって四年生女子の間で「アイツ、猫かぶっててウザいよね」ってよく言われてるよ! だから朔ちゃんはネコ確定だと思うなー」
「そうなんだ……。出来ればこれからも黙っていて欲しかった……」
葵の意表をつくタレコミに地味にダメージを受ける朔であった。
「そういえば朔先輩が会長を誘惑して副会長になったって噂も流布していましたよね」
「ホント、酷いよね。朔ちゃんはナチュラルでビッチなだけなのに」
「確か、クレイジーヴァージンサイコビッチでしたっけ?」
「そうそう、朔ちゃんってちょっとおかしいところあるからクレイジーで、経験ないからヴァージン……経験ないよね?」
葵が上目遣いで朔に確認すると、朔は額に青筋を立てて答えた。
「経験なんてある訳ないでしょ! って、何言わせるのかな!?」
葵は朔の言葉を聞いて「なら良し!」と満足げに頷き、言葉を続ける。
「あと、朔ちゃんってちょっとおかしい行動もあるからサイコで、ちょっとナチュラルに男女を問わず誘惑しちゃうからビッチ! だから決して猫なんてかぶって無いのに酷いよね!」
酷いのはお前である。そもそも自称でも友人であるのなら、朔が『クレイジーヴァージンサイコビッチ』であることを否定すべきである。
「おかしいって2回言わなくてもいいじゃない! 大体、クレージーでヴァージンでサイコでビッチって何かおかしいよ! ビッチが修飾されすぎだから!」
若干涙目になりながら朔は抗議した。するとそれまで静観していた真冬花が声を荒らげる。
「葵も佐鳥さんも失礼ですよ! 朔さんは決して売女なんかではありません!」
「神がいた!」
真冬花のフォローにちょっとだけ感激の朔である。
……が、次の瞬間にそれは迷妄であったと思い知ることになる。なぜなら、
「だって、朔さんって初なねんねちゃんでありましたから♪」
などと、火に油を注ぐが如き発言をぶちまかしたからだ。
「ちょっ! まっ――」
真冬花の意味深過ぎる発言に言葉を失う朔。一方、葵は一瞬無表情になったかと思うと、瞬時のうちに表情を般若のように一変させる。
「ありました? ありましたってどういう事!? 朔ちゃん説明して! もしかして真冬花と寝たの? 嘘だよね、嘘だといって! そもそも初めては私に捧げるという約束だったよね! それなのに真冬花と寝たの!? 私というものがありながら真冬花と寝たの!? その場の雰囲気で真冬花と寝たの!? 誤魔化さなくてもいいよ! 本当に真冬花と寝たんでしょ! 真冬花と寝たって言えよ!! このビッチがぁぁぁぁ!!」
妄想爆発、葵が吼えた。
もちろん朔が真冬花と関係を持った事実は無いし、葵に初めてを捧げるという約束もしていない訳だが葵の中では既成事実化しており手に負えない状態である。
「そんな訳ないから! 誤解だから!! あなたも変なこと言わないで下さい!」
「変なこと? あのお風呂での事は遊びだったのですか? しくしく……」
朔の弁明をあっさり潰しに入る真冬花だった。まったく箱入り娘の癖にいい性格である。
「やっぱり真冬花とはそういう仲なんだぁぁーーーー! 神は死んだ! 今死んだ!」
「だからあなたは誤解を招くような事を言うなって言っているでしょうが!」
「うわー、朔先輩ってガチレズですか。本当にレズって存在していたんだ。気持ち悪っ!」
混乱に乗じて最年少の佐鳥が安全な位置から朔をディスりに入る。
幼さの残るロリフェイスの癖に水に落ちた犬は打てを地で行く性格であった。
そんな生徒会女子部(一部男子)の異常な盛り上がりに一夏はやれやれと嘆息しながら釘を刺した。
「おいおい、品性が足りないぞお前ら。もう少し慎みを持ったらどうだ? はしたない……」
「全くだ。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだな」
一夏と和春の言葉にはっとなる生徒会女子部。
普段ならこちらが注意する側なのに逆に注意され、ばつが悪そうに各々が視線を逸らした。
「一夏くんや和春くんに言われる様じゃ、うちらお仕舞いだよ朔ちゃん……」
「……そうだね」
「……すこし落ち着きましょうか」
「佐鳥もそれには同意します……」
いつにも無くしおらしい生徒会女子部であった。




