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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第十三話 放課後の体育倉庫 その3

「……助けてくれたんですか?」


 朔は予想だにしなかった展開に認識が追いつかないまま、いつの間にか朔の目の前に立ち見下ろしている白詰襟男に問いかけた。


「そうだね、確かに助けた」

「あっ、でも『不純異性交遊に天誅』って言ってましたよね? もしかして私にも何かするつもりですか?」


 朔は先程の白詰襟男の言葉を思い出し、座ったまま身をぎゅっと縮め、上目遣いで警戒する。


「ああ、あれはただの言葉の綾だ。君が襲われていたのは明らかだったのに、思わず本音が出てしまっただけだから気にしないでくれ」


 白詰襟男はにっこり笑いかけた。朔はその言葉を聞き安堵した。色々な意味で厄介そうな男子が敵ではないと判ったからだ。

 朔はホッと胸を撫で下ろし、立ち上がろうとする。すると腰に痛みが走り、先ほどまで大三島に押し倒されていたマットの上にへたり込む。緊張の糸が解けて、腰に負った痛みを自覚したのだ。

 全く、情けないものだと朔は思いつつ、再び立ち上がろうとして腰に力を込めた。すると白詰襟男は、


「体が痛むのだろう。まだしばらくは横になって安静にしていたまえ」


 と、朔の細腕を優しく掴み、そっとマットの上に朔を押し倒した。朔は「随分と気を利かすなぁ」と思ったが、こんなところでゆっくりしている時間は無い。生徒玄関で待っている希の元にすぐに戻らないといけないからだ。

 朔は再び体に力を入れて立ち上がろうとした。しかし、詰襟男はなぜか腕を放さず、朔は立ち上がることが出来なかった。


「もう大丈夫ですから、そろそろ腕を離してもらって――」

「お礼が欲しいな」


 白詰襟男は朔の言葉を遮り、真剣なまなざしで朔を見つめた。

 朔の脳裏に悪い予感が過ぎった。朔はその予感を振り払うかのように視線を逸らし答えた。


「あ、お礼ですか? 私、あまりお金持ってないから満足いただけるか……」

「お金なんて必要ない。それよりも――」


 朔の脳裏にかなり悪い予感が過ぎった。白詰襟男が全てを言い終わらないうちに朔は慌てて言葉を被せる。


「今度お弁当作ってきますから! お弁当! それで、それで良いですよね!」


 思わず語尾が強くなってしまったけどお構いなしだ。ここで『お礼は手製のお弁当』という言質を取っておけばそれで終了である。だが、押し倒したまま腕を放さない白詰襟男がそれで納得するのか微妙な情勢であると朔は認識しつつ、相手の出方を待った。


「……お手製の弁当。それはとても素晴らしいものだな」


 ……よし食いつきは上々だ!


 朔はそう思い一気に畳み掛ける。


「そうですよね! 私、料理には自信があるんです! だから――」

「――だが、もっと素晴らしく、そして美味いがモノがあるだろう?」


 白詰襟男は朔の言葉を再び遮り、意味深なことを囁き掛けた。

 台詞を取られ口をぱくぱくと開閉させる朔の脳裏にものすごく悪い予感が過ぎった。

 いや、予感というよりも既に確信に近いのだが、それでも朔は確認せずにはいられない。今の所はまだシュレーディンガーの猫状態だ。観測するまでは未来が確定したわけでは無いのだ。この予感だって思い過ごしかもしれない。

