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荊州の平定に尽力しましょう

 1ヶ月経たないうちに、荊州の北部が手に入った。


 まぁ、小さな都市などは服従してないところもあるのだが、大きな都市はあらかたこちらの味方だ。これについては、蔡瑁や蒯越、蒯良の動きによるところが多い。俺の儒教の評判が高く、知識人の中で名が知れてたというところも少なからず影響しているが、それだけで服従する奴らだけではないのは当然誰もが分かっている。蔡瑁たちがいなければ、各地の豪族もいいとこ面従腹背で、荊州の統一には手を焼いただろう。優秀な部下を持てて俺は幸せである。


 荊州は、北から南陽郡、南郡、南郡の東に江夏郡という位置付けとなっており、ちょうど三角形を形作っている。その下には北西に武陵郡、北東に長沙郡、南西に零陵郡、南東に桂陽郡と長方形を描いている。現在荊州北部を制圧したとはいえ、北の三角形の三郡を支配下におさめただけにすぎない。


 そのうち南陽郡は知っての通り俺が住んでいたところであり、王師匠の統治下である。勅令を受けて荊州刺史に着任したことを告げると、なんの問題なく支配下に加わった。師匠よりも弟子が偉くなるとは、なんだか複雑な気分だ。

 残りの二郡のうち、南郡の方は蔡瑁がうまくまとめて支配下におさめてくれ、江夏郡の方は蒯越、蒯良が弁舌や計略を駆使して降伏させたりしてくれた。


 昼夜文書を出しつつ奔走していた彼らの横で、何もせずふんぞり返っているのはさすがに君主としてどうかと思うので、とりあえず故郷であり王師匠のおかげで治安が安定している南陽郡の中で、最も地の利のいい襄陽に本拠を構えるよう準備をした。また、並行して襄陽の南にある宜城にも簡易的な城を築いた。さすがに北のほうの襄陽から南の四郡を狙うのは遠すぎるため、当面は襄陽と比べて南寄りの宜城から三郡を管轄しつつ、四郡を平定していくつもりだ。……実際に四郡を平定する前に黄巾の乱が勃発する気もするが。









 

 忙しさにかまけているうちに、既に暦は181年を刻んでいた。荊州の長江沿岸では江賊も多発しているようだ。野盗や山賊の類も増え、黄巾の乱の前兆が感じられるようになった。規模が大きい賊に対しては常備軍を出撃させ、戦闘経験を積ませつつ治安維持を図っている。だが、依然として問題点は山積みである。


「申し訳ございません。あの手この手で釣ってみたのですが、長江の豪族共は一向にこちらへの恭順の意思を見せません。やはりここは軍備を拡張し、力を用いて刺史様に従わせるしか……」

「ふむ…… やはりそうなるか」


 蔡瑁、蒯越、蒯良の三人に聞いてみたものの、帰ってきたのは同じような返事だった。相手は俺の荊州刺史就任のため急ごしらえで集められた軍隊で勝てるほど甘くはない。臣従したばかりの豪族の軍ももちろん動かせるが、劉表軍より豪族の軍が強いとなれば、またいらぬ反乱や不満を抱かせるであろう。史実の劉表も荊州統一にてこずっていたようだが、痛いほどその気持ちがわかる。


「戦争するとなると、確実に足りないのが武官だな。王粲をはじめ、お前たちのような有能な文官が俺にはついているが、武官は蔡瑁一人だけ。うむ…… 豪族の中で、武官として使えそうなものはいないのか?」

「有能とは…… ありがたきお言葉でございます。武官のほうは、蔡瑁が領内で勇士を見つけようとしておりますが、なにぶん江夏や南郡のほうは領土も広く整備も行き届いていないゆえ……」

「文官のほうも並行して捜索しておりますが、こちらも思うようにはいかず……」


 蒯良、蒯越が申し訳なさそうに言う。割と仕方ない部分ではあるので、責めたりするつもりはないのだが、純粋に役に立てないことを申し訳ないと思っているのだろう。俺はぽっと出のような刺史だが、その俺のためにこんなにも尽力してくれるのはすごく誇らしいし、頼りになる。文官も募集しているが、さすがに他にこの質の能臣はいないだろうな。

