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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第十一話 放課後の体育倉庫 その1

「玉桂朔さん、ようこそ体育倉庫へ! 随分と待ちくたびれちゃったよ」


 朔の目の前にある跳び箱に腰掛けたまま、ショタボーイこと空手部の副部長である大三島が笑顔で朔を歓迎した。

 なお、当の朔は体育倉庫の中で大三島の手下である二人の男子に両腕をしっかりと極められ、まるで江戸時代の下手人のようにマットの上に正座させられていた。

 下手人で思い出したが、遠山の金さんといえば、昼真から働きもせず江戸の町を徘徊しながら悪人を暴行――もとい成敗しお白洲に連行。下手人が白を切ると肩に彫った桜吹雪の刺青を突きつけて、『俺がジャスティス』と言わんばかりに大見得を切って打ち首獄門のイメージである(個人の感想です)。

 しかし、それはあくまで後世の創作であり、実際には町奉行は多忙な業務のため、江戸の町にプラプラと繰り出す暇など当然無く、あまりの忙しさに遠山氏も痔になるほどの業務量だったのだ!

 ……などと朔は現実逃避をしてみたが、そんな事で現実が変わることがある訳も無く、相変わらずマットの上では両腕を極められ絶賛正座中であった。


「どうしてこうなった……」


 朔は現状を再度認識しもう一度嘆息した。

 振り返ること一分前。朔は告白を聞きそして断るために、体育倉庫の前までやってきた。しかし、目的地に誰も居らず、また周囲に人影らしきものも無かった。

 朔はただの悪戯か、もしくは朔がいつまでも来ないので手紙の主は諦めて帰ったのだろうと結論付け、生徒玄関に戻ろうとした。

 ところが、どこからか朔を呼ぶ声が微かに聞こえたので、周囲を見回してみると、体育倉庫の鈍色をした鋼鉄製の重い扉が30㎝ほど開いているのが目に入った。

 手紙に待ち合わせ場所が『体育倉庫前』では無く、『体育倉庫』になっていたことを朔は思い出すと、扉の隙間から半身ほど体を挿し入れ、薄暗い倉庫の中を覗き一声掛けた。

 直後、朔は急に両腕を掴まれ倉庫に引き込まれてしまい、現在に至ったのである。

 よく考えたら、普段はしっかりと施錠されている体育倉庫の扉が開いている段階でおかしいと気が付くべきなのだが、その時はそこまで深く考えなかったのが失敗の元であった。


「こんなことして、どういうつもりですか」


 朔は跳び箱に鎮座する大三島に問い質すと、ビック三島というよりショタ三島と言ったほうが正しいと思われる大三島がボーイソプラノを響かせ答えた。


「ああ、朝はお世話になったからそのお礼をしようかなと思ってね」

「朝のお礼……ですか? 随分と律儀な性格なんですね。粘着質ともいうのかしら」


 朔は落ち着いた声色で返答すると同時に辺りを軽く確認する。

 朔の腕を極めている二人の他に体育倉庫の扉の所に更に一人おり、出入り口を塞いでいる。大三島の後方の壁には人一人が通れそうなくらいの小窓が開いているのが見えた。

 恐らくはあそこから鍵が閉まっていた倉庫に侵入し、倉庫の扉の鍵を内側から開けたのだろうと朔は推測する。

 いずれにしても簡単には逃げ出せる状況では無さそうだ。


「私、これから用事があるからそろそろ帰りたいのですが」

「君ってば面白いこと言うね。でも、それは無理な相談だよ。だって、これからが本当のお楽しみなんだから、ねぇ」


 大三島は粘着質な笑いを浮かべ、朔を拘束している男子達に視点を移した。男子達は朔の女性らしい肢体に目を向け、ごくりと唾を飲みこんだ。

 そんな、男子達の様子を見て朔は表情を変えず淡白に呟いた。


「犯すの? それとも輪姦まわす?」

「へー、意外! 清楚な玉桂さんからそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ」


 大三島は目を丸くして、仰々しく手を広げた。


「清楚とか勝手な思い込みは迷惑です。それで結局どうするつもりですか?」


 朔は怒気を孕んだ声で吐き捨てつつ、心は冷静にして拘束を解く隙を窺う。


「まあまあ、そう怒らないで。別に酷い事をしたくて君を呼び出した訳じゃないんだ。ただ協力して欲しいだけだよ」


 大三島の発言に朔は眉を顰めた。言葉では『協力』なんて言っているが、実際にやっている事は『脅迫』だ。どうせ碌でもない『提案』をしてくるに違いない。

 朔はそう思いつつ意味が解らないという顔をして質問した。


「協力? どういうことですか?」

「簡単なことだよ、副会長の日野和真冬花を単身でココに呼び出して欲しいだけさ」


 なるほど、朝に果たせなかった事の続きをやろうという魂胆らしい。その背格好と同じように考えることがみみっちい。


「私と同じように手紙で呼び出せばいいじゃないんですか? そっちの方が話は早いと思いますけど」


 朔は当たり前のように反論すると、大三島はやれやれと首を横に振る。


「それがねぇ、尻が軽い君とは違い日野和真冬花は警戒心が強くてね。手紙を送っても梨の礫だし、呼び出しには応じないし、単身行動もあまり取らないんだよねー。それに今朝のこともあったから、今はいつも以上に警戒しているだろうし、下手したら掃除屋が出て来かねないから、君の出番って訳。もし、日野和真冬花を連れてきてくれたら君は見逃してあげるよ、朔ちゃん♪」


