第九話 合意があればドクハラではない
「はぁぁぁぁ……」
放課後、校医室のベッドに腰掛けていた朔は疲れた様子で大きく溜息をついた。
「朔、疲れてる?」
ベッドの横にある椅子に座った繭子が仕事の手を止め、朔に向かい合った
「ええ……繭子さんが助けてくれなかったおかげでとても」
朔は更衣室の一件を思い出し、繭子を半眼で見据えながら恨み言を吐いた。
「まぁまぁ、機嫌直して。でも役得だったでしょう? どうだった年頃の女の子の艶姿は?」
「……別に、どうって言われても特には……」
朔はもじもじしながら頬を薄く桜色に染める。
「ふーん、まぁそういう事にしておこうか」
繭子はニヤニヤしなら手に持っていたペンをくるりと回した。
「ところで希ちゃんは? 学園ではやっぱり一緒に行動してないのかな?」
「ええ、希が嫌がりますから。でも、登下校は一緒ですよ」
「へぇ、いつも一緒に?」
「ええ、登下校だけは」
「もっと距離感があるのかと思っていたけど、違うようね」
「まあ、希も私のことが満更じゃないということですよ」
朔は少し照れながら嬉しそうに言った。繭子は感心したように頷く。
「意外と仲良くやっているんだね。あ、今日は診察するから上半身ぬいで。ブラもね」
「……校医室に呼び出して何の用事かと思ったらいきなり診察ですか?」
「うん、最近診察していなかったらからね。あっ、もしかしてエロいことでも想像してた? まぁ、朔がそのつもりなら私も一肌脱ぐけど♪」
「はいはい、バカなこと言ってないでさっさと診察してください」
白衣に手をかけ脱ぐ真似をする繭子を朔はテキトーに諌めると、諦めたように制服やインナー、ブラを脱ぎ捨てた。
上半身が露となった朔が繭子と向かい合う。
「あれ、嫌がんないね? 恥ずかしくないの?」
繭子が意外そうに首を傾げた。
てっきりもっと嫌がったり、恥ずかしがったりするものだと思っていたのだ。しかし、服を脱ぎ捨てた朔からは恥じらいが感じられなかった。
「男の子が上半身晒したくらいで普通恥ずかしがりますか?」
朔は胸を張って主張した。同年代女子の平均を上回る乳房がたぷんと震えた。
本当は顔から火が出るくらい恥ずかしいのだが隙を見せると繭子に付け込まれかねない。朔は羞恥心をぐっと抑えて平然を装う。
一方、繭子は朔の言葉に納得したのか、なるほどという表情を浮かべたかと思うと、いきなり朔の胸を両手でがっちりと掴み揉みしだいた。
「ひゃうん!」
いきなりの攻撃にびっくりした朔は男の子らしからぬ声をあげる。それを見た繭子は口の端を吊り上げ、朔を問いただした。
「で、本音は?」
「……とても、恥ずかしいです」
朔は今にも消え入りそうな声で呟くのが精一杯だった。
「ううーん、前より大きくなっているなぁ。でも、しこりは無いし張っている様子も無いから今のところは心配ないと思う」
繭子は朔の胸を触診しながら診断を下す。
朔はそれを聞いて落ち込んだように呟いた。
「やっぱり胸、大きくなっていますよね……」
「うん、明らかにね。この様子だと自然に小さくなっていくことは考えにくいねぇ。このまま放っておくと普通の男性に戻ろうとしたときに外科的手術が必要になると思うよ。どうする? 今のうちからホルモン剤で小さくするようにしていく?」
繭子の指摘に朔は一瞬逡巡したが、はっきりした声で断る。
「いいえ、結構です。……だってホルモン剤飲むと、その、男の子っぽくなりますよね」
「まぁ、飲む量にもよるけど、髭が生えてきたり体つきががっちりしてくると思うよ」
「それなら、なおさらです」
朔は自らの願望を振り払うかのように言い切った。
男性化。それは朔にとって悲願だ。
女のなりを止めて男に戻りたいという気持ちは幼い頃から今までずっと持ち続けてきた朔の願いだった。
しかし、それでも朔にはそれが出来なかった。なぜなら、子供の時に女として生きることを母に言い付けられたからだ。
たったそれだけのことだが、朔はそれを破ることがどうしても出来なかった――いや、未だ出来ないのである。
