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干支戦記~十二支の戦い〜  作者: 寺子屋 佐助
第一章 幼児・学園編
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7話 前夜

 本を開いた時にほのかに香る独特の紙の匂いが鼻腔をくすぐる。まだ傷一つ付いていない表紙の絵が読者の期待感を高め裏表紙の説明書きが心を踊らせる。

 群青色の小さなハツカネズミ、リュウは新しい本が大好きだった。

 ページをめくる度に描かれる空想が脳と身体、両方を支配してまるで実際に物語に入ったような気分になり、途中で顔をだす挿絵やイラストも彼の想像力を存分に働かせた。

 そして現在、リュウはつい最近買った魔法のことが詳しく載っている【魔法大全】という文とイラストが半々の教科書のような分厚い本を読んでいた。

 本を買った初日から既に本の半分以上を読み終え、二周目、三周目と繰り返し読んでいる。

 分からないところや知らない文字は毎回祖母や両親に訊くリュウは学校に入る前にも関わらずかなりの知識量を頭に詰め込んでいた。

 そして明日はリュウにとって大事な入学式だ。

 しかしリュウはそんなことを忘れたかのように今日も夜遅くまで読書に明け暮れている。

「リュウ、もう寝なさい。明日から一年生よ!」

 そう言って消灯を消したのはリュウの母、ミュウ。声は穏やかだったが、手を腰に当てるその姿は怒っているミュウそのものだった。

 ミュウの声にリュウは大急ぎで床に就こうと布団の中に潜ったが、明日から学校に行くという事実が彼をワクワクさせてどうしても眠ることが出来なかった。

 今度こそ、と目をギュッと瞑って寝ようとしても上手くいかず、リュウは右に左に寝返りを打ちながら興奮を抑えようともがいた。

 十分、三十分と経過しても未だに眠りにつけなかったリュウは布団から抜け出し、布団の周りを歩き回った。

 明かりが消えた時は見えなかった部屋の隅々も暗闇に目が慣れたおかげか今では月明かりに照らされてよく見える。リュウは静かに本棚の近くまで歩くとついさっきまで読んでいた【魔法大全】を持って布団まで戻った。

 リュウは本を開くと月明かりが差し込む窓の方へと体を向けページをパラパラとめくり出した。

 本の文は暗闇の中、目を凝らしてかろうじて見えるほどでリュウは読むことは諦め挿絵を見ていくことにした。

 初めに目に入ったのは魔法の種類の相関図。リュウは自分の知識と照らし合わせながら思い出すように図を見つめた。

「えっと…この世界には六つの魔法の種類があって…それから…」

 指をページをなぞるように動かした先には十二支の動物達の絵があった。

 彼らはそれぞれ司る魔法を球状にして胸に抱えている。

 赤い火の玉を抱えているのは巳と午。

 青い雫の玉を抱えているのは子と亥。

 緑の葉の玉を抱えているのは寅と卯。

 黄色の宝玉を抱えているのは申と酉。

 白い水晶玉を抱えているのは辰と戌。

 そして黒い玉を抱えているのは丑と未だ。

 それぞれ赤は火を、青は水を、緑は木を、黄色は金を、白は風を、黒は土を表している。

 リュウは一目見た時からこの絵がお気に入りだった。

 しばらくの間その絵を見つめた後またページをめくり出したリュウだったが、部屋の外から足音が聞こえてきたので布団の中へすぐに戻った。

 そのまま布団の中で足音が消えるのを待っていると襖を開けて誰かが入ってくる。

 襖に背を向けていたリュウは寝返りを打つついでに目をかすかに開きながら自分の部屋に入ってきたのが誰か確認した。

 ドキドキと心臓が鳴る中、少し曲がった腰に優しそうな目を見たリュウはそのネズミが自分の祖母、ウメだと気づくのにそう時間はかからなかった。

 リュウがしばらくウメの様子を観察していると周りを見渡していたウメの視線が窓際で止まった。

 しまった、とリュウが思った時には後の祭り。

 ウメの目線の先にはリュウが読んでいた【新魔法大全】が転がっており、スタスタとウメがそこまで駆け寄るとそのまま拾い上げ今度はリュウを踏まないよう慎重に本棚へと向かった。

 リュウの心臓が高鳴る。

 リュウが目を半開きにして一部始終を見ているとウメが突然振り返りリュウの顔を覗き込んだ。

 ウメの顔が近づいてきたことで焦って真っ先に目をきつくつむるリュウ。

 僅かな時間の間、リュウにとっては永遠ともいえる間彼は冷や汗をかきながら自分の心臓の音が漏れないように必死に目を閉じて腹式呼吸を行った。

 やがてウメが満足そうに顔をあげると自然な手つきでリュウの頭を撫でた。

「おやすみ、リュウ。しっかり寝なさい」

 リュウが起きていた事に気づいていたのか気づいてなかったのかはリュウには分からなかったが、ウメは静かに微笑みながら誰に向かってでもなくそう呟くと乱れていたリュウの毛布を掛け直した。

 そしてウメはまた音を立てないよう立ち上がるとゆっくりと襖を開けながら部屋を出て行った。

 ウメの歩く足音が段々と遠ざかって行く。

 完全に音が聞こえなくなった後、リュウはふー、と安心して思いっきり息を吐いた。普段夜更かしをしてしまった時は必ず母親のミュウに見つかって怒られていたリュウだったが今日は運が良かったようだ。

 そう思いながらリュウは自分以外誰もいなくなった部屋の天井を見上げる。

 リュウは未だに明日から学校へ行くという事実に興奮が治まらなかった。

 不安もあれば期待もあって恐れもあれば楽しみもある。リュウは明日からの学校生活を想像しながら今度こそ眠る為に目を閉じた。

 瞼を閉じれば真っ黒な世界が広がっている。だが次第にリラックスしていったリュウの視界では暗黒の世界が想像の、夢の世界へと塗りつぶされていった。

 やがて完全に眠ったリュウからは幸せそうな寝息と共に小さな寝言が聞こえてきた。

「学校だ…………」

 月が森のてっぺんから降りる頃、フクロウの鳴き声と共にリュウの部屋の時計の針が動く。

 誰もが寝静まる真夜中のネズミの町では長かった一日が終わり、リュウが待ち望んでいた明日へと日付が変わった。

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