前置き
あれよこれよとあわただしい一日は何とか過ぎ去り、春休みもそろそろ終わりを迎えてきたある朝のこと。
それは突然やってきた。
リビングに置いていた携帯が、軽快なメロディを鳴らすとともに震えだした。メールが来たみたいだ。
終わりそうにもない春休みの宿題を一時中断し、俺は携帯を開いた。
発信者:四十崎 康介(父)
件名:私が神だ
「なんだ、スパムか」
本文は見ずにノータイムで削除し、俺は宿題を続けることにした。
本当だったらこんな宿題、やるつもりは毛頭なかったのだが、どこかの誰が流したある噂により俺は泣く泣くやることになってしまった。
何でも来学期の俺のクラスの担当教師が、谷島先生らしいのだ。
あの人について詳細に思い出すのは、俺の心の健康上あまり宜しくないので控えさせてもらうが、とんでもなく恐ろしいということだけは今でも心の奥にしっかりと刻まれている。
忘れてはいけない、あの悲劇を。
そんなわけで、宿題をやり遂げなければ俺の・・・・・・・。
なんてことを考えていたら本格的に気分が悪くなってきたので、思考を切り替えることにした。さしあたって目の前にあるこの宿題に頭を使うとしよう。
「朝からそんなものやるなんて、大変そうね」
俺の思考を遮るかのように我が家の妹、奏が話しかけてきた。
と言っても妹になったのはつい最近なんだけどね・・・・。て言うか、妹って見ず知らずの人が、簡単になれるものなんだね。なれる訳あるかです。
おそらく俺の知らないところで親が色々手をまわしてくれたのだろう。そうでなきゃこの状況はないはずだからな。
と言うか、入学手続きとかほんとどうやったんだよ・・・。もう高校受験とか終わってるはずだぞ。
その辺も気になったので奏に質問をぶつけてみる。
「お前はないのかよ」
「あるわけないじゃない。そういう手筈だったんだから」
「・・・さいですか」
ますます疑問が募るばかりになってしまった。
なんなのこの子・・・・。
ため息を一つ吐き、俺は再び宿題に向かった。
俺は決して勉強ができない人種ではない。学校のテストや模試もそこそこいい位だし、今の授業にだって問題なしについていける。
ただ大きな野望や夢を持ってるわけでもないし、勉強大好き人間ではないので、あまり勉強自体を好んでやることはできない。
詰まる所、勉強をするのが面倒くさいのだ。
そんなわけでこの宿題の山も、勉強のできなさから逃避していた訳ではなく、ただ単に明日やりゃあ良いか、という怠慢から手を付けなかったのだ。
結果としては逃避型と同じく積み重なってしまったが。
しかしこの宿題、一向に終わる気配がない。
この計算ドリルなんて、もうメビウスの輪に入ってんじゃないかというくらい終わらない。
こんなにたくさん数字変えただけの問題解かせて何が楽しいんだよこのテキストの製作者は。絶対性格歪んでるだろ。
教師もも教師だ。こんな問題集をやらせるとかただの変態じゃねぇの?
とかなんとか悪態をついていなければもうほんとに手が進まない。アレだな、憎しみは人を動かす原動力となるのはあながち間違いでは無い様だ。
それにしても面倒くさい。
・・・・・明日やりゃあ良いか。
「よーし、朝食にしようぜ」
ペンを机に置きリビングに向かう俺を見て、奏が訪ねてくる。
「宿題は良いの?」
「この国にはな、明日から頑張ろう、と言う素晴らしい言葉があるんだよ。だから俺も明日から頑張ることにしたんだ」
「随分と後ろ向きに全力疾走な国ね。本当に大丈夫なのかしら」
その心配はごもっとも。でもまぁそれで今日まで何とかやっていけてるんだし、僕は良いと思うよ?
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「メールに返信してくださいって泣き声が聞こえてくるのだけど」
食後に鳴り響いた電話に出たわが妹の第一声はそれだった。
「あー・・・・・俺が代わるよ」
不承不承と言う感じで妹から子機を受け取り電話口に耳を当てる。
「さて息子よ、メールに返信してくれなかったわけを聞こうかな」
「スパムだと思いました」
「直球で酷いこと言うなよ!」
「嘘はいけないと思ったからさ」
「やさしい嘘もあると父さん信じてるから!」
めんどくせぇ・・・・。
四十崎 康介。我が家の父にして現在母と海外で仕事をしている。
今回の妹騒動の張本人。
テンションが異様に高いので朝は特にうざさがやばい人。
「で、用件は何?俺今から『魔法少女木漏れ日スプラッターデット★エンド』の最終回見るところなんだけどぉ」
「酷いタイトルだな・・・。父さん息子が心もちゃんと育っているか不安なんだけど」
余計なお世話だ。ていうかアレ超面白いんだぞ。
前見てたら妹が尋常じゃない位ドン引いてたけど。
「用件はアレだ、新しく家族の一員となった我が愛しの娘、奏ちゃんのことだよ」
まぁやはり話題といったらその話にはなるだろう。今までなんとなくで話が進んできたがここらで少しでも事情を知っておかなと面倒なことになりかねない。
ようやく事の次第を聞ける。場合によっては重い話になるだろうし、ここらで気を引き締めておくか。
「ああ、言い忘れてたけどこの話はギャグ路線でいくため、彼女の過去とか重苦しい話はあまり語らないことにするぞ」
「聞きたくなかった。そんな裏話聞きたくなかった」
まじかよ、何のための謎の少女キャラだよ。これじゃあただの毒舌ツンキャラじゃねぇか。そしてそれも十分ありじゃねぇか。
「じゃあ話ってなんだよ。何もないなら録画していた『僕と私のラララランデブー』見たいんだけどぉ」
「さっきと違うやつだよねそれ。ていうか今期のアニメはそんなひどいものしかやってないの?お父さんちょっと日本のアニメ業界が不安になってきたんだけど」
ほっとけ。あれはあれで面白いんだよ。タイトルは終わってるけど。
「話が進まないから用件だけ言うぞ」
めげないなぁ、うちの家長は。
咳ばらいが一つ聞こえたのち、父が話を切り出した。
「買い物に付き合ってやってくれないか?」