「そっか、朔の気持ちは分かったよ。でもたまには発想の転換も必要だよね。だから朔の行く末をこのサイコロで決めてみない?」
朔の思いつめた感情を感じ取った繭子はあえて明るい声で話題を変えると、白衣の中から六面ダイスを取り出し高々とそれを掲げた。
「あのー、意味がわかりません」
朔は呆気に取られた顔で繭子を見つめる。
……何を考えている? 碌でもないことだとは思うけど……。
朔が心の中で警戒していると、繭子はおもむろに説明を開始する。
「ほら、テレビでよくあるじゃん、「何が出るかな」ってやつ。朔は午後一時からやっているあのテレビ番組見たこと無い?」
「テレビは見ないので……」
「ま、やれば判るから、はいじゃこれ持って!」
何処から出したのか、繭子はテレビ番組で使われていそうなフリップを朔に渡した。
「一体、何が……」
朔が渡されたフリップに書かれた内容を確認すると――
『①JAL最終便でモロッコ。身も心も女の子に
②ANA最終便でタイ。身も心も女の子に
③北斗星6号で秋葉原。女装カフェに就職も本当の女の子に
④北海道新幹線で新宿二丁目。おかまバーに就職も本当の女の子に
⑤ラ・フォーレ号で呪泉郷。水を被って本当の女の子に
⑥はかた号で聖應女学院入学。エルダーになり瑞穂ちゃんに見初められて本当の女の子に』
――と、理解に苦しむ文章が書き連ねていた。
「何ですか……コレ」
「朔……今日って何曜日?」
「……水曜でs――」
「どうでしょう!」
繭子は潔いくらいのドヤ顔だ。
フリップを持つ朔の肩が怒りで細かく震える。上半身が裸のままのため、連動するように乳房も細かく震えている。
「だから意味が解りません! いや、解るけど理解したくありません! 大体コレって午後一時からやっているあのテレビ番組の企画じゃないですよね! 水曜深夜のアレですよね!?」
「テレビ見ないくせにしっかり理解してるじゃん。だからこれからサイコロを振って出た目で朔が将来目指す進路を決めるのよ」
繭子はさも当たり前のように言った。朔は頭痛を抑えつつ、口を開く。
「……選択肢がおかしいですよね? 5と6なんて完全に二次元のお話だし!」
「おかしくないよ! 朔は本当の女の子になるべきだから!」
「死ね、年増! 行かず後家! この、駄目人間! なんで思考がすぐそっちにいくんですか! 短絡的にも程があります! 頭の回路が直列でしか繋がってないんですか!」
何とか平静を保っていた朔が爆発だ。しかし、繭子も負けじと反撃する。
「だって、絶対女の子の方があってるじゃん! てか既にほとんど女の子じゃん! 生まれてくる性別を間違えたとしか思えない!」
「ぼっボクだって、別にこうしたい訳じゃないんだ!」
「朔、素がでてるよ」
「あ、しまった。えっと、ボクじゃなくてわたしわたしわたし――」
思わず男の子の部分が出てしまった朔が、慌てていつもの姿を取り戻そうと自らを洗脳だ。
「ところで話は変わるけど、……今日の体育はどうだった?」
繭子はニヤニヤと口を三日月のようにしながら質問する。
「どうって言われても。別にいつも通りでしたけど」
確かに今日は午後から体育の授業があったが、朔は繭子の質問の意図が解らず首を傾げながら当たり障り無く返答した。
すると、繭子は得心したように言い直す。
「ああ、言い方が悪かったね。ブルマはどうだった、朔♪」
「なんでそんなこと知っているんですか!」
朔は驚いた。それもそのはず、朔は繭子に体操服の指定着がブルマであったことを今まで一度も教えていなかったからだ。
ちなみに学園では去年までハーフパンツだった指定着がなぜか今年度からはブルマへと変更されていたが、理由は不明である。
「そりゃあ……ねぇ、ブルマ指定着化の話を学園の理事長に吹き込んだのって私だし♪」
繭子は三日月となった口の端を更に吊り上げ、さも愉快そうに言った。犯人のブルマリアンはコイツらしい。