 いいや、思い過ごしだと、朔はそんなかすかな望みを抱きつつ聞き返した。


「な、何のことですか? いっ、言っている意味がよく解りましぇん」


 朔がセリフを噛んだ。二人にしばしの沈黙が流れる。白詰襟男は一つ深く息をつくと、朔から視点を外し語り出す。


「君はとても勇ましく、そして美しかった」


 どうやら決定的な答えは回避したらしいが、いきなり語り出した白詰襟男に朔は困惑する。

 大体、なんで一日に二回……いや三回も押し倒されているんだと思いながら、朔はとりあえず打開策を考える時間を稼ぐため、軽く疑問に思っていたことを質問する。


「ずっと、跳び箱の中から見ていたんですか?」

「あぁ、実は全て隙間から見させてもらった。本当なら君が砲丸を投げつけられる前に助けるべきだったが、君は本当に美しかった。見とれてしまったのだ……すまなかった」


 白詰襟男は沈痛な表情を浮かべ反省の弁を述べる。

 朔は別に責めたくて質問したことではなかったにも係わらず、白詰襟男が思いのほか殊勝な態度をとるので、押し倒されている現状を失念してフォローする。


「ごめんなさい、自分を責めないで。そんなつもりで聞いた訳じゃないんです」


 朔は無駄に色っぽい潤んだ瞳で白詰襟男を見つめ囁いた。

 手首を掴み、押し倒している相手を気遣ってフォローするという、女としては明らかに隙の多い行動なのだが朔は気がつかない。

 自分自身に関心が薄く、また、無駄に男という矜持を持つ朔にはそれが解らなかったのだ。

 そんな朔の言葉に白詰襟男は面を食らった。一瞬、この子、実は自分に気があるのではと思ったが、どうもそうではないと理解する。

 なぜなら朔の表情や声音から白詰襟男の心情を慮っている様子は読み取ることが出来ても、これを機にあわよくば取り入ろうとする打算や女性特有の恋心を想わせる甘い感情は全く感じられなかったからである。


 そうわかった瞬間、白詰襟男は胸が熱くなった。それは白詰襟男がこれまでに出会ってきた女子たちには無いものだったからだ。

 今まで白詰襟男が持つ容姿・財力・権力のどれかもしくはその全てに惹かれて近づいてくる女子以外の存在などあり得なかったのだ。

 最初は軽く朔を煽ってドキマギさせたあと、頬にキスでもしてからかってやろうと白詰襟男は考えていたのだが、朔が本当にいとおしくなり、キスよりも更に一歩も二歩も進んだ関係を夢想した。

 好都合なことに状況も現在、白詰襟男が上で朔が下である。

 これぞまさに天命と考えた白詰襟男はそれまで出した事が無いような柔らかな声色で朔に問いかけた。


「君は本当に優しいね。こんな状況でも僕を慰めてくれるのだから。……運命の出会いとはこのような事を言うのだろう。君と僕はこれから契りを結ぶことになるけど、心配はいらないよ。僕は君を一生愛し守り抜く覚悟も力もある。もちろん生活の苦労だって絶対にさせないから、僕と結婚して欲しい」

「……ええっ、結婚?」


 それは、正にプロポーズであった。

 行動は残念だが、この眉目秀麗な男子にここまで言われて落ちない女など、この世に存在しないだろうと思うくらい情熱的で心がこもった告白であると朔は思った。

 しかし、朔は男である。残念ながら白詰襟男の言葉は朔の心には届かない。……のだが、予想を斜め上に行く展開に朔は大いにテンパった。男子にもてもての朔といえどさすがに求婚されたことなど一度も無かったからだ。

 とりあえずおことわりの言葉をと考えたが、ここでプロポーズをすっぱり断ったところで白詰襟男の暴走が止まるとは思い難い。とはいえ、駄目元でも何か抵抗しないことには何も始まらない。

 無抵抗主義を貫いたところで待っている未来は、ある意味でオトナになった朔である。

 それだけはごめんだと朔は働かない思考を奮い立たせて何とか断りの言葉を捻り出す。


「……やめてください、私には既に心に決めたひとが……」


 なかなか小賢しいセリフではあったが、


「心配要らないよ、そんな男はすぐに忘れさせてあげる。君だって僕をすぐ好きになるよ」


 ざんねん 白詰襟男には きかなかった!


 朔はどうにかこの状況を打破できないかとさらに考えるが、残念ながら何も思いつかない。とりあえずジタバタと抵抗を試みるが、がっちり腕を押さえられており、白詰襟男は微動だにしない。

 そんな事をしているうちに、朔の上着とスカートをたくし上げられた。どこかで見た展開であるのはともかく、白い柔肌と純白のブラと濃紺のブルマが露わになり、朔はひっと小さく悲鳴を漏らす。そして朔の小さな花唇に白詰襟男の唇がゆっくりと迫った。


 ……や、やだ! 初めてが男だなんて! っていうか、ボクが男とばれちゃうじゃん! でも、まだ下を全部見られたわけじゃ無いっ! かっ……かくなる上はこの男の先手を取って先にお尻を差し出せば……。


