3話
「それでねぇ~ここは初代書籍伯爵様のおかげで発展したんだけどー」
なんとも間延びした眠そうな声と顔、 そして何よりも本を抱えるように目の前の女性が腕組みをして支えているのは彼女の豊かな胸だった。
栗毛色の手ぐしで整えただけの長い髪と茶色の瞳。 黒いタートルネックの長袖セーターとカーキ色のズボンというシンプルな服装で、 名前はフェリシア=ロビンソンと言うらしい。
つい昨日から俺の雇い主。 ロビンソン古文書店の店主だ。
あのお嬢様が俺を放り込んだのは古文書店という皮を被った本のダンジョンだったわけで。
俺たちは今、 360度どこを見ても本の壁しかない店の地下八階で作業中。
「ちょーっと発展し過ぎたかもねー。 あはは」
ちょっと肩を竦めて彼女は再び依頼された本を探す作業に戻る為、 俺に背を向けて本棚を調べ始めた。
「まぁ、 そんなわけでぇ。 一つ一つの店が狭くても中はこんな風ってのが結構あるのよ」
「この街の地盤大丈夫なのか」
「あはは。 大丈夫じゃないー? 多分」
おい。
思わずつっこみそうになるのを堪え、 メモに記された書籍をひたすら探す。
「で、 こんな街だから司書って重宝するのよ。 他の所に比べて識字率はお化けみたいに高いんだけど、 流石に全員が生活に余裕あるわけじゃないからねー」
確かに、 基本的に司書の資格は大学で過程を取って取得する。 もしくは実務歴を何年か作れば試験を受けられるが。
「異世界の奴でも良いのか?」
「人間襲って食べるとかじゃなきゃいいんじゃない?」
「ああ。 なら平気だな」
しかし、 これは信じてないからなのか? 異世界とか言う単語もスルーされた。
「あー、 言っておくけど、 お嬢様もアタシも君が異世界から来たって信じてるよ?」
エスパーかこの人?
何も言って居ないのにフェリシアはこちらの考えそのままに答えを返してきた。
振り向けば、 一冊の本を開きながら考え事でもしているのか首を傾げている。
「君のいた世界じゃそういう事なかった? まぁ、 こっちだって滅多にある事じゃないんだけど…………あ、 これかな」
そう言って彼女は一頁を見せてきた。
黄ばんでボロボロ。 掠れもあって読みづらいそこに記してあったのは、異世界からの来訪者についてという記述。
思わず身を乗り出して見入った俺に、フェリシアは呆れたような声で言った。
「君さー、本には見入ってもアタシの胸元は一瞥しただけだったよね」
「おい、何でまじまじと見なくてそんな事言われなきゃならないんだ?」
逆ならわかるが。
「本に女性の魅力が負けるなんてー。 それとも、君はもしかしてあっちの趣味の人だったり? 同性だけしか愛せないとか」
「こっちにもBLとかあるのかよ」
断っておく。 俺にその趣味はない。
他人がどういう嗜好に走ろうと自由だが、 俺にその気はない。
「あは。 まぁ、冗談だけどー」
「……この本」
「あ、お嬢様からの依頼品その一だから、持ってかえっていいよー」
時間だし、とフェリシアが指差す先には古めかしい柱時計。 それが夕方五時を指していた。
「お屋敷の夕食に間に合うように帰せって言われてるからねー。 お疲れ様」
朝の9時から午後五時まで。 それが俺の勤務時間になっている。