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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第六話 アンニュイな昼休み

 昼休みの教室、窓際最後列の席で朔は弁当のおかずである玉子焼きを箸で弄くりながら思案に暮れていた。

 朔の計画が上手く行っていれば、今頃は希と楽しいランチとなるはずだったのに、現実は今日も教室で一人飯である。

 いつも絡んでくる葵は生徒会のランチミーティングとやらで不在だった。


「どうしてこうなった……」


 朔の予定では、今日から希の友人で生徒会副会長である日野和真冬花を助けた功績で『お姉ちゃん大好き! これからはずっと一緒にいようね!』という、妹と甘々な学園生活の始まりだったハズなのに、現実で待っていたのは一週間は登下校時五メートル以内の接近禁止というストーカー防止の様な所業であった。


「はぁぁ……上手くいかないなぁ……」


 朔の口からは後悔と絶望が入り混じった溜息が漏れるばかりだ。

 食べられるのを今か今かと待っている弁当は箸で玩ばれるだけで、目的地である口の中に運ばれる気配は微塵も無く、ただ時間ばかりがいたずらに過ぎていく。

 朔がミニトマトを箸でころころ突付きながら教室の窓から外をぼうっと眺めていると、猫車に腐葉土の袋をいくらか乗せ押していく女子の姿が見えた。

 腐葉土が過積載なのかその足取りはよたよたとおぼつかない。

 朔は食べるのを諦めた弁当箱を片付けつつ転びそうだなぁと思いながら眺めていると、女子は案の定バランスを崩し転倒する。

 女子が体を起こし、猫車から滑り落ちた腐葉土を積もうとしているが、力が足りないらしく随分と手間取っている様子だ。

 そんな時、サッカーボールを片手にした数人の男子がやってくるのが見えた。

 しかし、男子たちは四苦八苦している女子の様子を気にする事も無くそのまま通り過ぎてしまった。

 それを見て朔は一つため息をついた。

 今の朔が男子たちと同じ立場であってもおそらく手を差し伸べたりはしないだろう。

 だが、それは母に他者とは極力かかわってはならないと言い付けているからであるからだ。

 もし母の言い付けが無かったら今すぐにでも飛んで助けに行くだろう。

 なのにそんな言い付けなどされていないであろうあの男子たちが、困っている女子に一瞥もくれず通り過ぎるのだから朔が落胆するのも無理は無かった。

 朔は心の中にもやもやを抱えながら、未だ悪戦苦闘している女子を見ていると、一分もしないうちに一人の男子が女子の状況が気になったのか戻ってきた。

 朔が戻ってきた男子を目を凝らして見ると、それは今朝、朔に告白してきた男子だった。

 確か対馬とかいう男子だ。

 その告白男子は女子と一言二言と会話を交わすと、滑り落ちていた腐葉土を軽々しく持ち上げて荷台に載せ、そのまま猫車を押し始めた。

 女子は顔を赤らめながら告白男子の後を付いていく。


「今の見た? やっぱ対馬くんってやさしーしカッコいいよねー」「ほんとほんと、私だったらあのまま告っちゃうよ」「そういえば高等部に上がったばかりなのに早くも高等部サッカー部のレギュラーらしいじゃん、将来有望だよね」「今のうちにサイン貰っておいた方がいくない?」「あはは、気が早いって」


 朔の席とは逆の窓際最前列の席でたむろっていた同級生の女子たちも今の出来事を見ていたらしく、口々に好意的な意見ばかりを交わす。


 ……なるほど、あんな感じのタイプが女子には人気なのか。確かによく気が付くようだし、朝に話した感じでは誠実さも持ち合わせていそうだった。そう考えるとボクが本当の女子であったならば告白を断ってしまったのは、少しもったいなかったのかもしれない。だがボクは男だし、いくら好条件な男子だって無理なものは無理だ。というか女子だったとしても、そもそも人との関わりを持つ事が無理なのだから同じことだ。


