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干支戦記~十二支の戦い〜  作者: 寺子屋 佐助
第一章 幼児・学園編
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6話 二十日市

 死者や負傷者を出したあの悲しい事件から約二年という歳月が経過した。

 ハツカネズミの集落は現在森を一つ越えた向こうにあるドブネズミの集落と合併し、一つの集落として再出発している。

 始めの頃はちょっとした制度の違いや意見の食い違いがあって両方の集落が苦労していたが、ハツカネズミの集落長の、お互いのいいところを取り合おうという意見によって政策やちょっとした制度が改善され、今ではお互い納得のいくなかなか住みやすい集落になっていた。

 前のハツカネズミの集落の復興作業も順調に進んで、ちょうど一ヶ月前に全ての作業が終わって今では森を挟んだもう一つのハツカネズミとドブネズミの集落として機能している。

 私たちはこの集落を敬意を表してこう呼んでいる。

 二つのネズミの町、【ツインマウス】と。



 ◇◇◇



 眼鏡をかけた灰色のネズミは今朝の新聞の記事を読み終えるとまるで古いアルバムの最後のページをめくるかのようにゆっくりと新聞をたたみ机の上に置いた。

「あの日からもう二年か…」

 眼鏡を外しながらポツリと呟かれた言葉はモノクロの新聞のように色味が無く、今日の天気のように曇っている。

 彼は椅子から立ち上がり窓の側まで近寄るとそのまま外の景色を眺めた。

 彼の目線の先には日陰に咲いた小さな白い花がある。冬の厳しい寒さに耐えぬき、蕾を開かせたその花はどこか孤独を感じさせ、同時に力強さが溢れ出ていた。

 やがて灰色のネズミはカーテンを閉めると壁に掛けてあった帽子をとり、妻からもらったお気に入りのコートを羽織ってドアノブを回した。

 玄関の鏡の前でヒゲを整えるとネズミは真っ黒な傘をとり、すぐさま冷え込んだ外の世界へと歩んでいく。

 冬の太陽は低い。午前の遅い時間帯にも関わらず今の自分のような雲に覆われた太陽は軸を失った独楽のように斜めに傾いている。

 灰色のネズミはドアの鍵を閉めると、日課である散歩を始めた。

 彼は静かな住宅街を歩くと頭の中を空っぽに出来る感覚が好きだった。

 彼は癖で普段何かを考えはじめると止まらない哲学的な思考をしている。だが、散歩の最中だけは何も考えずに景色だけを楽しむことが出来た。

 今日もそのようにして過ごそうと思っていると町の中央の方から賑やかな声が風に飛んでやってきた。

「そういえば今日は二十日か…」

 そう呟きながら彼は特に予定があるわけでもなかったので声のする方向へと足を運んだ。

 毎月二十日の日に行われる二十日市。

 今でこそ様々なネズミや物資が行き交う賑やかな市だが、二十日市はかつてはハツカネズミの集落の伝統行事の一つだった。

 ツインマウスとして合併した後に改めて再開された二十日市は形や様式は変わっても品揃えは相変わらず豊富で年齢を問わず安心して行ける素晴らしい市に変わりはない。

 灰色のネズミがまたもや考え事をしながら二十日市まで辿り着くとあまりの騒がしさに驚いてしまった。

 しかし、それ以上に驚いたのはその圧倒的な品物の量と種類だった。

 簡単なキッチン用品から骨董品、更には子供用のおもちゃまで売っていて目が回ってしまいそうだ。

 灰色のネズミは少々戸惑いながらもかつての面影のある懐かしい二十日市に足を踏み入れた。

「どんぐりのクッキーはいかが?」

「特売品だよ〜!」

「あれ買って、ママ!」

 老若男女様々なネズミと声が入り混じわり灰色のネズミは体が揉みくちゃにされそうになる。

 慌ててネズミの大群から抜け出すといつの間に移動したのか気づいたら先ほど入ってきた入口から随分と離れた真逆の方向へと進んでいた。

 もう帰ろうと元来た道を返そうにもネズミの大群が邪魔で先に進めない。

 仕方なく今帰るのを諦めたネズミはそのままかなり空いている奥の方へと歩みを進めた。

 アンティークの大きな壺、手作りの人形、あらゆる動物が彫刻刀によって彫られた置物。

 目新しいものを順に目で追いながら通り過ぎていこうとすると、灰色のネズミはあるものに目が止まりそのまま立ち止まった。

「おばあちゃん、この本買っていい?」

 灰色のネズミの目線の先には本を強請る群青色の子ネズミとその祖母であろう、初老のネズミが財布を握りしめている姿があった。

 腕には子ネズミの顔ぐらいの大きさの籠を下げ、筆記用具やらノートやらが籠いっぱいに詰められている。

 二匹を知っていた灰色のネズミは彼らに近づくと本のタイトルを覗き込みながら声をかけた。

「【新魔法大全】ですか…お孫さんは勉強熱心ですな」

 灰色のネズミの発した言葉に驚き初老のネズミが振り返ると二年前まではよく見知った顔がそこにはあった。

「あら集落長さん、こんにちは。今日はお買い物ですか?」

 集落長、と呼ばれた灰色のネズミは少し照れ臭そうに髭をなでると自分が歩いて来た道を振り返った。

「いえ、違います。いやはや、少し覗き見るつもりだったのですがネズミの波に呑まれてしまいまして…」

 苦笑を浮かべながら愚痴をこぼす集落長にちょっとした同情の目を向けながら初老のネズミは彼と同じように笑う。

 子ネズミは二人が笑うのをよそに【新魔法大全】のページをパラパラとめくり気になっている箇所をじっくりと読んでいる。

 集落長はまた二匹の方向を振り返ると子ネズミの熱心に読む姿を見つめながら初老のネズミに質問をし返した。

「ウメさん達はどういった理由でこの二十日市に?」

 集落長の言葉にウメ、と呼ばれた初老のネズミは彼と同じ方向を見ながら微笑んでそのまま口を開いた。

「来年度からうちのリュウが基礎学校に通うのでその買い出しを…」

 一瞬の間の後、微笑みを浮かべていた顔をどこか困ったものに変えたウメはそのまま溜息と共に言葉を洩らした。

「ですが、新しい本が欲しいと言い出して買ってあげようか迷っていたんです。もう今月で三冊目なんですよ」

 甘やかしてないかも心配で、と続けるウメに二匹の事情を知った集落長はうーんと考える素振りを見せる。

 可愛い孫が読書に夢中になることは大事なことだと分かっている集落長。

 しかし子煩悩になっていないか心配になるウメの気持ちも理解出来る。

 二つの考えに板挟みになりながら集落長は自分ならどうするか助言することにした。

「そうですね……私なら買いますね。幸いにもリュウ君が持っているのは学校で習うことに関係する本ですし。一冊持っていても損はないと思いますよ」

「そうですね、ありがとうございます。じゃあこれくださいな」

 集落長にお礼を言いながらまるで買うことが決まっていたかのようにウメが店主に代金を支払うとそのまま座って読んでいた群青色の毛の少年を立たせ少年に本を籠にしまうよう促した。

 その様子を微笑ましげに見る集落長はウメに声をかけるとリュウに手を振って歩き出した。

 満足げに頷きながら歩き去る集落長の背中をリュウは首を傾げながらじっと見つめている。

 気がつけば重く垂れ込めていた灰色の雲はなくなり暖かい太陽が顔を出していた。

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