8話 入学式
高鳴る鼓動。不規則に進む足音。周りから聞こえてくる話し声。
やがて完全に周りの音が収まると、いつもよりも早い自分の心拍数を体全体で感じた。
息を思いっきり吸い込んでゆっくりと吐き出す。同時に閉じていた目を開いて辺りを見渡した。
ここは体育館へと続く廊下。そして今僕は入学式の行進をしている。
僕の名前はリュウ。今年から新入生になる群青色のハツカネズミだ。
「それでは、新入生の入場です」
体育館の中から弾むようなハキハキとした声が聞こえてきた。
「一年生の皆さん、入りますよ」
若い女性の先生が緊張で凝り固まった僕たちの緊張をほぐすような柔らかい声で前に進むよう促した。
木製の体育館のドアが開く。大きく開かれたドアは僕たちのことを歓迎しているようだった。
クラスごとに中へ入っていくとオーケストラの華やかな音楽と共に上級生が合唱を始めた。
大人達の歓声と上級生の歌う校歌が合わさる中、僕は自分より何十倍も高い天井を見つめたり、自分の両親を探したりと忙しく首を回していた。
やがて全新入生が入場を終えると、先生の合図と共に皆が着席した。
上級生の奏でていた音楽も今では鳴り終わり大人達も黙ってことの成り行きを見守っている。
しかし、入学式に対しての興奮からか僕たち新入生は中々静かに出来なかった。そんな騒々しい雰囲気の中、ざわざわと騒ぐ僕たちに厳しい口調で注意するネズミがいた。
「コホン…。皆さん静かにするように」
小さな咳払いの後、きちんとしたフォームで壇上にあがるネズミは中々分厚そうな眼鏡をかけた初老のお爺さんだった。
恭しくお辞儀をした後、新入生を微笑ましく見ながらもう一度注意した初老のお爺さんは全員から視線を浴びるのを感じ少し欠けた歯を見せて笑みを浮かべながら自己紹介を始めた。
「どうも、皆さん。おはようございます。遠いところから忙しい中、遥々と新入生368匹の入学式の為にこのクヌギの森学園へようこそおいでくださいました。ですが、本日の主役はここにいる小さな子供達です。ですからまずは皆さんから大きな拍手をお送りください」
どわっと広がる拍手の音を浴びる僕たちも一緒に手を叩きながら場を盛り上げていく。
少しずつ収まっていく拍手の頃合いを見計らって初老のお爺さんはまた口を開いた。
「私はこのクヌギの森学園の園長でトビーと申します。新入生の皆さんも遠慮無くトビー学園長先生、と呼んでください。それではまず…………」
トビー学園長先生の長い挨拶の後、僕たちは国歌や校歌、担任の先生の紹介、新入生への祝辞など様々なことを立ったり座ったりしながら行った。
やがて全ての過程が終了すると、トビー園長先生が今度は先生達の方を向いて言葉を発した。
「それでは新入生の皆さんは担任の先生の引率の下、各クラスへ移動してください」
トビー学園長の言葉通りに一組、二組と順番に出て行く新入生。
僕は他のクラスメート達と共に体育館を後にした。
◇◇◇
「出席を取ります」
教室中に高い声が響く。一年二組と書かれた札を辿り教室に入ると、二組では今まさに担任が出席をとるところだった。
「……リュウくん!」
「はい!」
窓際の列の一番前、日差しがよく当たる絶好の場所に群青色の小さなハツカネズミ、リュウは座っていた。
先生が出席をとり、リュウが返事をすると、途端に辺りがざわつき始めた。
気になったリュウは座りながら教室内をよく見渡すと、ほとんどのネズミがドブネズミで、ハツカネズミは僅か数匹しかいなかった。
その前にも他のネズミの自己紹介の時は全員が騒いでいたのできっと自分もそうなのだろうと思ったリュウはそのまま辺りを黙視した。
担任が全員の出席をとり終えると黒板に自分より名前を書き始めた。
「ヒヨリ、と言います。みんなよろしくね」
人懐こい笑みと子供を自然落ち着かせる柔らかい声で自己紹介を済ませると、ヒヨリは生徒達全員に手紙と多種多様の筆記用具を配り出した。
ご家族への手紙、個人個人の名札などを受け取った生徒達はそれらをカバンに詰め込みながら次の指示を待つ。
ヒヨリは全員がカバンの中にしまうのを確認すると、そのまま生徒達にこう告げた。
「それじゃあ、みんな。まだお互いのこと知らないと思うから机と椅子を後ろに押して円になって床に座って!」
ヒヨリの合図と同時に動き出す児童たち。机を完全に後ろへ押した後、リュウ達は一つの円を作って座り始めた。
「それでは今からゲームを始めます。ルールは簡単。今から出すボールを最初に受け取った子から時計回りに自己紹介をして」
全員が座り終えると、一匹のネズミの手にボールが渡った。
「カケルです。5月11日生まれです。よろしくお願いします!」
元気の塊という代名詞がいかにも似合いそうな活発なハツカネズミの少年を筆頭にボールはどんどんと回っていった。
一通り全員が自己紹介を終えると、ヒヨリが悪戯っぽい笑みを浮かべながら指を二本立てて生徒達に話しかけた。
「さてここからが本番です。これからはみんなバラバラにボールを渡して同時にその子の名前を言ってくださいね。それじゃあ、私から……ハナさん!」
「えっ私⁈じゃ、じゃあコノミちゃん」
「はい、ユキちゃん!」
そうやって時間が経つのを忘れるほどお互いの名前を呼び合った二組の生徒達はすっかり打ち解け合い、その様子を見ていたヒヨリは笑みで顔が緩んでいた。