第十四話 放課後の体育倉庫 その4
「……という訳なんです」
時間がたち、幾分冷静になった真冬花たちに朔は体育倉庫での経過を説明する。渋い表情を浮かべながら黙って聞いていた真冬花は、朔の説明が終わると困ったように大きく溜息をついた。
「それが事実なら空手部だけでなく、三角コーン男も問題ですね」
「全くだよ! 朔ちゃんを襲っていいのは私だけなのに!」
葵がいきり立った。本当にこの子は空気を読む気が無いのだなと朔が呆れていると、真冬花が葵をじろりと一瞥する。
葵が気まずそうに視線を逸らしたのを見計らい、真冬花は一つ一つ確認するように朔に訪ねる。
「まず、最初ですが、空手部の大三島副部長が朝の出来事を逆恨みして、玉桂さんを罠にかけた。間違いありませんね」
「ええ、本人がそう話していましたから」
「なるほど。これについては生徒会のほうで責任を持って対処します。異存はありませんね」
「はいありません」
「では、次ですが……三角コーン男はあなたを助けた」
「はい」
「そのあと、襲ってきた」
「そうですね」
「何故です?」
「それはわからないですけど……」
何故と聞かれても、困る朔である。むしろこちらが何故と聞きたいくらいである。
「どうせあなたの色気に惑わされたのでしょうけど……男性というものは理性に欠け即物的でどうしようもない生き物ですからね」
真冬花の手厳しい男性批判に朔は軽くむっとする。
朔だって男である。男というだけで十把一絡にされるのは大変遺憾なのである。
「理知的な男性だってたくさんいると思いますけど、あなたにはご縁が無かったようですね」
朔は言葉に若干の棘を混ぜて言い返す。
「そうでしょうか? 私には誰も彼も下半身でしかモノを考えていないように思えるのですが。玉桂さんだって随分と心当たりがあるでしょう」
「うっ、いやでも……」
真冬花の指摘に、朔は返答に困った。
確かに朔が告白を断っても強引にモノにしようとしてきた男が過去に何人もいたことは事実だ。
もちろんその度に上手く交わしたり、場合によっては返り討ちにしてきたこともある。しかし、真冬花の主張を認めると、自分自身も否定されたようでなんだか気分が悪い。
なにか上手い反論をと考えていると、葵が薄ら笑いを浮かべながら横から口を挟む。
「そんなこといってー、真冬花が今でも大好きな、あの人だって男の人でしょ?」
「ちょっ……何を言い出すのです! 全く意味が解りません! 意味不明です、意味不明!」
ニヤニヤしながら指摘する葵に対し、真冬花が泡を食ったように否定する。
だが、その慌てぶりでは説得力が皆無である。
「真冬花、恋愛に興味ないって言ってたのに好きな人いたんだ」
希がぽつりと零す。
「だから誤解です、誤解! 確かにあの人に感謝はしていますけど別に好きとか嫌いとかじゃなくて……ごにょごにょ」
真冬花は顔を真っ赤にして否定するが、徐々にトーンダウンしながらもじもじしだした。
真冬花の意外な姿に毒気を抜かれた朔は真冬花が恋する男の子が気になり質問する。
「それって、どんなひと? どうして好きになったんです?」
「玉桂さんに答える義務はありません! ……いやだから好きとかじゃなくてですね!」
「私も気になる。教えて真冬花。隠し事は禁止」
「の、希まで……あぅー……」
朔だけではなく真冬花にとって親友である希にまで食いつかれて困る真冬花である。
「まぁまぁ二人とも、私が説明してあげるからこの子を追い詰めないで」
見かねた葵が仕方ないなぁという表情を浮かべ助け舟を出すが、そもそもの原因はお前である。
「何年か前の夏祭りで男に悪戯されそうになったところを助けてもらったんだよね」
「……え、ええ」
「でも名前を聞く前に立ち去ってしまい、誰だか判らず。て話だよね」
「……そうです」
すっかりと小さくなった真冬花がひたすらもじもじさせながら頷いた。
その姿は真冬花らしからぬ、いかにも恋する乙女そのものだった。
「なんかロマンティックなお話ですね」
「そうでしょうか……」
「……ねぇ、その人は見つからないの?」
希の問いかけに真冬花は軽くはにかみつつ吐露する。
「そうですね、それっきりです。もしもう一度逢う事が出来たならあの時の感謝の気持ちを伝えたいとは思っていますけど、もう随分と昔に済んだ事でもあります。だから、もう私の中ではただの思い出なんです」
「……そっか、いつかまた逢えると良いですね」
朔がぽつりと呟く。朔の意外な発言に驚く真冬花だったが、すぐに表情が柔らかくなり、ぺこりと頭を下げた。
「玉桂さん……ありがとう」
そんな真冬花のまっすぐな気持ちに朔が感心していると、何処からともなくくつくつとした忍び笑いが体育倉庫にこだました。
何事かと声の方に振り向くと葵が口を押さえて笑いを堪えていた。
そして、その笑え声は止まるどころか段々と大きくなり、ついには真冬花を指差し、「あははははっっっ」と腹を抱えて笑いだす始末である。
「私の話の何が可笑しいと言うのですか!」
真冬花が険しい形相で睨みつけるが葵は止まらない。
「だって、真冬花がっ……あははっ、ただの思い出って! あはははははっ!」
「……ただの思い出なのは事実です。だから可笑しい所はありません」
真冬花は真面目な顔で葵の謂わんとすることを否定するが、葵はそれを嘲笑うかのように口を歪め言い放つ。
「だってこの子、助けてもらった次の日から金と日野和の人脈を使って必死にその人を探したんだよ! 私の王子様だとかなんとか言ってね! 男に興味が無い私にも「心当たり無い?」って聞いてくるくらい必死だったし、完全に恋する乙女って感じで舞い上がってたなぁ。そういえば懸賞金をかけて『この人を見つけたら百万円!』とかもやってたよね! でねでねっ、その時に真冬花が書いたモンタージュがまた酷くてね、どの位酷いかと言うと「お前、はいだ画伯の再来かよ!」って思わず突っ込まざるを得ないレベルなの! その絵見て本人連れて来られたら間違いなくそいつはエスパーだよ、エスパークス! それなのに真冬花ったら自信満々に上手に描k――大都会岡山っ!」
葵は全てを言い切る前に真冬花の掌底を鳩尾に食らいそのまま崩れ落ちた。
真冬花は体育倉庫の床に転がった葵を無表情で一瞥すると、
「私、用事がありますので、これで失礼いたしますね」
上品だが違和感が残る微笑みを浮かべながら体育倉庫を後にした。
「「……………………」」
体育倉庫に取り残された朔と希の間にしばしの沈黙が支配する。
「希、言葉はちゃんと考えてから発言するんだよ。あと、友達はきちんと選んだ方がいいと思う」
「……わかった。肝に銘じておく」
口は災いの元。雉も鳴かずば撃たれまい。そんな言葉が身にしみた朔と希であった。