 大三島が粘ついた視線を朔に向けた。そして、朔は思った。尻が軽いは余計だと。

 それはさておき、大三島が言っていることは鯛である日野和真冬花を釣るための海老に朔がなれば見逃してくれるという訳だ。

 しかし、その条件を飲まない場合は――


「――もし、断ると言ったら?」

「多分、酷い事になるんじゃないかな? どうする」


 大三島は嗜虐的な笑みを浮かべて答えを促す。

 朔は大三島の言葉を頭の中で反芻しながら思案する。そして寸暇ののち口を開いた。


「……わかりました、協力します」

「あー、そうなんだ。本当に良いの? 君って案外ドライなんだね」


 朔の答えが意外だったのか大三島の顔に驚きが浮かんでいる。朔は「そうですね」と軽く頷くと、何気ない態度で拘束している男子の一人に顔を向け言った。


「ええ、だから拘束を外して下さい」


 話しかけられた男子は、深く考えもせずに拘束していた朔の腕を外した。

 大三島は朔の言葉の意図に若干遅れて気が付くと、慌てた様子で「外すな!」と叫んだ。

 しかし、後の祭りである。

 朔は拘束を外した男子に素早く裏拳を決めると、もう一人を空いた手を使い一気呵成の勢いで投げ飛ばした。

 その様子を唖然として見ていた門番が我に返り慌てて襲いかかる。

 真っ直ぐ向かってくる門番を朔はその突進力を利用しそのまま投げ飛ばした。

 門番からぐえっと、蛙のような声が漏れた。

 三人の男子が痛みでへたり込むことで体育倉庫の扉までの道が出来た。

 朔は跳び箱の上であたふたとしている大三島を放置。体育倉庫から脱出するべく鈍色の扉に取り付き、体重をかけて開けようと試みた。

 だが、予想よりも扉が重く開けるのに時間がかかる。

 扉が開きだし、あと5センチで脱出できると思った瞬間、朔の背中に衝撃が走った。


「あっ……かはっ……」


 朔は痛みで息がつまり、思わず蹲る。痛みの原因を目で探ると、すぐ側に砲丸が落ちているのが目に映った。

 どうやら大三島が砲丸を投げつけたらしい。そんなものをどこに隠していたのだ?と、朔が痛みを我慢しながら考えていると、それまでへたり込んでいた男子達が好機とばかりに蹲っていた朔を慌てて取り押さえた。


「まったく、危ないねぇ」


 大三島が額の汗を拭き、跳び箱の上から降りると朔の元まで歩み寄る。


「さすが、学年トップの頭脳だけあって中々の洞察力だね。こっちの考えは全てお見通しって訳か」

「大三島さん、どういう事ですか?」


 男子の一人が理解できないと言った様子で大三島に尋ねた。他の男子も同じように顔に疑問符が浮かんでいるようで、互いに顔を見合わせている。


「まったく、君たちは逆に頭が悪いね。こいつがどう返事しても結果は同じってことだよ」

「はあ、そうだったんですか?」


 わかっていない様子の男子達に、大三島は呆れて溜息をつきながら説明する。


「本当にどうしようもないね。こいつが協力するにせよしないにせよ、ちゃんと約束を守るように担保は取っておかないといけないって話だよ。担保を取らずに開放したらそのままドロンされて終わりになっちゃうだろ。ねぇ、朔ちゃん♪」

「…………」


 大三島は取り押さえられ身動きが出来ない朔に下卑た笑みをぶつけた。一方朔はそんな大三島とは視線を合わさず無視を決め込む。


「えーと? ああ! どっちにしてもヤることはヤっとくって訳ですか」


 そんな朔と大三島を見て男子たちはやっと納得がいったらしい。


「簡単に言うとそういうこと。ああ、カメラ準備ね」


 大三島が首肯。そして当初の予定を消化するため指示を出した。男子たちは用意していたビデオカメラの準備に取り掛かりだす。


「カメラオッケーです」

「じゃあ、はじめようか。ねぇ、君って初めて?」

「……っ、最低……」


 朔は顔を覗き込んできた大三島から視点を逸らし、顔を赤らめて悔しそうに呟いた。

 初めてなのは当たり前である。何故なら朔は男であるのだから、他の男子に身体を許したことなどある訳が無い。そして当然、今後もありえない。

 朔は大三島に強い憤りを感じ、身体をぶるぶると振るわせた。その様子を見て大三島は朔が怯えていると勘違いしたらしく、口の端を吊り上げて愉しそうに哂った。


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