 ブルマはまだ健在だ。ブルマと中のショーツをずらし、タックした男性器は露見させずにアナルだけ出して、この男の男性器を自らアナルに誘導すれば、最悪、ヤられても男だとばれないんじゃないかと、朔は白詰襟男の唇を避けながら考える。

 思いつきとしては最低だが、それほどまでに朔の精神は朔は追い詰められていたのだ。

 だが、朔がそうする間もなく白詰襟男の手が無情にもブルマとショーツにかかった。もはや万事休すと朔が諦めかけた次の瞬間――



「朔ちゃん! 無事!?」



 鈍色をした鋼鉄製の重い扉がばぁんと激しい音を立てて左右に叩きつけられるように開かれ、叫び声が体育倉庫内に響いた。同時に葵と真冬花、そして遅れて希が体育倉庫になだれ込んだ。

 朔がおそるおそる声の方向に振り向くと、青い顔をした真冬花と目が合った。どうやら予想外の事態に絶句しているらしい。視線をずらすと葵と希も表情の無い顔でこちらを眺めているのが見えた。

 わざわざ朔を助けに来たのに当の本人は男子生徒と抱き合い、愛を育んでいるようにしか見えない状態である。真冬花たちがそういう表情になってもしようがない状況だ。

 朔がどう弁明しようかと悩んでいると、真冬花たちに背を向け、石のように固まっていた白詰襟男が近くにあった三角コーンを急に被った。

 顔を真冬花たちに見られないようにするためだ。そして、間髪入れず、破竹の勢いで扉の反対側の窓から飛び出していく。

 その手際の良さに、朔たちは白詰襟男改め三角コーンを追いかけもせずに、ただぽかんと見送った。

 そんな中、一人冷静な希が口を開いた。


「逃げた」

「そのようだねー」


 葵が同調するように頷いた。一方、先程まで青い顔をしていた真冬花がいつの間にか顔を真っ赤に染め、ぷるぷると怒りで肩を震わせて怒鳴る。


「神聖な学校の中で何をやっているのですか!!」

「何ってナニだよね、どう見ても確実に」


葵が最低な合いの手をいれる。


「……最低」


希は蔑んだ双眸を朔に向け呟く。


「ち、ちがうの! 誤解なの!」


 朔は慌てて弁解するが、制服が胸元までたくし上がっており、残念ながら逆効果である。


「ええ、誤解でした。玉桂さんはもう少し清純な女性だと希から窺っておりましたが、全くの買い被りでした。告白された相手にすぐ身体を許す、学内で流れている噂通りのアバズレで間違いないようですね」

「心証が果てしなく悪化している!」

「ねぇねぇ、朔ちゃん朔ちゃん、相手は誰だったの? 跳び箱が死角になってたからよく見えなかったんだよー」


 葵は場の空気を無視すると、野次馬根性丸出しで朔に質問する。


「……わかんない」


 朔は気まずそうに視線を逸らし、ぽつりと漏らした。


「つまり玉桂さんは名前も知らないような男と行きずりでの情事を重ねていた訳ですね」

「だから誤解なんです! はじめは空手部のショタ……じゃなくて……ええと、確か大三島が、朝のお礼のだと待ち伏せていて襲ってきたんだけど、三角コーンが急に跳び箱から腰を振って出てきて、でまたその三角コーンに襲われたんです!」


 朔は必死に今までの経緯を説明するが、焦っているためか適切な情報選択が出来ていない。

 希が当然のように「意味不明」と一刀両断すると、葵が「朔ちゃん日本語でいいんだよー」とフォローになっていないフォローをしてさらに追い打ちをかける。まったく、死体蹴りが得意な連中である。

 なお、真冬花は勘違いを深めたらしく、「つ……つまり、複数で愉しんだ後にさらに男を漁って……」と絶句している始末である。


「全然、通じてないぃぃぃ!」


 言っている意味が理解されず朔は頭を抱えた。


「男なんて漁らないで、私の身体を漁りなさいよ!」


 葵が大きな胸を突き出して言った。


「やっぱり両刀なんですか!? がくがくぶるぶる」


 何故か真冬花が焦った。


「男も女もいらないよ! 私は希がいるだけで十分だもん!」


 朔がシスコン振りを発揮した。


「…………バカばっか」


 一人冷静な希であった。


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