「繭子さんの仕業ですか! もー、何しちゃってくれているんですか! 体育の時大変なんですよ!」
「へー、どう何が大変なのかなー? 詳しく教えてよ♪」
「そっそれは……」
朔は顔を紅くして口ごもった。
……言えない! ブルマがあそこに食い込んできついなんて……。
繭子はおどおどした朔の様子を見て、今がチャンスと言わんばかりに攻め立てる。
「ところで今もブルマリアン状態? ちょっとそのスカートめくってみてよ」
「嫌ですよ! なんでそんなこと!」
「えー、ただの診察だよ、ただの。それとも主治医である私に見られたらなにかまずいモノでも隠してあるの?」
「……別にまずいものなんて……分かりました、これで良いですか」
繭子の舌先三寸に騙された朔はそっとスカートをめくり上げた。中からはブルマと本物の女性のようにすっきりとした股間がご開帳である。
なお、上半身は相変わらず裸のままのため、完全にいかがわしいコスプレプレイの様相を呈しているが朔は気が付かない。
「あら、本当にはいてるじゃん! 着替えなかったの?」
「……別にいいじゃないですか」
いつもなら体育の後は階段下などの物陰でブルマを脱いでいるのだが、今日に限っては葵に女子更衣室へと連行された上に纏わり付かれたため、ブルマを脱ぐ隙が無かったのである。
繭子は朔に近づきまじまじとスカートの中のブルマを観察する。
繭子の息が股間を撫でて朔はびくりと身を震わせた。
「ちんこはどこ行った? 矯正サポーターのおかげ? それにしてもすっきりしすぎだよね?」
繭子が恥ずかしげも無く疑問を口にした。朔が紅く色づいた頬をより紅潮させ答える。
「女の人がはっきりそういうこと言わないでください! 股間をスマートに見せる整形術があるんです! 医者なら察してください!」
「ごめーん、勉強不足だった。だから、どうなっているのか中を見せて」
医学的好奇心からなのか趣味からなのか判らないが、繭子はどんでもないこと言い出した。
「駄目に決まっているじゃないですか!」
「えーケチー、もー仕方ないなぁ」
繭子は不満を言いながらもあっさり引き下がった。
朔はほっとして胸を撫で下ろす。しかし、次の瞬間、それは間違いであること認識することになった。
なぜなら――
「自主的に見せてくれないなら、無理にでもだよ。どーん」
「あぅ!」
――と、朔はあっという間にベッドに押し倒されたからだ。
繭子の手が容赦なくブルマへと伸びる。
「ちょっと、なにするんですか、止めて下さい!」
朔は必死に抵抗するが繭子の拘束ががっちりと極まっており抜け出せない。
「見るだけだって、痛いことしないから……多分ね」
「多分ってなんですか! 大体、繭子さんはあの子とキャラが被っているのだから、少しは自粛してください!」
あの子とはもちろん葵である。前々から思っていたがセクハラキャラは一人で十分である。
「知るか! あっちが後出しじゃん! だから被っているのはむしろ向こうと朔のちんこでしょ!」
「どっちでもいいから、止めてくださいってば!」
朔と繭子がベットの上で攻防をしていると、がらがらと校医室のドアが開いた。
朔と繭子は慌ててドアの方向を見ると、一人の女子生徒がドアを開け入ってくるのが見えた。
「すいませーん、新聞部です。先生、取材いいで……す…………か………………」
ベッドの様子に気が付いた女子生徒の語尾がどんどんと小さくなっていく。
「「「…………」」」
三者の間に沈黙が流れた。
どのくらいそうしていただろう、それは一瞬のようにも数刻のようにも思えた。
「……あ……ええと、お取り込み中失礼しました!」
一番に我に返った女子生徒が状況を理解したらしく、その場から後ずさりすると勢い良くドアを閉め逃げていった。
廊下からは駆けていく足音が響いていた。
朔と繭子はドアの方向を呆然と凝視していたが、しばらくしてから朔がぽつりと呟いた。
「……見られ、ましたよね」
「そうだね。明らかに見られた」
「あーもう絶対誤解された、また噂が……もう最低……」