 ふと二人から目をそらし、何気なく傍を見ると、何か言いたそうな顔をしている奴が目に入った。


「……王粲。何か意見はあるか?」

「はいっ。端的に申しますと……隗郭です」

「隗郭? ……ああ、昭王との問答か。して、具体的にはどうするのだ?」

「武芸大会を開きます。あらかじめ優勝者・上位者を召抱えるとのお触れを出し、広く宣伝するのです」

「なるほど…… それは期待できそうですな、仲宣殿」


 俺も蒯越に同意だ。なるほど、たしかに探索するよりかそちらのほうが手間がかからさなそうだ。




 隗郭とは、戦国時代に活動した弁舌家である。ある時、燕の昭王という王様に「賢者を迎えれるにはどうすればいいか」と聞かれた時の返答が、古典の世界では有名だ。彼は、「まず自分のような優秀でない者を優遇してください。そうすれば、自分はなおさら優遇されるだろうと思い、もっと優れた賢者達が次々に集まってくるはずです」と答えた。

 実際に彼の言うとおりにすれば、昭王のもとに次々と優秀な人材が集まるわ集まるわ。自分は優遇され、なおかつ昭王も賢者を多数召抱えることができて喜ぶという、双方が幸せになれる素晴らしい解決策を導いた話として、後世まで語り継がれている。


 今回で言うと、まずは最初の武芸大会で優勝したものを実際に登用し、その事実を武芸大会の告知として広く宣伝することで、二回目にはよりすぐれた者を呼び寄せようという魂胆だ。最初はそんなに優秀な人物は集まらないだろうが、隗郭としてあえて登用する。なるほど、これは良い案だ。噂が中華を駆け巡るまで二、三年はかかるだろうが、そのくらいで有能な武官が手に入るなら安いものだ。


「よし、わかった。人事の件は王粲に任せる。ついでに文官のほうも同じ方法で集めてくれ」

「はい、わかりました!」


 蔡瑁らも肩の荷が一つ下りたような顔をしている。これが軌道に乗ればいいのだが、それまでは苦労をかけることになるだろう。










「それで、刺史様…… 豪族に加え、武陵蛮までが動き出した模様です」

「む? 武陵蛮?」

「ええ。武陵付近に出没する異民族です。現在は豪族と小競り合いをしているだけなので何ら問題はないのですが、荊州統一の際には難敵になると思われます」


 王粲、蔡瑁、蒯越の三人が下がった後、言いにくそうに蒯良が告げた。

 現在は敵の戦力を減らしてくれている武陵蛮だが、異民族というものはえ得てして統治の際に邪魔なものだ。あの漢王朝でも、鮮卑などの異民族に数百年手を焼いているのだから。


「取り込める可能性は?」

「……残念ながら無理でしょうな」


 戦闘しかないということか。


「豪族はどう対処しているのだ? 前任の刺史はどうしていた?」

「豪族のほうは、撤退するまで徹底的に殲滅する方法をとっているようです。前任者については申し訳ありません、私のほうでは分かりません」

「なるほどな……」


 頬杖を付きながら思案する俺と、困惑した表情で立つ蒯良。その構図は、俺たちの心境を如実に表している。

 どちらかというと蒯越より軍師寄りの彼には、荊州南部の動向調査などを担当してもらっていた。相変わらず敵対勢力は独立心が強く、独自に軍隊を持っている上に、今度は異民族までも出てくるとは本当についてない。


「豪族らと戦わせて消耗させるか、軍を討伐させるかという普通の手しか打てぬか」

「ええ…… 刺史様のもとへ勇猛な武官が仕官すれば、軍での討伐を敢行する予定ですが、現状は豪族との相打ちを狙い計略を進めております」

「分かった。とりあえずはその方針で進めよ」

「はっ」


 とにかく、軍の増強をしない限り話にならない。乱世間近なこの世において、軍事力は何物にも勝る矛と盾になりうる。漢が黄巾の乱にてこずったのも漢軍が弱かったからだし、荊州の豪族がこちらへ従わないのも劉表軍が弱いからでもある。力がないのはもどかしい。

 本音を言えば、荊州を統一した後に黄巾の乱の対策や、史実での有名武将の登用、領土拡大まで推し進めたかったのだが、第一歩で躓いたため目算が大きく狂った。荊州を統一するまで俺は無闇に動けないし、なめられると分かり切ってるので外交等もできない。


 史実での劉表も同じようなことを考えたのだろうか。そんなことを思いながらも、一人になった部屋で俺は手元の地図を見つめ続けた。

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