幕間「追憶」
ごめんなさい、遅くなりました。
しかも割と短いです\(◎o◎)/!
僕は物心ついた時、孤独だった。
「三.七極東事変」
2025年の三月七日。エイジア大陸内での戦乱により壊滅状態に陥った北朝州国が、最後の足掻きとばかりに僕達の国、日本に侵略戦争を仕掛けてきた事件。
この戦乱はすぐさま参戦してきたエイジアの対北朝州勢力の各国や日本の同盟国ガメリアによって終息、国内の物的損害も今の戦乱時代にしては本当に北方地域を中心とした一部の地域のみの最低限に抑えられた。
だがしかし、たとえ少ないと言われても、戦争の被害はあったのだ。
この僕、南條秋もその中で孤独になった戦災孤児だった。
僕が物心付いた時から居たのは今の世の中では珍しくもなくなってしまった孤児院、極東事変で被害を被った北方地域にある孤児院だった。
別にそこの環境は悪かった訳じゃない。いやむしろ割と豊かな国である日本の孤児院、物的な事情はもちろん他の孤児たちや先生達、園長さんもとても優しい人達だった。あの場所の環境に不満があると言ったら嘘になるし、神様だか他の国の人からかは知らないが、間違えなく罰が当たる。
それでも僕が孤独を感じるのは、やはり僕が僕だけの「親」を知らなかったからだろう。
つい胸の中に言いようのない虚しさを感じてしまうのだ。親と一緒に居る子供を見た時に。
やはりどれだけ良い環境にいようと、親というものの「代わり」には誰もなれないのだ。それを幼心に悟った僕は自分の恵まれた環境を理由に自分の心を必死に誤魔化した。
そんな僕はふとある時から極東事変を、いや他の孤児院に居た子達を孤児にした理由となる争いをも憎むようになった。なぜ僕達に生まれながらこんな理不尽な思いをさせるのかと。
なぜあの時北朝州は日本に侵攻したのか?一般的にはそれまで武器生産と提供など、直接的な戦闘に関わる事のなかった日本が周辺諸国では唯一制圧出来る可能性の僅かに残っていた国と見られたためとされている。
他の子達の時も同じだ。争いを起こす者は皆、自分の勝ち目のありそうな弱い者に争いを起こす。
だから争いをそもそも失くすためには強さが、全ての者が争いを起こす気のなくなるような強さが必要だ。
だから僕は強くなろうと思った。不幸しか生む事のない争いを止めるための、抑止力になれる強さを…
その後、全寮制の中学に奨学金で入学した僕は、そこで伊織と三月と出会い、同じ志を持って、より強大な力を得るための霧原第一高校に入学した。
僕はようやくスタートラインに立ったんだ。全ての争いの抑止力たりえる世界最強、現存する大国の圧力をも超える抑止力たりえる力を手に入れて、争いのない、幸せな日々を手に入れるという野望の。
僕の望みを子供の夢幻と笑うかい?それでも僕は、付き進むと決めたんだ。