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干支戦記~十二支の戦い〜  作者: 寺子屋 佐助
第一章 幼児・学園編
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2話 助ける為に

「兄ちゃん……」

 リュウは涙を流しながら夜の集落を駆け抜けていた。時折つまづき転びそうになるも、その度に歯を食いしばり転倒しないように走る姿勢を整えて足を動かす。

 早く追いつかなくては、速く走ってつたえなければ。

 走る速さよりも先に気が走り視界が大量の涙の雫で霞んでいく。

 兄達を見捨てて逃げ去ることしか出来なかった自分に腹をたて、当たるように余計に脚に力を入れたリュウは最高速度で足を振り上げた。

 足場が悪かったのか焦る気持ちが強すぎたのかとうとうリュウは道に落ちていた石につまづくと転がるように倒れてしまった。

 打ち所が悪かったのか脚からは大量の血が擦り傷から出てくる。

 痛む脚に鞭を入れ無理矢理立ち上がったリュウは他のネズミがいるであろう、町外れの避難所を目指した。

 途中ネコの姿が見えると走って荒れた息を無理矢理抑え込み、その場をやり過ごす。何度も同じようなことを繰り返した後リュウは見つからないよう息を殺しながらようやく集落から抜け出した。


 森の中を走るリュウはすでに植物の棘や擦り傷のせいで身も心もボロボロだった。

 彼を唯一突き動かしているのは兄達を助けたいという思いだけだ。

 リュウは必死になって避難所の目印を探していた。

 過去に一度避難訓練の日にきたリュウだったがこの暗闇の中ではほぼ砂漠に落ちた針を探し出すことに等しく、ましてや方角も何も分からないリュウは闇雲に同じところを何度も何度も行き来ししまいには帰り道さえも分からなくなるほどであった。

 兄達を助けたい、大人達に知らせたい。そんな思いに心を支配されたリュウは目の前に現れた太い木の幹の存在に気づかなかった。

 走っていた勢いと判断の遅さでそのままリュウは勢いよく衝突した。

 リュウは木の幹にぶつかった衝撃でその場に倒れるとそのまま気を失ってしまった。

 遠くからは甲高いネコの鳴き声が聞こえ段々と声が近づいてくる。

 この絶体絶命の状況にリュウの体はなす術も無くただ倒れていた。

 すると突然不思議な現象が起きた。リュウの体が青色に発光しはじめたのだ。その奇妙な青い光は二つに分散し、片方はリュウの体を離れネコの鳴き声が聞こえてきた方向とは逆の方向に進みだした。もう片方はなんとリュウの全身を包み込みそのまま彼の体を持ちあげた。

 次の瞬間、リュウの体は宙を浮きながらもう片方の青い光を追っていった。


 やがて青い光は一本の木の前で止まるとリュウの体を優しく地面に落とし、そのままリュウの体内へ戻り発光するのをやめた。その際に一瞬だけ目を覚ましたリュウは、光に驚き駆け寄ってくる他のネズミの姿が目に入ると、今にも消えてしまいそうな小さな声で

「チュウ兄ちゃんと、シュウ兄ちゃんが……」

 そう囁いた。全身の疲れと精神的なショックからもう何一つ言えなくなったリュウは兄達の最後の言葉を思い出しながら残っていた意識を手放した。



 ◇◇◇



「やった!助かった」

 僕は最後の障害を乗り越え、崩壊した家から脱出することが出来た。

 しかし僕が視線を上に向けるとそこには大きな紅い目をした白ネコが舌なめずりをしながら僕らを見下ろしていた。

 ネズミはネコに弱い。自然界の掟だ。小さい者とっては大きな者にやられる過酷な世界でもあり、力のないものは喰われ、力のあるものは食う弱肉強食の世界でもある。

 僕はその世界観を実際に肌で感じながら、どうやって二人を助けて逃げ出すか考えていた。この危機を逃れる為には相手の注意を逸らし隙をついて逃げだすしか方法がない。

 でも僕の何故か冷静な思考とは裏腹に体は小刻みにガクガクと震え、足はまるで金縛りにでもあったかのように一歩も動かなかった。

 でも僕の兄達は違った。シュウ兄さんは物音もたてずに素早く家から脱出すると直様チュウ兄さんの救助をおこなおうとする。

 チュウ兄さんも後に続こうとシュウ兄さんに手を伸ばしたが最悪なことに尻尾が何かの下敷きになっていて出られない。自分で引っ張ってもビクともしない尻尾に今度はシュウ兄さんが一緒になって引っ張った。


 その時、集落の方から細長い目をした汚い黒猫が現れた。

 黒猫のうす汚い笑い声に僕は咄嗟に危険を感じて気づいたらシュウ兄さんに家の中に戻るよう伝えていた。

 シュウ兄さんは状況を確認したのか大人しく僕の指示に従うと今度は僕の方に手を伸ばしてこう言った。

「今出ていくのはマズイ。おれと一緒に家の中に戻るんだ」

 言われた通りに崩れた家の中へ戻ろうとすると、上方からネコ達の鳴き声が僕の耳に入ってきた。

「ボスは何匹ぐらい狩るんですニャ?」

 僕は次のネコ達の言葉に絶望を感じ絶句した。

「二匹だ。実験用にな」

 チュウ兄さんとシュウ兄さんもネコ達の言葉に恐怖を感じ顔から血の気が引いていた。まるでこの世の終わりだと言われたかのようになす術もなく立ち止まる僕。シュウ兄さんもネコ達の言葉に自らの言葉を失い、オロオロと絶望感に浸り狼狽えている。

 二匹。実験用。僕達には何の意味か分からなかったがチュウ兄さんは素早く状況を判断すると僕に向かってこう言った。

「リュウ、一度しか言わないからよく聞け!今から一人で一番足の速いリュウが村はずれの避難所まで走ってくれ!そこで誰かを呼んでくるんだ!」

 僕はチュウ兄さんの必死な想いを受け取り集中すべく周りの音を完全に遮断した。百パーセントの意識を自分の耳にかき集め、スローモーションになった世界の中でチュウ兄さんの言葉だけに集中する。

 振り上げられたネコの拳や揺れていた木が完全に止まり、チュウ兄さんは僕に最後の言葉を告げた。

「僕達は必ず生き延びる。だから逃げろ、リュウ‼‼」


 また世界が動き出した。

 上からネコの前足が襲いかかってくる。僕は二人を見捨てたくない思いと、上から襲いかかる恐怖でその場で硬直していた。

 見捨てて逃げるのか。僕にこの二人は助けられるのか。

 疑問と絶望感が僕を支配していく。ネコの前足という時間切れのチャイムが鳴ると僕は次に襲ってくるであろう彼らの魔の手に備え身を構えた。

 すると突然遠くから犬の遠吠えが聞こえてきた。ネコの手が一瞬止まる。

「行け、リュウ‼」

 シュウ兄さんの声が耳に届く。その声に背中を押され硬直が解けた僕の体は目的地の避難所を目指し一直線に駆け出していた。


 再び動いたネコの手の先に僕の姿はなく、そのまま何もない虚空を切った。

「任せたぞ、リュウ……」

 いろいろな想いが込められたその言葉はリュウのいなくなった暗闇の中に幻となって消えていった。

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