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干支戦記~十二支の戦い〜  作者: 寺子屋 佐助
第一章 幼児・学園編
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4話 避難所の朝

 冷んやりとした空気が背の高いどんぐりの木を揺らす。朝の日差しを浴びて白く輝きはじめた木の枝からは一枚の枯葉が風によってはずれゆらゆらと落ちていった。

 そしてふかふかの枯葉の絨毯の上に落ちた葉っぱは木枯らしによって踊るようにどこかへと飛んでいってしまう。風に飛ばされ辿りついたその先にはリュウ達の避難所があり、やがてその葉っぱは他のものと紛れて見分けがつかなくなってしまった。


 樹木と地面の間から小さな耳が顔を出す。避難所から出てきた小さな群青色のハツカネズミ、リュウは挙動不審に辺りを見渡すと慌てて集落がある方角に向かい走りはじめた。

 しかし、足の負傷と昨晩のストレスと急激な身体の疲労でリュウは地面に落ちた小枝につまづくとバランスを失い倒れてしまった。

 すると、避難所の中から眼鏡をかけたひょろひょろとしたネズミが現れ、リュウの姿を確認するとすぐさまとリュウの近くに駆け寄った。

「リュウ!何度言ったら分かるんだ!まだ集落が安全かどうか確証も無いし第一お前はまだ怪我をしているじゃないか。今は寝てもう少し休みなさい」

 少し目を離した隙に逃げ出したリュウを叱るジュウは行かせてやりたい衝動を必死になって抑えながらリュウの身体を抱えた。

 ジュウだって立派な三児の父親である。出来ることなら自分が集落へ行って息子の安否を確認したかったが、他の患者を置いて、ましてや今安全かどうかも分からない崩壊しきった集落へ自分だけで行くのは気が引けた。

 今、調査隊が集落を隅から隅まで調べ安全を確認している。

 それが終わるまでは辛抱強く待つしかなかったが自分がピンピンしている分、ジュウは自分が行けないことに焦りを感じ大変もどかしかった。

 それにリュウのこともある。昨晩負ったであろう擦り傷は徐々に回復してきているものの、それと同時にリュウは足も捻っていたらしく全治二週間ほど安静にしている必要があった。

 昨晩、足を捻ってまで助けを呼びに来たリュウには悪かったが、今足を動かすと余計に今度は筋まで痛める可能性があり、医者としても父親としてもリュウには今何が何でも休んでもらいたかった。

 避難所の中へ戻る途中、リュウはジュウの腕の中で暴れながら

「シュウ兄ちゃんとチュウ兄ちゃんが」

 と駄々をこねた。

 小さなそのネズミの言いたいことや考えていることは痛いほど良く分かっていた。だが、リュウの為だ、という想いとこれ以上息子を危険に晒せたくない、という父親の願望からジュウは無理矢理リュウを抑え込むとそのまま彼を中に連れ込んだ。


 避難所の端、一目のつかない角っこでジュウは息を殺して歯を食いしばっていた。気を緩めると不甲斐なさと悲しさで泣いてしまいそうだったからだ。

 リュウはしばらくの間ジュウの腕の中で暴れていたが、離す様子を見せないジュウの態度と今にも崩れ出しそうなジュウの表情を見て大人しくなった。

 ジュウはリュウを降ろすと拳を握りしめ手元に当てながら祈るように目を閉じている。

 ネズミの親子はいつ帰ってくるか分からない調査隊を待ってただただ俯いていた。



 ◇◇◇



 ジュウ達が首を長くして調査隊が帰ってくるを待っているその頃、別の避難所では二匹のメスのハツカネズミがせっせと他のネズミ達を看病していた。

 ジュウ達がいた避難所より圧倒的に怪我をしていた者が少なかったが思っていたより子ネズミの患者が多かったので、その対応に苦労していたのだ。

 単に怪我をしているだけならともかくまだ精神的に幼い子供達は治療を受けようとはせずにあっちへ行ったりこっちへ来たりとやりたい放題である。

 被害がそれほど酷くない時に避難してきたものだから事の重大性を理解していないこともあって彼らは泣きわめいて他の患者に迷惑をかけたり更には治療中に邪魔したりして彼女達を困らせていた。

「喉渇いたよ〜」

「お腹すいた〜」

「お母さ〜ん‼」

 もはや保育所で子供達の面倒を見る先生代わりのようになった二匹のネズミは落ち着くように子供達を宥めたり小さな赤ん坊のおむつを替えたりと忙しい。もちろんそうやって働いているのは彼女達だけでは無かったが、それでも数の多い子供達を静かにさせるには大人の数が少なかった。

 夜通し子供達の面倒を見た大人のネズミ達はようやく大人しくなった子供達を見ながら溜息を吐く。

 休もうと思っていても何をしでかすか分からない子供達相手では満足に休憩を入れることも出来ず眠い目をこすりながら面倒を見ることしか出来なかった。

 その時、貧血でふらっとした一匹の年老いたネズミが若いメスのネズミに倒れかかった。そのネズミに身体を休ませるようお願いすると、年老いたネズミは壁にもたれかかりながらゆっくりといかにもすまなそうに腰を降ろした。

「ごめんね、ミュウさん」

 申し訳なさそうに腰をさすってまたゆっくりと立ち上がりながら言うおばあさんにミュウ、と呼ばれたネズミは心配をかけないよう声をかける。

「大丈夫ですよ、お義母さん。一晩中働いて身体が疲れているんですよ。お願いですから後は私達に任せて座って休んでいてください」

 そう言って座るように促すとおばあさんは遠慮がちに、せめて作業の邪魔にならないよう避難所の角っこの方で腰を落とした。

 また静かになった避難所でミュウも休もうとそのまま床に腰を降ろすと近くから子供たちがスヤスヤ眠る音と小さな歯ぎしりが聞こえてきた。

 しばらくそれに耳を傾けるミュウ。やがてミュウは立ち上がると、交代の時間より遙かに早い時間に他の大人のネズミに声をかけ、こう言った。

「皆さん、休める時に休んでおいてください。調査隊が帰ってくるまでは私が面倒を見ます」

 流石にそれはミュウさんの身体に悪い、と遠慮していたネズミ達だがミュウの頑固な態度に折れ、皆それぞれ休憩をはじめた。

 時折泣き始める子供をあやしてまた寝かせるミュウ。

 ミュウの子供を見るその表情はどこか切羽詰まっていて苦しそうだった。まるで他のことに集中して何も考えないようにしているように。



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