朔は思わず頭を抱えた。最悪であると。
ただでさえレズビッチという噂が流れているのにこの顛末である。噂が更に補強され流れるのは必至だ。
「不幸な事故だったねー。まあでも、噂になってもわっちは別に構わへんよ!」
「私が構うんです!」
繭子は暢気な声でフォローする。だが、朔が心配しているのは自分の身であって繭子のことではない。
「また、変な噂流されてあの子に(性的に)迫られるぅ……」
朔はベッドの上で胸をはだけさせながら落ち込んだ。
脳裏には噂を聞きつけ、自分に都合の良い論理で迫ってくる葵の顔がありありと浮かぶ。
「うう、どうすれば……」
繭子は、今後の対応に頭を悩ます朔の隙をついて、「すきあり!」と一気にブルマに手をかけた。
「あ、駄目!」
朔は慌てて制止するが繭子はそれを無視。ブルマと中のショーツを一気に引きずり下ろした。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
朔が声にならない悲鳴を上げて両手で顔を被う。
繭子の目の前に朔のナチュラルな股間が広がった……のだが、その股間を見て繭子はフリーズした。
「つるつる……だ……と……?」
繭子はそれだけを呟くと、瞬き一つせず硬直した。
朔は涙目になりながら、両手でブルマを上げ股間を隠す。
二人の間に重苦しい沈黙が流れる。
硬直していた繭子が先に口を開いた。
「……いつ取った」
「取ってません!」
朔は繭子を睨みつけ強い語尾で抗議する。
「でも、ちんこ無かった。毛も相変わらず無かった。つるつるだったし、逆にすz……いたっ!」
繭子の危うい言葉に朔は思わずつっ込んだ。
「皆まで言わないで下さい! ブルマの時はタックをしているだけです!」
「……タックって?」
「さっき、股間をスマートに見せる股間整形術があるって教えたじゃないですか! それの事ですよ!」
「それは覚えているけど、スマートに見せるどころか、モノが無いじゃん!」
朔は少し悩むような仕草をして口を開く。
「ええと、ほら、小さい男の子がお風呂でよくやる……その……お股にはさんで女の子! とかやるやつの大人バージョンみたいなものですよ」
「んー、よくわからないなー」
朔の説明がいまいち解らなかったのか、繭子は頭を軽く捻り怪訝な顔をした。
「あーもぅ、察してください。つまり……医療用接着剤とか医療用テープを使って、お股の下にアレを隠してしまう股間成形術をタックと言います。女子みたいなあそ……じゃなかったお股は接着剤で造形しているから、見た目が本当の女の子みたいになっているんです」
「いつの間に、そ……そんな技が……本当に取ったのかと思ったのに……」
説明を聞いた繭子がなぜかショックを受けていた。
「普段はシークレットショーツでお股のふくらみを無くしていますけど、ブルマだと中にシークレットショーツが収まらないから体育の日だけは仕方なくタックをしているんです」
「ああ、そうなんだ。ところで、これって水に入っても大丈夫なの?」
「私の話、聞いてました? ……まあ、大丈夫ですよ。リムーバーでないと接着が取れませんから、たとえ水泳をしたとしても形は崩れないと思います。まあ、私はかなづちだから試す気は全くないですけど」
「じゃあさ、今度一緒に温泉いこーよ。そんで、背中流し合いっこしよう! 大丈夫これなら女湯に入ったってバレないって!」
繭子はキラキラした目で提案する。スキンシップ好きな繭子らしい提案だなと思いながらも、朔は嗜めるように注意する。
「駄目です、そういう出歯亀行為は良くないと思います。それに自分の体ならともかく、人様の裸なんて恥ずかしくて見れませんよ」
「そんな姿なりをしているのに純情なんだねぇ」
「これでも一端の男のつもりですから!」
繭子が呆れたように言うと、朔は丸出しの胸を張って主張した。
乳房が揺れる。
繭子は朔の肢体をまじまじと確認しながら、諦めたように呟いた。
「……ほんとつもりレベルだよね」
「大きなお世話です!」