5話
「建領祭?」
働かざる者食うべからずの精神のもと雇われ数日。 俺はお嬢様の友人兼俺の雇い主であるフェリシアが言った耳慣れない言葉に首を傾げていた。
「そう~。 前夜祭と後夜祭も含めて三日間の街を上げてのお祭りだよ」
フェリシアの言うことには、書籍都市の建国祭に近いものらしい。
「この街ってぇ、王都にも負けないくらい大きいんだけど、建領から一度も戦争ってしたことないんだ。 どうしてかわかる?」
「戦力が無かったんじゃ……?」
「ううん。 賢者と魔法使いの聖地って言われるくらいだったし、印刷技術を研究する関係上、機械関係も進んでたよ」
「つまり、やれば戦えて、もしかしたら勝ってた?」
「そう。 けど、実際には一度も戦わず今の王国で一領地におさまった。 まぁ、王都もあんまり介入出来ない独立領みたいにはなってるけどね」
「へぇ」
口は会話に、手は仕事に。 何だかんだと元の世界と変わらない司書業務をこなしつつ、俺は手にしていた最後の一冊を書架に戻し終えた。
「さっきの答えはね、戦争したら本が被害に遭うから」
「…………は?」
何か妙な発言を聞いた。
「流石、書籍狂の街だよね~。 本が被害に遭って貴重な文献が失われるのと、本を読む時間が害されるから戦争しない。 なんて」
流石で済ませるレベルかそれ?
「ある意味、王都の連中もビビったみたいだよ~。 こいつら異常、って」
そりゃ、そうだろうな。
「そんな街の建領祭がもうすぐなんだけどー、アヤト君。 うちとミリィの所と、代表頑張ってね~」
「代表?」
「建領祭はねー、普段立ち入り禁止になってる古代書館区域が解放されるんだよ~。 それで、古代書館の一つに挑めるの~」
挑むって何だ。
「大丈夫~。 もしもの時は後夜祭一日使って探してあげるから~」
「そりゃ、どーも…………」
「心配しなくても、アヤト君なら生きて帰って来られるよー」
その自信の根拠は何処だ。
「上手く帰って来られたら特別手当て出してあげるからー」
命あっての物種って言葉があるよな?
「まあ、本当に心配いらないと思うよー。 行方不明は数年に一人くらいだし~」
フェリシアは暢気にそう言い、ちらりと俺を見た。
「あ、でも…………少し鍛えた方が良いかも?」
「…………出所はお嬢様か」
「いや~。 咄嗟に落下してくるトゲトゲ天井くらいは余裕で避けて欲しいなーって」
そんな場所に、どうやら俺は放り込まれようとしているらしい。
俺は司書で、イ●ディジョーンズじゃないんだが。
この世界に労災制度ってあるのか?
「ま。 ギリギリ死なない程度までは頑張って」
幾ら寝起きして、目が覚めたら夢だったってオチを願っても、目を開けたら朝陽が高級そうなカーテンから差し込んでて、ここが別の世界だって思い知らされる。
「……せめて死に場所は生まれ育った世界で、って思うのは俺だけかな?」
建領祭とかいうサバイバルに放り込まれて、一般人が生き残れるのか。
「やるしかないけどな…………」
何しろ、帰るための手掛かりがあるかも知れないわけだ。
「魔導書館ねぇ」
建領祭で解放される封印書館の一つ。 俺にしてみれば魔法とかそんな眉唾ものに関する書物ばかりが眠る場所らしい。
だが、それを言うと俺の状況も眉唾になるから、可能性は否定できない。
「さてと。 やるか」