 朔の表情に翳が差す。

 他者とのかかわりを避けている朔にとって、あの男子のように気軽に人と関わることは無理なことだった。

 そんな男子を羨ましく感じながら朔はもう一度外を見た。

 猫車を押していく男子と女子が談笑しながら遠ざかっていくのが見えた。


「さっきから、何をボーっと外を見てるの? 気になる男子でもいた?」


 いきなり後ろから葵の言葉が響く。朔は驚いて振り返る。


「いやっ、別にっ、特にはっ!」


 朔は慌てる必要が無いのに慌てた。


「まさか、対馬君の優しさを見て惚れたの? 私というものがありながら……」


 よよよ、と泣き真似をする葵。いつもの芝居がかった姿がわざとらしい。


「……惚れてなんかいませんけど」


 朔がジト目で反論すると、葵は安い演技を止め、あっけらかんとした口調で辺りに聞こえるように言い放った。


「そうだよね、対馬君は今日の朝に振ったばかりだしねぇ♪」

「ちょっと、何言い出すのよ! それは今関係ないでしょ!」


 朔は慌てて抗議するが既に手遅れだ。朔の背中に視線がチクチクと刺さる。

 振り返ってみると窓際最前列の席にたむろっていた女子が明らかに朔に敵意を向けこちらを窺っていた。

 その口々からは「今のきいた?」「うん」「ちょっとモテるからって感じ悪いよね」「何様って感じ」「アイツ男だけには愛想いいよね」「誰とでもしちゃうらしいよ」「サイテー、ビッチじゃん」「対馬君に全然釣り合ってないよね」「どうせ狂言なんじゃないの?」「そうだよね、対馬君おまえらのような女子には興味はないって言ってたし」「まじ?」「それって男だったら興味あるってことかな?」「やば、鼻血出てきた」「何想像してるのよ」などと言葉が漏れ聞こえる。


 朔は離席すると足早に教室を出た。葵も同行するように後を追う。

 クラスメイトの女子から悪意を向けられることは別に珍しい事ではないが、それでもいちいちいらぬ恨みを買うのは煩わしい。


「余計なこと言わないでよ、また余計な恨み買っちゃったじゃない」

「えーでも、本当の事だし、”広報”としてはやっぱいろんな話を広げていかないと」


 朔は抗議するが葵はまるで他人事とも言わんばかりな態度である。


「広報といってもあくまで生徒会の広報でしょ。私は関係無いじゃない」

「それにぶっちゃけ、朔ちゃんがクラスで浮くと私が独り占めできるし!」


 葵があっさり本音をぶっちゃけた。

 自分の欲望にとことん素直な女であった。


「性格悪いよ! キミはどんだけ私のこと好きなのよ!」

「そんなの決まっているじゃない、誰よりも愛してるよ! 出会い、それは始業式の――」


 葵がまた一人トリップをしだしたので、朔はそれを無視。

 希の様子を窺うべく四‐Aの教室の手前までやってきた。

 朔は教室には入らず隠れるようにドアの物陰から様子を窺う。

 なお、直接教室に入らずにこっそりと希を監視するのには理由があり、それはひとえに希に校内での接近を禁止されているためであり、朔としては不本意であるが希の希望に背くのは本位ではないので、決して趣味からではなく仕方なくストークな感じで対応しているのである。

 朔は以前、ストーキングしている姿を葵に見られた時に理由を説明したら、「気が合うね! 私も得意だよ!」と意味不明の同意を頂いたがあれは何だったのだろうと考えながら、教室に意識を向けた。

 隙間からは希が副会長や数人の女子と仲良くガールズトークをしているのが見えた。

 良く見ると希は副会長としか話していないが、時折あがる笑い声を聞くにつけ、今日もクラスメイトとは存外仲良くやっているようである。

 朔がほっと胸を撫で下ろしていると、(朔基準で)チャラそうな男子が希たちに絡んでいくのが見えた。

 朔はすかさずチャラ男に消えろオーラを瞳に込めて男子を射抜く。

 すると、朔の眼力が通じたのかチャラ男は辺りをキョロキョロしだしたかと思うと、足早にその場を立ち去って行った。

 朔が左手を握り締め小さくガッツポーズを決めていると、いきなり後ろから「朔はなにをしてるのかなー?」と呆れたような声がかかった。

 虚を衝かれた朔はびっくりして振り返ると、年増なオーラを纏った女性――朔の生まれた時からの主治医であり、恩人でもある繭子が訝しげな瞳を朔に向けていた。




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