4話
俺を何だと思ってんだ。 その答えは間違いなく雑用だ。
「本当に良かったんですか? アヤトさん、お仕事上がりでお疲れだったのに」
しかし自分より年下の癒しになるような素直な少女に申し訳無さそうな顔でそう言われたら、返す答えは一択だろう。
「平気だ。 それに、お嬢様直々のご命令ですから」
おどけてそう言って見せて、ようやく少女、ノアの顔にもほっとしたような笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます! とっても助かっちゃいますね」
「さて、それはやってみないとわからないけどな」
ま、何はともあれ居ないよりは一応男手だ。 マシだろう。
黄昏の金色から茜の赤銅色に変わる街並みを歩く。 お嬢様の馬車が止まる広場から数本の通りを跨いでの静かな場所に、こじんまりとした一軒家が見えてきた。
二階建てだが、予想していたよりも手間が掛かりそうな様子だ。
「うわー……。 これは」
「びっくりしますよね……。 私も初めて見た時は途方に暮れました」
元は本当に可愛い外観だったのだろう。 赤い屋根に漆喰の柔らかなクリーム色がレンガと共に壁を彩り、小さなポーチには釣鐘型の花を象ったランプ、半円のポーチ。 白い柵で囲われた小さなものなら菜園も出来そうな庭。 が、それも元の姿であって、今は雑草が蔓延り、漆喰は所々はげてレンガは欠けている。
屋根も手入れがされずに色はくすみ放題。 ポーチも砂を被って、ランプは曇って灯りを入れても暗いだろう。
「ここに住まわせるとか、いい性格してんな。 あのお嬢様」
「え! 違いますよっ」
俺の呟きにノアが慌てて首を凄い勢いで横に振る。
「元々、女性職員なんて想定してなかったからこの街には女の子用の寮が無くて、でも、絶対必要だから何とかすぐに入れる物件を探して下さったんです! そこまでしてもらったらもうそれで十分なのに、ミリィお嬢様、わざわざ一緒に確認までしてくれてっ」
「わわ、っと。 ノア、落ち着け」
赤毛が必死に訴えるノアの動きにぴょんぴょん跳ねた。 その様子がどうにも小型犬ぽい。
その頭を落ち着かせようと撫でたんだが、それがますます犬っぽいなって思った。
「ミリィお嬢様は、優しい人です!」
「わかった。 わかったから」
「うう。 ……失礼しました」
「ノアって、お嬢様大好きなんだな」
そんなにむきになるほど。 そう思って口から出た言葉に、恥ずかしそうに俯いていたノアの顔が上がる。 大きな瞳が目いっぱい瞠られていた。
「……はい!」
それが屈託の無い笑顔に変わると、やっぱりどこかほっとする。 なんつーか、癒し。
「アヤトさんは」
「嗚呼、いらっしゃいましたね。 ノースネア嬢、それからアヤトさんでしたか」
「ルシアさん!」
柔らかいけど確実に男の声がして、ノアがその声の主を呼んだ。
「あんたは……?」
振り返ると、そこには黒っぽい寝癖みたいな頭に垂れ目、薄い長方形フレームの眼鏡を掛けた地味な男が立っていた。
そいつは芝居の役者みたいな一礼をする。
「私はフォルシシア=アマランサス=テイラー。 仕立て屋です。 以後お見知りおきを。 ふふ、お気軽に“ルシア”とお呼び下さい」
「さて、日が沈む前に家の中を軽く掃除してしまいましょう」
ルシアと名乗った男は二十かそこらに見えた。 短い髪がノア以上に跳ねていて見れば見るほど寝癖。
そんな仕立て屋は腕まくりをして、今は俺と一緒に大物家具を動かしている。
「アヤトさん、まだ下がれますか?」
「ああ。 あと三歩くらいはいける」
「畏まりました」
俺たちが家具を動かし、ノアが箒でその場所を手早く掃いていく。
男が二人居るうちにでかい家具は動かさないと大変だろうという満場一致の意見からだ。
「次は……」
「おい、天井の隅、くもの巣」
「そちらにしましょうか。 踏み台、持って来ますね」
三人寄れば文殊の知恵、ではないが流石に進みが速い。 まだ住むには適したと言えないが、初見からすると大分綺麗になったと思う。
ただし、どんだけテキパキやっても時間は流れる。 日は暮れる。
「あの、そろそろ暗くなってきたので、お二人ともありがとうございます」
「ああ、そうだな。 そろそろ切り上げるか」
「そうですね。 残りはまた明日。 私は明日もお手伝い出来ますから」
掃除道具を片し、家の外に出ると街並みはすっかり夜の青紫に染まっていた。
「お二人とも、今日は本当にありがとうございました! とっても助かって」
「いえいえ」
「気にするなよ。 居候仲間だし」
まだ住めない家に泊まれるわけは無く、今度はまた広場まで引き返す。 俺とノアはまだお嬢様の屋敷に居候の身だ。