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干支戦記~十二支の戦い〜  作者: 寺子屋 佐助
第一章 幼児・学園編
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3話 最悪な新年

 1月1日午前零時。ハツカネズミの集落は新年を我が家ではなく避難所で越していた。

 あちこちから赤ん坊の泣き声が聞こえ、子どもは背中を丸めて小刻みに震えている。

 寒い真冬の最中にましてや新年早々災難に見舞われたこの集落のネズミ達は用意されていた毛布にくるまり、災難が通り過ぎるのを待っていた。

 しかし、いつ終わるか分からないネコの襲来に皆なす術もなく、恐怖に震えながら祈ることしか出来ない。

 時折聞こえてくる呻き声や咳、くしゃみの音など病人や怪我人も一緒になっているこの避難所は明らかに毛布が足りず、皆暖をとるために無理矢理くっついて寒さを凌いでいた。

「これは僕のだぞ」

 そんな中一匹の少年がもう一匹の少年と取り合いの喧嘩をしていた。

 よく見ると少年の手にあるのは何かしらの食べ物で食べかけであることからすでに誰かがかじったものだと気づく。

「ふん、最初に食べたやつのもんだい」

 どうやらこの食べ物をとったのは少し大柄なこの子ネズミのようでその証拠に口の周りに食べカスが残っている。

 明らかに所有権はもう一匹のネズミの方にあったが、なかなか頑固なこのネズミは頑なに食べ物を離そうとはしなかった。

「うるせーぞ、ガキ!静かにしろ」

 その二人の言い争いにとうとう我慢出来なくなったのか今度はいろいろなところから野次が飛んできた。

 この野次が場の雰囲気を更に悪化させてただの言い争いはやがて取っ組みあいの喧嘩にまでエスカレートしていった。

 お互いの墓穴を掘りあうようなこのくだらない喧嘩は一匹の知的なネズミによって止められた。

「二人ともやめなさい!」

 避難所全体に響きわたるその声はひょろひょろとしたこのネズミの容姿からは信じられないほど力強く迫力があった。

「食べ物のことで喧嘩をするな。互いに分け合えばすべてが丸く収まる。ネコが去るまでの短い間はどちらも仲良く過ごすこと、いいね⁈」

 自分の子どもに話しかけるかのように話すこのネズミは今度は野次を飛ばした大人の方に体を向けると、

「 大人の皆さんも喧嘩に参加するのではなく起こったらすぐに止められるよう協力してください。赤ん坊や病人がまだ寝ているので皆さん静かに過ごしてくださるようご協力をお願いします。分かりましたか?」

 先ほどよりも鋭い声で静かにするよう釘を刺した。そしてこのネズミは自分がいた場所へと戻っていった。


「ジュウ先生、この人が最後の患者になります」

 若いメスのハツカネズミがどこか安心したようにそう言う。

 突然のネコの襲来に一時はこの避難所も混乱していたが、幸いにも逃げ遅れたものは少なく、怪我をしていても命には別状はない患者がほとんどで命に関わるほどの大怪我を負った患者は比較的少なくすんだ。

 とは言っても全員無事に避難出来た保証は無く、集落全体がどれくらいの被害に遭ったかどうかは全くといってもいいほど分からなかった。

 だが、ここにいる患者だけは応急手当が済み、現に全員が確実に助かっている。

 その事実に若い看護婦は胸をなで下ろすと、隣に立つ医師の顔が何故だか暗くなっていることに気がついた。

「いかがなさいましたか、ジュウ先生?」

 気になったそのネズミが先生、と呼ばれたひょろひょろしたネズミに声をかけると、ジュウは暗い表情をしたまま辛そうな笑みを浮かべ悲しそうに語った。

「まだ僕の息子達を見ていないんだ…。家内は別の避難所で手当をしているから大丈夫なんだけど……」

 自分の心配を辛そうに語るジュウに若い看護婦は何と声をかければいいのか分からなかった。

 医者であり父親であるこのネズミは真っ先に自分の子どもを迎えに行きたい想いに駆られながら結局は医師としての使命を果たした。

 ジュウのその決断が正しかったのかどうかは分からない。

 現にここにいる患者は全員無事に治療出来ている。

 だが、ジュウは自分の子どものことを考えるとこの状況を素直に喜ぶことが出来なかった。

 看護婦も彼の心境を理解したのか先ほどまでの安心しきっていた表情は消え、ただただ同情し黙り込んでいる。

 ジュウは子ども達が不安で今すぐにでも探しにいきたいところだったが、外にいるネコがとても危険なのは患者を診た自分が一番よく分かっていた。

 分かっていたからこそ自分の子どもを探しにいきたいもどかしさを抑えながら医者としての仕事を終わらせたのだ。


「頑張って寝よう」

 とても寝たい気分では無かったが子ども達を今すぐには探しにいけない状況にある以上、せめて朝早く起きてすぐ体を動かせるよう体力を回復する為にジュウは自分の割り当てられた場所に戻ると寝転がって体を休めはじめた。

 頭はともかく体は疲れていたようで段々とまぶたを閉じる時間が長くなる。ジュウが今まさに眠りにつく時、非常用の出入り口から護衛のうちの一匹が大きな音をたてながら小さなネズミを抱えて戻ってきた。

 その様子にジュウは思わず飛び起きると、護衛に静かにするよう注意するため彼に近づいていった。

 しかし、ジュウが護衛の腕に抱えられた小さなネズミの姿を確認した時、彼は護衛を注意することも忘れて真っ先とその小さなネズミに駆け寄っていった。

 ジュウはこのハツカネズミの集落ではまず見ない群青色の毛並みを触るとまるで我が身のようにその無事を喜んだ。だが同時にところどころ焦げて黒くなった毛先や転んだ拍子に出来たであろう擦り傷を見て何かただ事ではないことが起こったことを察し、ジュウはこのネズミの体を護衛から受け取るとこの子をどこで見つけたか護衛に尋ねた。

「はっ!別の護衛と交代する際にこの避難所の入口で倒れているところを発見しました」

 護衛は静かだがハキハキとした声でそう答えると子どもをジュウに任せて自分の持ち場に戻っていく。

 ジュウは傷ついた体を運びながら治療用に区切られた避難所の一帯に歩くと、子どもをそっと毛布の上に寝かせながら心配そうな声をかけた。

「何があったんだ、リュウ」

 ボロボロになったリュウの体を見つめながらそう呟いたジュウはどこか思い詰めたその思考を振り払うかのように彼の治療をはじめた。


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